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しおりを挟む千晃の一人暮らしの部屋は電車で3駅の場所にあった。大学からも最寄駅からも徒歩10分以内に着くところを選んだと言う。
「お邪魔しまーす…」
「立地最優先で選んだから狭いぞ」
旧知の中とはいえ、一人暮らしの部屋に入るのは初めてで、なんだか緊張してしまう私の背中を、家主である千晃がぐいぐい押してくる。
チャコールグレーを基調にしたそのワンルームは、彼が言う通り決して広くはなかったけれど、きちんと片付いていて清潔感があった。ローテーブルと、大きめの本棚とベッド。本棚には彼が大学で専門にしている建築関係の本がずらりと並んでいる。根が真面目なのだと昔から思っていた。
「すごい。ちゃんとしてるんだね」
まるで博物館の展示を眺めるように部屋の中をきょろきょろと見渡してしまう。
「ねえ、そういえば千晃ってどうして建築学科に進ん…わっ」
振り返りながら尋ねると、いつの間にか意外と近くに立っていた彼にふわりと抱き締められた。
背が高い彼に、体がすっぽりと覆われたようになる。ドキドキするけれど、同時にその温もりに安心した自分に驚く。すると彼は私の首元に顔を埋めた。私もそろりと彼の背中に手を回してみる。
「咲が昔、こんなお家に住みたいって…」
「私?」
「…よく言ってたよ。人形遊びみたいなのしながら」
「言ってたかも…」
「それでここまできたんだから我ながら呆れるよ」
自嘲するような言い方に、私は固い胸を押してその腕の中から出ようとするけれど、ぎゅうぎゅう力を込められて敵わなかった。
どのくらいそうしていたか、立ったまま抱き合ってしばらくしてからゆっくりと体が離れた。腰に手を回されたまま、額を合わせられる。睫毛が触れそうな距離が恥ずかしくて視線を落とす。
「…ちゃんと伝わってる?俺の気持ち」
「…うん、さすがに」
「よかった」
ようやく少し気を抜いたように笑いながら体を離した千晃に、大きめのクッションを渡されたので並んでラグマットの上に座った。
「実はさ、もう一個だけちゃんとしときたいことあって」
「ちゃんとしときたいこと?」
なんだろう。
思い当たることがなく、クッションを抱いたまま首を傾げる私を見てやや逡巡してから、でも彼はきっぱりと言った。
「昨日さ、本当はなんもなかったんだよ」
「え?」
なんもなかった…?
すると、千晃はきょとんとする私を見て、少しだけ困ったように「…ヤってないってこと」と笑う。
「でもさっき、ヤり捨てる気かって…」
「あれは嘘。そうでも言わなきゃお前帰りそうだったし」
「それは…確かに」
「それに付き合うことになったっていうのも冗談。そこまで話できてない。まだ」
「まだ…」
「すげえ好きだからこそ、ちゃんとしてからがいいなと思って」
さらりとそう言ってから、千晃はローテーブルに肘をつきながら昨日の夜のことを話してくれた。
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