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彼と彼女の痴話喧嘩
④やっぱり好きです
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すたすたと廊下を歩いていく先輩に手首を掴み直され、転びそうになりながらもついていく。
「…どこ行くんですか?」
「俺ってあんな別れ話で納得できるやつだと思われてたの?」
「……」
「加納さんって俺の友達と付き合ってて、もし綾音が俺とのことで落ち込んでるようなら、その友達づてに連絡してもらえるように頼んであったんだ。もし俺と別れてすっきりしてるようなら諦めた方がいいのかなと思ったけど、そうじゃないなら話は別だから」
「そんなやりとり、いつ…」
「あ、一応言っておくけど、加納さんと俺は連絡先交換してないから安心して」
私の歪んだ思考を読んだかのような発言に、胸がぎゅっとなる。こういう些細なことにも感情が揺れてしまうなんて知らなかった。恋をするのが、こんなに苦しいなんて。
「悪いんだけど、綾音がめちゃくちゃ落ち込んでるって聞いて、正直ちょっと嬉しくて」
手首を掴まれたまま廊下を移動し、渡り廊下を歩き、旧校舎の奥に進んでいく。一部の文化部が活動をしているだけなので、人の出入りが少ないその建物の、屋上に続く階段の踊り場に辿り着いた辺りで漸く手を離された。
こんなところ、あったんだ。
生徒の声が遥か遠くでうっすらと聞こえる静かな空間。日当たりもよく、なんだかのどかだ。
「いい場所でしょ」
私の顔をじっと見つめてくる先輩の視線から目を逸らして俯く。だって、顔なんて見たら決心が揺らいでしまう。それなのに。
「顔見せて」
「…い、いや」
「なんで?」
「だって…」
「お願いだから、こっち見てよ」
先輩は勝手に私の顔を両手で挟み、上を向かせる。振り払った方がよかったのかもしれないけれど、久しぶりに触れられてきゅんとする気持ちが勝った。
ばっちり視線が合って、お互いに黙ったまま見つめ合う。
どうしよう。やっぱり好きだ。
すると、先輩は「顔見たら綾音がどんなこと考えてるか、大抵わかると思ってるんだけど」と、私の頬を親指ですっと撫でてから言う。
「俺自身は、久しぶりに綾音の顔見て、やっぱり変わらず好きだなあと思ってる」
私もです、と言いそうになり、飲み込む。
別れを切り出しておいて、逃げ回って勝手に落ち込んでおいて、それはあまりにも浅ましい。
黙っていると、先輩は苦笑しながら「そういう、真面目なんだか強がりなんだかわからないところも好きなんだけどさ」と言いながら、手を離す。
そのまま抱き締められて、先輩の胸に埋もれるようになる。大好きな匂いがした。
しばらくされるがままになっていると、私の頭に背の高い先輩の顎が乗ったのを感じる。
「あれ?そういや俺って、綾音の中では元カレってことになってるんだよね?」
「…そ、そうです、けど…」
「元カレにこんなことさせていいの?」
「…だめ」
「でもしちゃってるよ?振り払わないの?」
「……」
「もしかして、まだ俺のこと好きでいてくれてたりするのかなー?」
からかうように言われて、押し黙ることしかできない。
大好きな人に久しぶりに抱き締められて、満たされた気持ちになっている今、振り払うような強い気持ちなどもてるはずもなく。
「あのさ…」
抱き締められたまま、頭を優しく撫でられる。
「別れるって、撤回しない?」
撤回。
そんな都合のいいことが通るのだろうかと思っていたら、「ていうか俺、別れるって了承してないから、そもそも不履行なんだけどさ」と頬をふにふにと摘まれた。
「撤回してくれたら、話したいことがあるんだ」
「話したい、こと…?」
正直、撤回どころか、もう別れるなんて二度と言いません!と言いたくなるくらい。先輩の柔らかな温もりを思い出して、味わって、浸ってしまった。
ちょっと抱き締められただけで、それまでの不安やもやもやが吹き飛んでしまうなんて。
…とはいえ、「もう大丈夫なので、やっぱりまた恋人同士に戻ってください」なんて簡単に伝えるのはちょっと無責任のように感じて、その言葉になんと答えたらいいか悩んでいると、先輩は何かを確信したように口の端を上げて「可愛いなぁ」と笑う。
「…ここにあなたのことがまだめちゃくちゃ好きな男がいるんですけど。どうする?」
「どうするって…」
「考えてること全部表情に出ちゃうところも、時々こっちがびっくりするようなことしちゃうところも好きだよ」
今までも優しかったけれど、そこまで言われたことはなかったから、恥ずかしくて顔が熱くなる。
しかし、首筋に顔を埋めて先輩は話し続ける。
「メッセージ返せないことが続いたのはごめん。言い訳みたいになっちゃうけどちょっとバイト詰めててさ。でも、不安に思ってたならまず直接言ってほしかった」
「…ごめんなさい」
「ていうか、メッセージの返信こないからって俺が自分のこと好きじゃなくなったって思ったの?俺の気持ち見くびり過ぎじゃない?」
「……それも、ごめんなさい」
「…あーいや、違う。ごめん。謝ってほしかったんじゃなくて」
もう一度私を抱き締めて、はぁっと息を吐く。
「…好きだから、一緒にいてほしいんだよ」
耳元で聞こえた掠れ声に、なんだか泣きそうになって、ぎゅうっと抱き締め返す。
「…います。いる。ずっといる。私も梓先輩が好き。大好きです」
「じゃあ、撤回?」
こくりと頷くと、先輩は「よかったー…」と安堵の溜め息をついて、腕の力を緩める。
「でも…」
「ん?」
「やっぱり何か隠してませんか?」
「あー…」
すると体を離して、先輩はポケットからスマホを取り出した。
「…どこ行くんですか?」
「俺ってあんな別れ話で納得できるやつだと思われてたの?」
「……」
「加納さんって俺の友達と付き合ってて、もし綾音が俺とのことで落ち込んでるようなら、その友達づてに連絡してもらえるように頼んであったんだ。もし俺と別れてすっきりしてるようなら諦めた方がいいのかなと思ったけど、そうじゃないなら話は別だから」
「そんなやりとり、いつ…」
「あ、一応言っておくけど、加納さんと俺は連絡先交換してないから安心して」
私の歪んだ思考を読んだかのような発言に、胸がぎゅっとなる。こういう些細なことにも感情が揺れてしまうなんて知らなかった。恋をするのが、こんなに苦しいなんて。
「悪いんだけど、綾音がめちゃくちゃ落ち込んでるって聞いて、正直ちょっと嬉しくて」
手首を掴まれたまま廊下を移動し、渡り廊下を歩き、旧校舎の奥に進んでいく。一部の文化部が活動をしているだけなので、人の出入りが少ないその建物の、屋上に続く階段の踊り場に辿り着いた辺りで漸く手を離された。
こんなところ、あったんだ。
生徒の声が遥か遠くでうっすらと聞こえる静かな空間。日当たりもよく、なんだかのどかだ。
「いい場所でしょ」
私の顔をじっと見つめてくる先輩の視線から目を逸らして俯く。だって、顔なんて見たら決心が揺らいでしまう。それなのに。
「顔見せて」
「…い、いや」
「なんで?」
「だって…」
「お願いだから、こっち見てよ」
先輩は勝手に私の顔を両手で挟み、上を向かせる。振り払った方がよかったのかもしれないけれど、久しぶりに触れられてきゅんとする気持ちが勝った。
ばっちり視線が合って、お互いに黙ったまま見つめ合う。
どうしよう。やっぱり好きだ。
すると、先輩は「顔見たら綾音がどんなこと考えてるか、大抵わかると思ってるんだけど」と、私の頬を親指ですっと撫でてから言う。
「俺自身は、久しぶりに綾音の顔見て、やっぱり変わらず好きだなあと思ってる」
私もです、と言いそうになり、飲み込む。
別れを切り出しておいて、逃げ回って勝手に落ち込んでおいて、それはあまりにも浅ましい。
黙っていると、先輩は苦笑しながら「そういう、真面目なんだか強がりなんだかわからないところも好きなんだけどさ」と言いながら、手を離す。
そのまま抱き締められて、先輩の胸に埋もれるようになる。大好きな匂いがした。
しばらくされるがままになっていると、私の頭に背の高い先輩の顎が乗ったのを感じる。
「あれ?そういや俺って、綾音の中では元カレってことになってるんだよね?」
「…そ、そうです、けど…」
「元カレにこんなことさせていいの?」
「…だめ」
「でもしちゃってるよ?振り払わないの?」
「……」
「もしかして、まだ俺のこと好きでいてくれてたりするのかなー?」
からかうように言われて、押し黙ることしかできない。
大好きな人に久しぶりに抱き締められて、満たされた気持ちになっている今、振り払うような強い気持ちなどもてるはずもなく。
「あのさ…」
抱き締められたまま、頭を優しく撫でられる。
「別れるって、撤回しない?」
撤回。
そんな都合のいいことが通るのだろうかと思っていたら、「ていうか俺、別れるって了承してないから、そもそも不履行なんだけどさ」と頬をふにふにと摘まれた。
「撤回してくれたら、話したいことがあるんだ」
「話したい、こと…?」
正直、撤回どころか、もう別れるなんて二度と言いません!と言いたくなるくらい。先輩の柔らかな温もりを思い出して、味わって、浸ってしまった。
ちょっと抱き締められただけで、それまでの不安やもやもやが吹き飛んでしまうなんて。
…とはいえ、「もう大丈夫なので、やっぱりまた恋人同士に戻ってください」なんて簡単に伝えるのはちょっと無責任のように感じて、その言葉になんと答えたらいいか悩んでいると、先輩は何かを確信したように口の端を上げて「可愛いなぁ」と笑う。
「…ここにあなたのことがまだめちゃくちゃ好きな男がいるんですけど。どうする?」
「どうするって…」
「考えてること全部表情に出ちゃうところも、時々こっちがびっくりするようなことしちゃうところも好きだよ」
今までも優しかったけれど、そこまで言われたことはなかったから、恥ずかしくて顔が熱くなる。
しかし、首筋に顔を埋めて先輩は話し続ける。
「メッセージ返せないことが続いたのはごめん。言い訳みたいになっちゃうけどちょっとバイト詰めててさ。でも、不安に思ってたならまず直接言ってほしかった」
「…ごめんなさい」
「ていうか、メッセージの返信こないからって俺が自分のこと好きじゃなくなったって思ったの?俺の気持ち見くびり過ぎじゃない?」
「……それも、ごめんなさい」
「…あーいや、違う。ごめん。謝ってほしかったんじゃなくて」
もう一度私を抱き締めて、はぁっと息を吐く。
「…好きだから、一緒にいてほしいんだよ」
耳元で聞こえた掠れ声に、なんだか泣きそうになって、ぎゅうっと抱き締め返す。
「…います。いる。ずっといる。私も梓先輩が好き。大好きです」
「じゃあ、撤回?」
こくりと頷くと、先輩は「よかったー…」と安堵の溜め息をついて、腕の力を緩める。
「でも…」
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「あー…」
すると体を離して、先輩はポケットからスマホを取り出した。
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