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恋とは、別れとは、付き合うとはなんなのか。
お互いに耳を澄ませなくては会話ができないくらいがやがやした店内で、それでもはっきりと聞こえた言葉。
「俺たち、別れない?」
何週間ぶりかの恋人との逢瀬。
やや立て込んでいた時期を終え、ようやく久しぶりに会えるからと、朝からちょっとおめかしして、会社でも休み時間に髪型やメイクが崩れていないかよくよく確認して、クリスマスプレゼントも用意して。
以前行ったことがある、お肉料理の美味しいお店で、それなのに席に着いて開口一番に言われたのがそれだった。
「いや、え、なんで…」
メッセージのやり取りはまめにしていたつもりだ。忙しいという彼への気遣いや労いの言葉もたくさんかけていた。彼が「忙しくて家事をする時間さえない」と言ったときは、家に行って掃除をしたり料理を作ったりしたことも何度かあった。
別れの足音的なものはなかったはず。驚きのあまり、しどろもどろになってしまう。
「俺が困ったときに、菜緒がいろいろサポートしてくれたのは感謝してる。でも、本当の恋とか出会いって、もっとこう…運命的な感じなんじゃないのかなって」
「運命的って、例えば…?」
「んー…なんていうか、ハンカチ拾ってもらったところから忘れられなくてーとか、一目見ただけできゅんとしちゃうみたいな、そういうの?」
「…え?」
この人は一体何を言っているのか、という私の視線などものともせず、ノンアルコールのカクテルをがぶがぶ飲む彼は続ける。妙に冷静な自分が頭の隅で、アルコール飲み放題のプランにしなければよかったなと思う。
彼との出会いのきっかけは、いろいろな部署同士が親睦を深めるために行われた大規模な飲み会のようなものだった。たまたまそれぞれの部署から幹事として選出されたメンバーの中に彼がいて、そこから親しくなった。
そして、今更になって、「好きだよ」ではなく「付き合おうよ」だったことを思い出して、もしや大事な部分を確認できていなかったのでは?と、頭が痛くなる。
「年末にさしかかるし、丁度いいタイミングかなって」
理由になっていない。むしろそこは、クリスマスだからお泊まりでもしようか?からの、年末も二人で一緒に過ごそうよ、来年もよろしくね、みたいな感じではないのか。よりによってクリスマス当日にそれはないだろう。丁度いいどころか、タイミングとしては最悪では…?
頭の中が疑問符でいっぱいになっている私に気付いていないのか彼は淡々と続ける。
「菜緒って可愛いんだけど、なんていうか、付き合ってる感じがあんまりしなかったし。恋じゃないような感じっていうか」
一緒にしてきたあれやこれやは、付き合っていたからしてきたのではないのだろうか。あまりべたべたするような雰囲気ではなかったけれど、誠実にお付き合いをしていたつもりだったから、こんなに温度差があったなんてと がっくりきてしまう。久しぶりに会えるからと綺麗に塗り直したネイルを見つめながら黙ったままの私に、しかし彼はとどめを刺すように言った。
「なかなか会えないときとかさ、あーもう全部放り出して会いに行きたい!って全然ならなくなかった?」
……。
お互いに耳を澄ませなくては会話ができないくらいがやがやした店内で、それでもはっきりと聞こえた言葉。
「俺たち、別れない?」
何週間ぶりかの恋人との逢瀬。
やや立て込んでいた時期を終え、ようやく久しぶりに会えるからと、朝からちょっとおめかしして、会社でも休み時間に髪型やメイクが崩れていないかよくよく確認して、クリスマスプレゼントも用意して。
以前行ったことがある、お肉料理の美味しいお店で、それなのに席に着いて開口一番に言われたのがそれだった。
「いや、え、なんで…」
メッセージのやり取りはまめにしていたつもりだ。忙しいという彼への気遣いや労いの言葉もたくさんかけていた。彼が「忙しくて家事をする時間さえない」と言ったときは、家に行って掃除をしたり料理を作ったりしたことも何度かあった。
別れの足音的なものはなかったはず。驚きのあまり、しどろもどろになってしまう。
「俺が困ったときに、菜緒がいろいろサポートしてくれたのは感謝してる。でも、本当の恋とか出会いって、もっとこう…運命的な感じなんじゃないのかなって」
「運命的って、例えば…?」
「んー…なんていうか、ハンカチ拾ってもらったところから忘れられなくてーとか、一目見ただけできゅんとしちゃうみたいな、そういうの?」
「…え?」
この人は一体何を言っているのか、という私の視線などものともせず、ノンアルコールのカクテルをがぶがぶ飲む彼は続ける。妙に冷静な自分が頭の隅で、アルコール飲み放題のプランにしなければよかったなと思う。
彼との出会いのきっかけは、いろいろな部署同士が親睦を深めるために行われた大規模な飲み会のようなものだった。たまたまそれぞれの部署から幹事として選出されたメンバーの中に彼がいて、そこから親しくなった。
そして、今更になって、「好きだよ」ではなく「付き合おうよ」だったことを思い出して、もしや大事な部分を確認できていなかったのでは?と、頭が痛くなる。
「年末にさしかかるし、丁度いいタイミングかなって」
理由になっていない。むしろそこは、クリスマスだからお泊まりでもしようか?からの、年末も二人で一緒に過ごそうよ、来年もよろしくね、みたいな感じではないのか。よりによってクリスマス当日にそれはないだろう。丁度いいどころか、タイミングとしては最悪では…?
頭の中が疑問符でいっぱいになっている私に気付いていないのか彼は淡々と続ける。
「菜緒って可愛いんだけど、なんていうか、付き合ってる感じがあんまりしなかったし。恋じゃないような感じっていうか」
一緒にしてきたあれやこれやは、付き合っていたからしてきたのではないのだろうか。あまりべたべたするような雰囲気ではなかったけれど、誠実にお付き合いをしていたつもりだったから、こんなに温度差があったなんてと がっくりきてしまう。久しぶりに会えるからと綺麗に塗り直したネイルを見つめながら黙ったままの私に、しかし彼はとどめを刺すように言った。
「なかなか会えないときとかさ、あーもう全部放り出して会いに行きたい!って全然ならなくなかった?」
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