隣で眠るなら

篠宮華

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「…えー?お前、俺がトイレ行ってる間に何飲んだんだよ」
「んー…アイスティーだよー…?」
「んなわけねえだろ…って、おーい、寝るなよー?」

 賑やかで騒がしかった同窓会の後、二人で近くの飲み屋に入った。幹事として動き回っていたせいで碌に食事を摂れていなかったことが災いしたのか、咲は適当に頼んだカクテルを少し飲んだだけでへろへろになってしまった。
 後々調べると、それはロングアイランドアイスティーとかいうかなり強い酒だったということがわかったのだが。

「出るぞ。動けるか?」
「んー…」

 どうも足元が覚束ない様子ではあったけれど、とりあえず家に帰さなくてはと肩を支えた。俺が本気で力を込めたらひびでも入りそうな細くて柔らかい感触に、長年募らせた想いが暴走しそうになる。幸いなことに、大通りに出てすぐにタクシーをつかまえることができたのでその気持ちは暴走しないままですんだのだが。
 しかし、座席に彼女を押し込もうとしたところで、運転手さんが「えっ」と声を上げる。

「お客さんは一緒に乗らないんですか?お連れ様、かなり酔っていらっしゃるのでお一人での乗車はちょっと…」
「あ、そうです…よね。すいません」

 無慈悲に扉が閉められてしまったタクシーを見送りながら、肩を落とす。
 少し酔いが覚めれば大丈夫だろうか。電車やバスなどの公共交通機関を使おうかとも思ったが、今の時間は混んでいそうだし、満員の中で気持ち悪くなりでもしたら地獄だろう。諦めて、とりあえず道の端に設置されていたベンチに座ると、もう半分眠っているのか、こてんと肩に頭が預けられた。肩までふわりと伸びた髪が俺の耳に触れる。いい匂いがして、正直やばい。
 しかし、あまりにもこちらを信用しきったその様子に、ラッキーというよりも心配になってくる。惚れた弱みというのも多少はあるかもしれないが、咲は可愛い。くりくりした大きな瞳も、小さい鼻も、薄い唇も。表情豊かなところも見ていて飽きない。もちろん見た目だけではないのだが、変な男やつに引っかかったり、言い寄られたりしないのだろうか。
 そのときだった。

「…わたし、すきなんだよねぇ…千晃のこと」

 目を閉じたまま、ぽつりと呟かれたその言葉に耳を疑う。

「え?」
「いっしょに幹事やるのも、千晃とでよかった…ありがとー…」
「いや、は…?」

 次々と出てくる自分に都合のいい言葉に信じられない思いになる。しかし、咲はむにゃむにゃしながら続ける。

「でもだめなの……」
「え、何が…」
「……ん」
「…咲?」
「………」
「え、寝た?」

 嘘だろ…?
 いろいろな意味でとんでもなく重要なことを言い残して、彼女はすうすうと寝息を立て始めるではないか。ここで熟睡されては困ると思い、肩を揺らすも反応はない。そのとき、焦った俺の目に飛び込んできたのは、「休憩」「宿泊」の文字だった。話に聞いたことはあったが、未だかつて入ったことはない。所謂、ラブホテル。
 俺の勝手な片想いだったらアウトだと思うけれど、今の発言通り、もし咲も俺のことを好きでいてくれているならセーフだろうか。しかし正直、酔っ払いの戯言という可能性もまだ捨てきれない。「好き」も、どういう類のやつなのか。それに「でもだめなの」ってなんなんだ。

 それでも。
 好きな相手の無防備な姿を見て、既にかなり頑張って耐えている自覚はあるが、もしそういう展開になったとしても自分の欲に任せた行動を止めるだけの理性は残っているような気がした。何年も堪えてきたんだ。今更、棒に振ることはしない。

「おい、咲、移動すんぞ」
「んんー…?」

 腕を引っ張って立ち上がらせてから、体を支える。

「…なあ、俺のこと好きなら付き合ってみる?」
「んー…」

 …どっちだよ。
 素面のときに聞かなくては意味がなかった、と盛大に後悔する。眠そうに目を擦っている彼女を連れて、俺はその建物に入った。


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