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1.彼女は切り出す
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彼が一人でいるのを見たことがなかった。
いつだってたくさんの人に囲まれていて、楽しそうに笑っていた。
そんなところも好きになったところの一つだったから、それでよかったはずなのに、欲が出てしまった。独り占めしたくなってしまって、勝手にもやもやと考え込んで、そんな自分が大嫌いで。
「もう…別れたい」
実際に口にすると、その言葉は私の胸を押し潰すように響いた。
さっきまでにこにこしていた彼は、その笑顔を顔に貼り付けたまま、こちらをじっと見下ろす。
「……は?」
「…友介といるとつらい」
「…なんで?」
「自分のことが嫌いになっていくから」
最終コマの講義が終わったばかりで、大学のキャンパスにはまだ人がたくさんいる。
なんとなく周りもがやがやしているし、もちろん知り合いだっているだろう。そんな中で唐突にするような話ではないことはわかっていた。でもさっき、彼と同じサークルの女の子が、今度予定されているという合宿のことを話しに来たのを見たときも、もやもやと胸が苦しくて。
隣で一緒に笑いながらもその場から逃げ出したくて仕方がなかった。
——限界だ。
私の彼、渡辺友介は、コミュニケーション能力が高く、友達が多い人だった。社交性を具現化させたような彼は、あまり人付き合いが得意ではない私にも優しくて、気さくに接してくれた。
それは、同じ講義のグループ課題でプレゼン作りに取り組んだとき。
人前で話すことが苦手な自分にも優しくしてくれる同じグループの人たちに何か出来ることをと、資料集めや分析に一生懸命取り組んだ。発表が無事に終わって、先生からもたくさん褒められ、そんなチームも今日で解散。キャンパス内のカフェテリアで、打ち上げと称してみんなでお菓子をつまんだ後、たまたま二人きりになったタイミングだった。
『ありがとね。なんかいろいろ、いつも前もって準備してくれてたよね』
『あ…うん。逆にみんなの負担になってなかったか心配だったけど』
『ぜーんぜん!感謝しかないよ』
『それならよかったです』
『…俺、平井さんのこと好きだなあ』
『えっ』
顔を覗き込むようにして言われた。
「俺と付き合うとか、どう?」と少し照れたように微笑みかけられて、その場で小さく頷いてしまうくらいには、彼への好意は明確で大きなものになっていた。
付き合い始めた頃は、とにかく一緒にいられるだけで十分だった。出掛けたり、ご飯を食べに行ったり、お互いの家に泊まったり。時間を合わせて一緒に帰るだけでも十分だった。
でも、活動の盛んなサークルに所属していたり、バイト先の居酒屋でも重宝がられていたりする彼のスマホは一緒にいるときにもひっきりなしに通知を知らせたし、「ごめん、どうしてもバイト入っちゃって…」とデートがドタキャンされることもたまにあった。
そのことを責めたり咎めたりしたくなかった。浮気をされているわけではなかったし、そうしてコミュニケーション能力を発揮しながらいろんな人と関わることができるのは、彼の魅力でもあると思っていたから。
‘物分かりのいい彼女’でいたかった。でもそうすることがどんどん苦しくなって。
「……詩乃が、自分のことを嫌いになっていくの?」
「…うん」
「俺のことが嫌いになるんじゃなくて?」
「……それは…」
「違うの?じゃあなんで?」
立ち止まった私と、少し先を歩いていた彼の間には2mくらいの距離がある。
声は聞こえるけれど、妙に空いた空間。まるで今の私たちのようだった。沈黙の中、最近切ったばかりの彼の髪がさらりと揺れる。
その時。
「あー!いたいた、平井さん!」
急に名前を呼ばれて振り返ると、そこには同じ自主ゼミに所属している高野先輩が立っていた。
赤いメッシュの入った髪の色といい、不思議な柄のシャツといい、とにかく見た目が派手なことで有名な人。ぱっと見ると所謂’チャラそう‘な感じではある。でも、実は研究熱心で、いろいろ教えてくれる、人懐っこくて頼りになる先輩。正直、今出くわすにはあまり向いていない人であることは確かだったけれど。
「高野先輩…」
「この間ずっと探してるって言ってた資料、OBの佐藤先輩が持ってるって。たまたま今日、研究室に来られるっていうから頼んでおいたんだけど取りに来られそう?」
「あ、えっと…今日は…」
「いやー、佐藤先輩って普段あんまり研究室に顔出さない人なんだけど、連絡したら行くよって二つ返事!平井さんのこと絶対気に入ってるよねー。こないだのゼミの後、あの可愛い子誰?って聞かれたしさー」
ポケットに手を突っ込んでにやにやしながら、「でもあの人、恋愛にはだらしないから気を付けてねー」と、近付いてきた高野先輩は、私の前に立つ友介に気付き、顔を引き攣らせ、ちょっと気まずそうに手を合わせた。
「……ごめん。お取込み中だった?」
すると、友介はにっこり笑う。
「いえ。でもすみません、今日は彼女 ちょっと先約があるから取りに行けないみたいです」
「あ、そっかそっかそうだよね!あー、うん、ごめん、ごめんね」
「詩乃、行こ」
そう言って手首を掴まれたときの力が思ったよりも強くて、でも表情は見えなくてちょっと心配になる。
明らかにタイミングを間違えたことを察したのか、高野先輩は若干後退りするように私達から距離をとった。
付き合い始めてもうすぐ半年になる彼が、誰かをこんな風に雑にあしらうところを見たのは初めてで、戸惑いながら「ごめんなさい、失礼します」と伝えて、引き摺られるようにその場を後にした。
いつだってたくさんの人に囲まれていて、楽しそうに笑っていた。
そんなところも好きになったところの一つだったから、それでよかったはずなのに、欲が出てしまった。独り占めしたくなってしまって、勝手にもやもやと考え込んで、そんな自分が大嫌いで。
「もう…別れたい」
実際に口にすると、その言葉は私の胸を押し潰すように響いた。
さっきまでにこにこしていた彼は、その笑顔を顔に貼り付けたまま、こちらをじっと見下ろす。
「……は?」
「…友介といるとつらい」
「…なんで?」
「自分のことが嫌いになっていくから」
最終コマの講義が終わったばかりで、大学のキャンパスにはまだ人がたくさんいる。
なんとなく周りもがやがやしているし、もちろん知り合いだっているだろう。そんな中で唐突にするような話ではないことはわかっていた。でもさっき、彼と同じサークルの女の子が、今度予定されているという合宿のことを話しに来たのを見たときも、もやもやと胸が苦しくて。
隣で一緒に笑いながらもその場から逃げ出したくて仕方がなかった。
——限界だ。
私の彼、渡辺友介は、コミュニケーション能力が高く、友達が多い人だった。社交性を具現化させたような彼は、あまり人付き合いが得意ではない私にも優しくて、気さくに接してくれた。
それは、同じ講義のグループ課題でプレゼン作りに取り組んだとき。
人前で話すことが苦手な自分にも優しくしてくれる同じグループの人たちに何か出来ることをと、資料集めや分析に一生懸命取り組んだ。発表が無事に終わって、先生からもたくさん褒められ、そんなチームも今日で解散。キャンパス内のカフェテリアで、打ち上げと称してみんなでお菓子をつまんだ後、たまたま二人きりになったタイミングだった。
『ありがとね。なんかいろいろ、いつも前もって準備してくれてたよね』
『あ…うん。逆にみんなの負担になってなかったか心配だったけど』
『ぜーんぜん!感謝しかないよ』
『それならよかったです』
『…俺、平井さんのこと好きだなあ』
『えっ』
顔を覗き込むようにして言われた。
「俺と付き合うとか、どう?」と少し照れたように微笑みかけられて、その場で小さく頷いてしまうくらいには、彼への好意は明確で大きなものになっていた。
付き合い始めた頃は、とにかく一緒にいられるだけで十分だった。出掛けたり、ご飯を食べに行ったり、お互いの家に泊まったり。時間を合わせて一緒に帰るだけでも十分だった。
でも、活動の盛んなサークルに所属していたり、バイト先の居酒屋でも重宝がられていたりする彼のスマホは一緒にいるときにもひっきりなしに通知を知らせたし、「ごめん、どうしてもバイト入っちゃって…」とデートがドタキャンされることもたまにあった。
そのことを責めたり咎めたりしたくなかった。浮気をされているわけではなかったし、そうしてコミュニケーション能力を発揮しながらいろんな人と関わることができるのは、彼の魅力でもあると思っていたから。
‘物分かりのいい彼女’でいたかった。でもそうすることがどんどん苦しくなって。
「……詩乃が、自分のことを嫌いになっていくの?」
「…うん」
「俺のことが嫌いになるんじゃなくて?」
「……それは…」
「違うの?じゃあなんで?」
立ち止まった私と、少し先を歩いていた彼の間には2mくらいの距離がある。
声は聞こえるけれど、妙に空いた空間。まるで今の私たちのようだった。沈黙の中、最近切ったばかりの彼の髪がさらりと揺れる。
その時。
「あー!いたいた、平井さん!」
急に名前を呼ばれて振り返ると、そこには同じ自主ゼミに所属している高野先輩が立っていた。
赤いメッシュの入った髪の色といい、不思議な柄のシャツといい、とにかく見た目が派手なことで有名な人。ぱっと見ると所謂’チャラそう‘な感じではある。でも、実は研究熱心で、いろいろ教えてくれる、人懐っこくて頼りになる先輩。正直、今出くわすにはあまり向いていない人であることは確かだったけれど。
「高野先輩…」
「この間ずっと探してるって言ってた資料、OBの佐藤先輩が持ってるって。たまたま今日、研究室に来られるっていうから頼んでおいたんだけど取りに来られそう?」
「あ、えっと…今日は…」
「いやー、佐藤先輩って普段あんまり研究室に顔出さない人なんだけど、連絡したら行くよって二つ返事!平井さんのこと絶対気に入ってるよねー。こないだのゼミの後、あの可愛い子誰?って聞かれたしさー」
ポケットに手を突っ込んでにやにやしながら、「でもあの人、恋愛にはだらしないから気を付けてねー」と、近付いてきた高野先輩は、私の前に立つ友介に気付き、顔を引き攣らせ、ちょっと気まずそうに手を合わせた。
「……ごめん。お取込み中だった?」
すると、友介はにっこり笑う。
「いえ。でもすみません、今日は彼女 ちょっと先約があるから取りに行けないみたいです」
「あ、そっかそっかそうだよね!あー、うん、ごめん、ごめんね」
「詩乃、行こ」
そう言って手首を掴まれたときの力が思ったよりも強くて、でも表情は見えなくてちょっと心配になる。
明らかにタイミングを間違えたことを察したのか、高野先輩は若干後退りするように私達から距離をとった。
付き合い始めてもうすぐ半年になる彼が、誰かをこんな風に雑にあしらうところを見たのは初めてで、戸惑いながら「ごめんなさい、失礼します」と伝えて、引き摺られるようにその場を後にした。
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