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前編
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私の彼氏は‘優しい’。
大して仲良くなくても、頼まれればにこにこしながらノートを貸す。ろくに講義に出席していない友達なんか、困ればいいのにって思うのに、「実際に聞いて、理解した人には勝てないよ」なんて余裕なことを言っている。
ゼミの活動はもちろん、飲み会も、誘われれば、見たいテレビ番組があったりものすごく疲れていたりしても、ちゃんと出席している。そのせいか、「次のサークル長はお前だ!」なんて言われて、先輩からものすごく可愛がられている。
…もしかしたら当たり前なのかもしれないけど、私だったらきっと、たとえノートを貸したとしても一言物申すと思うし、飲み会だって疲れていたら適当に言い訳して欠席するだろう。
「宗ちゃんって、優しいよね」
「え?何、急に」
大学の売店に飲み物を買いに行くという彼について来たはいいけれど、店内があまりに混み合っていたため、外で待っていた私に、何気なく渡されたカフェオレ。
「私、宗ちゃんみたいなお兄ちゃんがいてもよかったなぁ」
「うーん、佳奈ちゃん、俺はお兄ちゃんじゃなくて彼氏なんだよなー」
少しだけ困ったように ふにゃっと目尻を下げて笑う彼は、「でも最近、佳奈ちゃんそれよく飲んでたから買ってみた」と、自分も今買ってきたばかりの緑茶のペットボトルのキャップを捻った。
「佳奈ちゃん、この後は?」
「今日はこれで終わり。宗ちゃんはあるよね?」
「ううん。さっき午後の講義が休講だって連絡来たんだ」
少し残念そうな表情で「先生の体調不良だって。心配だね」と言う姿に、改めて感心する。よっしゃー休み!とかならないことに、やっぱり彼の生真面目さを感じて。
彼とはサークルで出会ってからすぐに付き合い始めて、もうすぐ2年半。そろそろ就活も考え始める時期だけど、勉強熱心な彼は院に進むことも考えているらしい。先のことはどうなるか、まだわからない。
「佳奈ちゃんさえよければうち来ない?昨日 実家からまた野菜が送られてきたんだよね」
東北出身で、こっちで一人暮らしをしている彼には、時々実家から美味しいものが送られてくる。自信をもってできると言えることはほとんどない私だけど、料理だけは得意なので、そういう場合はよく彼の家に行って腕を振るっている。
「行く。今日は何作ろっかなー」
「好きな人の作るものなら何でも美味しいよ。まぁ、佳奈ちゃんは実際料理上手だけどね」
「まぁーた そうやって…」
私の彼氏は……やっぱり、優しいと思う。
* * *
1Kの彼の部屋の台所は狭い。そりゃ男の人の一人暮らしの部屋だから、そんなに期待はしないけれど、彼自身がほとんど自炊をしていないから、いつまでたってもあまり生活感がない。でも少しずつ調味料や調理器具を一緒に買い足して、大分使いやすくなってきた。
「あー、だめだ。宗ちゃーん」
「んー?」
「これ、上げてくれない?」
捲り上げていたシャツの袖が段々下がってきてしまった。
手がこねていた挽肉でべたべただったため、自分で直すことが出来ず、机の上を布巾で拭いていた彼を呼ぶ。
「おお、これは大変だ」
やや仰々しく言ってから、狭いキッチンの中で、彼の骨ばった手が私のシャツの袖を慎重に捲り上げていく。
「ありがと」
「…佳奈ちゃん」
「ん?」
ふと顔を上げると視線が一瞬かちっと合ってすぐ、唐突に唇が重ねられる。柔らかい感触なのに、後ろから頭をがっちりと支えられていて、身動きがとれない。そのまま一気に舌が入ってきて、息が上がるのに、手が肉の油で汚れているから押しのけることができない。
「んーー…っ!」
さすがに苦しくなってきたところで、ぱっと唇を離された。
「…っ、ちょっと宗ちゃん!作ってる途中だよ!」
「何か…ちょっとぐっときちゃって」
私が怒っているのを見て、口では「ごめん」なんて言いながらも、悪びれる様子もなく、机を拭きに戻る彼の背中を呆然と見送り、仕方なく調理を続ける。ずるい。
大して仲良くなくても、頼まれればにこにこしながらノートを貸す。ろくに講義に出席していない友達なんか、困ればいいのにって思うのに、「実際に聞いて、理解した人には勝てないよ」なんて余裕なことを言っている。
ゼミの活動はもちろん、飲み会も、誘われれば、見たいテレビ番組があったりものすごく疲れていたりしても、ちゃんと出席している。そのせいか、「次のサークル長はお前だ!」なんて言われて、先輩からものすごく可愛がられている。
…もしかしたら当たり前なのかもしれないけど、私だったらきっと、たとえノートを貸したとしても一言物申すと思うし、飲み会だって疲れていたら適当に言い訳して欠席するだろう。
「宗ちゃんって、優しいよね」
「え?何、急に」
大学の売店に飲み物を買いに行くという彼について来たはいいけれど、店内があまりに混み合っていたため、外で待っていた私に、何気なく渡されたカフェオレ。
「私、宗ちゃんみたいなお兄ちゃんがいてもよかったなぁ」
「うーん、佳奈ちゃん、俺はお兄ちゃんじゃなくて彼氏なんだよなー」
少しだけ困ったように ふにゃっと目尻を下げて笑う彼は、「でも最近、佳奈ちゃんそれよく飲んでたから買ってみた」と、自分も今買ってきたばかりの緑茶のペットボトルのキャップを捻った。
「佳奈ちゃん、この後は?」
「今日はこれで終わり。宗ちゃんはあるよね?」
「ううん。さっき午後の講義が休講だって連絡来たんだ」
少し残念そうな表情で「先生の体調不良だって。心配だね」と言う姿に、改めて感心する。よっしゃー休み!とかならないことに、やっぱり彼の生真面目さを感じて。
彼とはサークルで出会ってからすぐに付き合い始めて、もうすぐ2年半。そろそろ就活も考え始める時期だけど、勉強熱心な彼は院に進むことも考えているらしい。先のことはどうなるか、まだわからない。
「佳奈ちゃんさえよければうち来ない?昨日 実家からまた野菜が送られてきたんだよね」
東北出身で、こっちで一人暮らしをしている彼には、時々実家から美味しいものが送られてくる。自信をもってできると言えることはほとんどない私だけど、料理だけは得意なので、そういう場合はよく彼の家に行って腕を振るっている。
「行く。今日は何作ろっかなー」
「好きな人の作るものなら何でも美味しいよ。まぁ、佳奈ちゃんは実際料理上手だけどね」
「まぁーた そうやって…」
私の彼氏は……やっぱり、優しいと思う。
* * *
1Kの彼の部屋の台所は狭い。そりゃ男の人の一人暮らしの部屋だから、そんなに期待はしないけれど、彼自身がほとんど自炊をしていないから、いつまでたってもあまり生活感がない。でも少しずつ調味料や調理器具を一緒に買い足して、大分使いやすくなってきた。
「あー、だめだ。宗ちゃーん」
「んー?」
「これ、上げてくれない?」
捲り上げていたシャツの袖が段々下がってきてしまった。
手がこねていた挽肉でべたべただったため、自分で直すことが出来ず、机の上を布巾で拭いていた彼を呼ぶ。
「おお、これは大変だ」
やや仰々しく言ってから、狭いキッチンの中で、彼の骨ばった手が私のシャツの袖を慎重に捲り上げていく。
「ありがと」
「…佳奈ちゃん」
「ん?」
ふと顔を上げると視線が一瞬かちっと合ってすぐ、唐突に唇が重ねられる。柔らかい感触なのに、後ろから頭をがっちりと支えられていて、身動きがとれない。そのまま一気に舌が入ってきて、息が上がるのに、手が肉の油で汚れているから押しのけることができない。
「んーー…っ!」
さすがに苦しくなってきたところで、ぱっと唇を離された。
「…っ、ちょっと宗ちゃん!作ってる途中だよ!」
「何か…ちょっとぐっときちゃって」
私が怒っているのを見て、口では「ごめん」なんて言いながらも、悪びれる様子もなく、机を拭きに戻る彼の背中を呆然と見送り、仕方なく調理を続ける。ずるい。
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