隣で眠るなら

篠宮華

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「…で、ホテル入ったら急に暑いとか眠いとか文句言いながら服脱ぎ始めて」
「うん…」

 自分の失態に、耳を塞ぎたくなる。
 でも、信じられない話ではなかった。確かに寝るときはかなり薄着になることが多いし、昨日は暑くて汗をかいたから服を着替えたいともずっと思っていた。

「でもさすがに下着だけで寝られるのはいろいろ無理だったし、部屋のどこにどんなもんが置いてあるのかもわかんなかったから、急いで俺のTシャツを着せた」
「申し訳なかったです。ほんとに…」
「服もきれいにたたんであっただろ。感謝しろよ」

 しゅんと頭を下げる。こんなに誠実に対応してくれていたなんて思ってもみなかった。酔っ払ってそのまま寝てしまうなんて、相手が千晃じゃなかったら、大変な目に遭っていたかもしれない。
 その時、スマホのアプリがメッセージの受信を知らせる。相手は今さっき名前が出た莉奈だった。

『昨日は楽しかったね!いろいろ準備とかありがとう。及川くんが咲のことずっと心配してたよ。二人とも早く付き合っちゃえばいいのに(*´꒳`*)』

 その後は、次に会うとしたらいつなら都合がいいかという内容。
 「誰から?」と聞かれたので、「莉奈から」と伝えると、千晃は私の方に姿勢よく向き直った。

「確認だけど、だめって言ったのは安藤さんと俺が付き合うかもって勘違いしてたからで、咲も俺のこと好き…なんだよな?」

 太い指が私の髪をその指先にするりと巻き付ける。

「…うん。好き」
「どういう『好き』?」
「恋愛の、好き、です」
「…よし、言質とったぞ」
 
 いざ声に出してしまえば簡単な話だった。いろいろなことを必死で否定しながらも、誤魔化す方が困難なところまできていたのかもしれない。だからこそ、今こうしていられるのが奇跡のように感じられる。
 嬉しそうに笑った彼の顔が昔と全然変わらなくて、じっと見入ってしまうと「見過ぎ」と頬を摘まれた。かさついた親指が、むにむにと私の頬を弄る。

「じゃあ付き合う?」
「……うん」
「あー…よかった」

 そっか、両想いだったから付き合えることになるんだ。頷くと、頬を摘んでいた手がするりと移動し、顔にかかっていた髪を耳にかけられる。まるでこれまではなんだったのかと思うくらい甘ったるくなってきている空気を感じながら、ふぅと息を吐くと、千晃が言う。

「…やばい」
「何が?」
「いや、うーん…さすがに急すぎるかも」
「何?気になる」
「…キスしたい。だめ?」

 思いもよらなかったその問いかけに、考える前に言葉が溢れた。

「だめじゃ、ない…」

 次の瞬間 顔がすっと近付いて、私の額に彼の唇が掠めるように触れる。反射的に瞑った目をゆっくり開けると、彼と目が合った。でも。

「……」
「…何だよ」
「口にするのかと思ってた」
「口にしたら、それこそ多分止まんなくなるぞ」

 その言葉の意味がわからないほど、無知ではなかった。
 小さく頷くと、からかうように笑っていた千晃の表情が変わる。

「え、本気で言ってる?」
「…冗談でこんなこと言わない」
「……俺初めてだけど」
「……私もだし」
「…まじか。いや、でもこの話の流れで逆に初めてじゃなかったら怖いか」

 独り言のようにぶつぶつ言ってから、彼は意を決したように私の肩を掴んで、「実は、コンドームは、ある」と大真面目な顔でこちらを見つめてくる。その言葉と視線があまりにも緊張感に満ちていてなんだか面白くて。でも、それ以上に愛おしさが込み上げてくる。
 こんなに好きでいてくれていたのに、どうして気付かなかったんだろう。昨日の夜だって、いくらでも、どうとでもできて、でも私のことを思ってそうしなかった彼の優しさにも。
 私はその逞しい体に抱き着いて、首裏に腕を回した。

「…っ、咲…」

 胸元に顔を埋めると、一瞬の躊躇いの後、ぎゅうっと抱き締め返される。そのまま抱き上げられて、背後に置かれていたベッドに押し倒された。
 横になった私の太腿のあたりに膝立ちで跨り、こちらを静かに見下ろしてくる彼の眼差しは、なんだかぎらぎらしている。恥ずかしいのを誤魔化すように顔を手で隠そうとすると、その手は握られて私の顔の横に押しつけられた。


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