君はスイートハート

篠宮華

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 パソコンの画面ばかり注視していたせいで目が痛い。
 ぐっと伸びをすると肩がぼきぼきと音を立てた。

 13年前、「現場の声が聞きたい」という父の強い意向で九州に行くことになったというのは事実だけれど、そもそも、当時父は次期社長候補でもあった。所謂、御曹司だったのだ。
 だから、業績が伸び悩んでいた九州地区の業績悪化に歯止めをかけ、軌道に乗せることで、その力を周りに認めさせる必要があった。
 まあ、早々に問題は解決し、結果として、その手腕は高く評価された。むしろ、業績は右肩上がりだったことから、新たな事業を展開させたり、支社を立ち上げたりしなくてはならなくなり、なんだかんだで元の本社に戻ることができなくなった。その息子である俺も、そういう期待をされるのはごくごく自然なことで、大学入学と同時に父の仕事を手伝っており、今はある小さな部署の責任者を任されている。
 そんなわけで「東京に行くのはいいが、仕事はこれまでと同じようにしてほしい」と言われ、パソコンに向かっていた。オンラインで打ち合わせをしたり、クラウドサービスを利用したりすれば、さほど問題なく出来るだろうとは思っていたけれど、やっぱり場所が違うとやり取りが難しい場面もある。どんなに仕事が出来るチームとは言え、指示を出す人間が不在なのは厳しいものがあるだろう。
 父と兄貴がいれば、大体のことはうまくまわると思っていたけれど、自分が担っていた役目も意外と大きかったのだと感じ、嬉しいやら、面倒くさいやら。
 どうにかこうにか頼み込んで決まった今回の引越し。東京に行きたい理由を素直に伝えたとき、始めは絶句していた父は、俺の強い気持ちを知った後は後押ししてくれた。兄貴は、出発するそのときまで‘信じられない’と言いたげな表情だった。ただ、そこは昔から仲の良い兄弟だっただけあって、反対はされなかった。

 もし再会したときに、沙耶に思い出してもらえなかったら、という心配ももちろんあった。
 だからこれは一種の賭けでもあった。沙耶が、13年ぶりに会う俺をどこまで受け入れてくれるか。
 結果は十分過ぎるほどだと思っている。最初はひたすら照れていたけれど、最近は微笑み返してくれるようになったし、一緒にいることに違和感がなくなってきたと感じているのは俺だけじゃないはずだ。
 『今日は夕飯を一緒に食べられない』と申し訳なさそうに言われた時は残念だったけど、脳裏によぎった愛しい人の姿に、自然と顔が緩む。

 首を回しながらコーヒーでも飲むかと立ち上がったところで、スマホが震えた。



*  *  *



 息を切らして指定された場所に向かうと、そこにいたのはベンチに座った状態でぐっすりと眠り込んだ沙耶と、そんな沙耶に肩を貸してスマホをいじっているショートカットの女性。電話から想像した様子とあまりに一致していて苦笑する。
 それにしても酔った女友達を預ける相手に男を選ぶなんてなかなかだな、と思いながら近付いていくと、こちらに気付いた工藤さんが「もしかして、野宮さんですか?」と立ち上がろうとした。支えがなくなった沙耶の体がゆらゆらし始めたので、咄嗟に頭を支えると、工藤さんははっとしてから、「ほら!起きて!」とそんな沙耶の肩を軽く叩いた。

「すみません。急に電話しちゃって」
「いえ、構いません。むしろこちらこそ、ご迷惑おかけして申し訳ないです」

 まるで身内のような話しぶりになってしまったが…まあ、そういう扱いで差し支えないだろう。
 すると工藤さんは、にやにや笑いながら言った。

「沙耶から話を聞いて、丁度いいなって思ったので。私もそろそろ終電があるので、早速なんですけど、この子お願いしてもいいですか?」
「もちろんです。助かりました」

 工藤さんがてきぱきと話す隣で、ふにゃふにゃと目を擦っている沙耶の様子はかなりぐっときたけど、そこは冷静に答える。工藤さんが少しほっとしたように笑った。
 意外と背が小さい。沙耶の方が大きいくらいだった。

「沙耶、嬉しいけど不安みたいだから。いろいろ話してあげてください」
「え?」
「じゃ、私はこれで」

 さっさとその場を立ち去る後姿を呆然と見送ってから、とりあえず俺はまどろんでいる沙耶を揺り起こす。

「沙耶、起きて」
「ん、あれ?秋斗…?」
「泥酔してるじゃん…。吐き気は?」
「なーい!えー、なんで秋斗がいるのー?」

 腕を伸ばして抱き着かれる。普段の彼女とは違う積極的な触れ合いに内心驚きつつ、「迎えに来たんだよ」と背中をなだめるようにぽんぽん叩いた。
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