彼と彼女の話

篠宮華

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おまけ

実家訪問

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 姉が、結婚するらしい。

 久しぶりに帰省するらしい姉が「紹介したい人がいる」と、男の人を連れてくるという。だから、彼氏かなーなんて思っていたら、「結婚しようと思ってる」なんて言う。しかも、10歳も年上で、大学の先生をやっているらしい。

「どんな人連れてくるんだろ」
「すげえ太ったおっさんとかだったらどうする?」
「ちょっと嫌だなあ…でも彩花姉の選んだ相手なら仕方なくない?」
「でも昔から彩花姉ってちょっと人がよすぎるっていうか、許容範囲広いからなあ」
「それな」

 母に買い出しを頼まれてスーパーに行った帰り道、俺たちはそんなことを話す。
 身内の贔屓目かもしれないが、5歳年上の姉はまあまあ可愛い。誰に対しても優しくて面倒見がいいから、同級生の中には、姉の連絡先を知りたいと俺たちに聞いてくるやつもいたけれど、教えたことはなかった。小さい頃から俺たちのことをいつも一番に気にかけてくれた大事な姉の連絡先を、本人に直接聞くこともできないやつに教えるべきではないというのが俺たちの共通認識だったから。

「ガチでやばそうなおっさんだったら、阻止する?」
「いや、でも今日のは『彼氏紹介します』じゃなくて『結婚します』って話なんでしょ?もう阻止は無理じゃね?」
「うーん…」

 そんなことを話しながら家に帰ると、玄関にリボンのついた白いパンプスと、大きめの革靴が並んでいた。
 リビングに続く扉が少しだけ開いていて、そこから楽しそうな声が聞こえてくる。

「…もう来てるじゃん」
「…来てるね」

 全くもってそんなことはないのだけれど、なんだか先手を取られたような気になって立ち尽くしていると、部屋から姉がぱたぱたと足音を立てながら出てきた。

れんかいもおかえり!買い出し行ってくれてたんだって?ありがとね」

 会うのは久しぶりだけど、我が姉ながらなんだかきらきらしている。会う度に垢抜けていて驚く。これが東京パワーなのか。

「彩花姉、髪伸びたね」
「うん。式の前撮りがあるから伸ばしてるんだ。でも乾かすのが大変」

 部屋の中に入ると、背の高い男の人が立ち上がって「お邪魔しています」とぺこりと会釈した。

「桐原圭一と申します」
「あ、前野蓮です」
「前野海です」

 見た目は…優しそうだ。それに、とてもじゃないけれど10歳上には見えない。ムキムキというわけではないが、なんだかでかく見えるのは肩幅のせいだろうか。「買い出しありがとね!あんた達も座りなさい」と言う母の声に、姉の夫になるらしいという男の人の右斜め前に二人で座ってみる。姉の席はその人の隣のようだ。テーブルの上には様々な料理が並べられていた。姉の好きなもの、それに、もしかすると姉が連れてきた桐原さんの好きなものもありそうな感じ。

「予定より少し早く着いてしまって…申し訳ありませんでした」

 俺たちのような年下にも のっけから礼儀正しく頭を下げる桐原さんに、正直少し面食らう。

「いや全然…むしろこんな田舎までご足労いただいて…」
「とんでもないです。彩花さんからお二人の話はよく聞いてます。今年大学受験なんですよね?」
「あ…はい、一応。な」
「うん」

 にこやかに微笑みかけられて、ちょっぴりどぎまぎしながら答えると「勉強は捗ってますか」と尋ねられる。

「捗っているかいないかでいうと…」
「まあ、捗っていないですね」
「ついこの間まで部活漬けだったんで」
「そう、だからこれから頑張る感じで」
「確か蓮さんが陸上で、海さんがテニスでしたよね」

 俺たちの情報があまりにも具体的に入っているようだったので二人して若干戸惑いながら頷くと、姉もお皿に料理を取り分けながら「えっ、すごい。よく覚えてますね」と驚いている。

「私一度くらいしか伝えてなかったと思うけど…」
「職業柄かな、そういうの一度聞いたら忘れないんだ。それに、大切な君の、大切なご家族のことだからね」

 そんなことを臆面もなく言ってしまうあたり、やっぱりちょっと変わっている人なのだろうかと思っていると、彩花姉は「ありがとうございます」とにっこり微笑む。
 姉の心底嬉しそうな様子と、そんな姉のことが好きで仕方ないんだろうなと思うような桐原さんの雰囲気に黙ってしまう。口には出さなかったけれど、俺たちは多分同じことを思っていた。
 …普段、もっとめっちゃラブラブなんだろうな、この二人。
 家族のそんな様子を見るのは初めてで、ちょっぴり居た堪れない気持ちもあるけれど、辛そうにしているよりは余程ましだろう。

 すると母がまたもや料理の盛られた新たな皿を持ってくる。一体どれだけ食べると思っているのだろう。気合いの入り方が違う。

「逆に言うと部活漬けじゃなくなったんだから、勉強頑張らないとね」
「運動していた子って集中力あるとか言うしね」

 うんうん、と頷きながら料理を取り分けてくれた姉から皿を受け取る。

「集中力はあっても学力は微妙で…」
「計画性も微妙で…」
「あ、でも体力はある」
「先生からのウケもまあまあいい」
「そして結構モテる」

 矢継ぎ早にそう返すと、桐原さんがあははと楽しそうに笑う。

「案外それが一番大事だったりしますよ。社交性や人当たりの良さはこれから生きていく上でとっても大事なことだから」

 なるほど。
 今既に社会できちんとした仕事についている人にそう言われるとなんだか自信が湧いてくるような気がする。
 それに桐原さんはまぶしいものでも見るように目を細めて「蓮さんも海さんも、人に愛される空気をもっている感じがするから」としみじみ言うから、なんだか逆に照れくさくなってお互いに背中をバシバシと叩き合った。

 すると、スマホを確認していた母が「あっ」と声を上げる。

「もうすぐお父さん帰ってくるって」

 父は一般企業で働くサラリーマンだ。管理職な上、今は繁忙期とかで残業が多いから帰りも遅くなることが多い。優しく穏やかな性格だし、多少のことでは動じないと思う。それになんとなく桐原さんと同じ系統の雰囲気かもしれない。酒も飲まないし煙草も吸わない、真面目一辺倒というイメージの父。きっと母ともお見合いとか、そういう感じなのだろう。
 でも、自分の娘が結婚相手を連れて帰ってくるとなったらどんな反応するのだろうか。

「…娘はやらんとか言うのかな?」
「お前のお父さんになった覚えはない!とか?」

 すると、それまでにこにこしていた桐原さんの表情がびしりと固まるのが分かる。
 こんなに落ち着いた大人でも緊張とかするんだなあと意外な気持ちになりながら、「お茶飲みますか?」と尋ねると、「ありがとう」とお礼を言われた。
 その様子に、俺たちはこそこそとお互いに目も合わさずに会話をする。

「…こんな人でも、親に挨拶するときは緊張すんだね」
「…それほど大事なんじゃない?彩花姉のことが」

 大学の先生なんて言うから、勝手に気難しいおっさんなのかと思っていたけど、もしかするとこの人、俺たちが思ってるよりも普通の人かもしれない。
 それに何より姉のことを幸せにしてくれそうな気がする。それなら俺たちにできることは一つだ。

「桐原さん」
「はい」
「父に話すとき、なんか変な空気になったら俺たちも助けるから、大丈夫です」
「え?」
「彩花姉のこと、よろしくお願いします」
「も、もちろん。こちらこそよろしくお願いします」

 お互いに頭を下げ合う。

「うち、結構がやがやしてるかもしれないけど…でも、結構家庭円満ではあるから」
「嫌にならないでいてくれると嬉しいっていうか」

 すると、それを聞いた姉が「確かに、仲はいいよね」と笑う。桐原さんも何だか気持ちが緩んだように目尻を下げた。

「僕にはきょうだいもいないし、家族仲もまあ……割と放任主義な家だったから。こんな風にわいわいにぎやかなのはすごく新鮮だし、楽しいです」

 そんな言葉を聞いてか聞かずか、母が「さあ、冷めないうちに食べちゃいなさい。お父さんの分、ちゃんととってあるから気にせず食べて」と明るく言う。

 その後、帰って来た父が桐原さんと酒を飲んで酔っ払ってしまい、実は母とは一目惚れの後の大恋愛の末に、半分駆け落ち状態で結婚したことを知るのだけれど、それはまた別の話。


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