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しおりを挟む「吉村、なんか今日顔色悪くない?」
眉間に皺を寄せながらパソコンのモニターを眺めていると、聞き慣れた声に話しかけられた。
「…いつもこんな感じです」
「えー、昨日はもうちょい溌剌としてなかった?体調悪いなら早退した方がいいんじゃね?」
心配しているようなしていないような微妙な雰囲気でそう言うのは 同じ営業部の 澤田誠。二つ上の先輩だ。私が2年前に入社したときに、OJTも兼ねて補佐につかせてもらっていたことから、その役を外れても何かと話をする。
「なんか昨日は可愛い格好してたじゃん」
…誰に対してもこんな風にちょっとチャラくて馴れ馴れし…いや、フレンドリーで顔が広い。多くの人は彼のことを、爽やかで優秀な若手社員だと思っている。
確かに仕事はものすごくできるし上司からの信頼も厚いという点については心から尊敬している。部署史上最速でプロジェクトリーダーを任されたというときも、自分が一番忙しいにも関わらず後輩の私にもよく気を配ってくれた。話していると楽しいし、誰よりも気を許せる存在。
でも時々女性関係のことで変な噂になるところだけは嫌だなあと思っている。合コン三昧だとか、秘書課の美女と総務部の可愛い子が先輩を巡って揉めたとか。すごくマメで、面倒見がよくて頼りになるから、なんだか勿体無いとも思う。折角ならどんなときでも誠実であってほしい。
そして同時に、これだけの人ならクリスマス当日にフラれて急にその後の予定がなくなってしまう経験なんて、きっとしたことはないだろうなあと心の中で独りごちる。
「いいんです。別に熱もないしどうせ家でぼーっとしてるだけですから」
「カリカリしてんなー。もしかしてフラれた?」
「…!」
見事に言い当てられて黙ってしまった私を見て「えっ、まじ?」と驚いたように言いながら、たまたま空いていた隣の椅子に座る。
「いつ?まさか、昨日とか?」
「…流石にデリカシーなさ過ぎます。言いたくないです」
「まあ…確かにそうだな」
なんだか面白がるようなその様子には見向きもせず、わざと音を立ててノートパソコンのキーボードを叩く。
固定の席が決まっているわけではないフリーアドレスシステムの会社なので、自分の席に戻ってくださいと促すことができない。でも、隣でただ喋り続けているだけなら放置しておけばいいと無視しようとした私に、先輩は思案顔で続ける。
「…てことは吉村は今フリーってことだな?」
「はいはい、そういうことになりますね」
「なんだその投げやりな返事」
澤田先輩はくっくっと心底嬉しそうに笑いながら、ポケットから飴を取り出す。
「あげるよ。元気出せ」
飴如きで懐柔されるわけがないと思いながらじろりと視線を送ると、それは私の大好きな銘柄のフルーツ飴。コンビニでもしょっちゅう買うし、美味しいからと仲のよい同僚によくお裾分けするくらい。
「…それ、すっごく美味しいですよね」
「吉村 これ大好きだもんな。知ってるよ。だから持ってんの」
「え、こわい…」
「そこは、『嬉しいです♡』だろ」
そんな風に キュルン♪と返すような気力などない。でも飴は嬉しかったので、その場で開けて口に放り込む。美味しい。やっぱり好きな味だ。
そんな私に、にやっと笑いかけてから、先輩は言う。
「なあ、メシ食いに行こうよ。今日」
「もう疲れちゃったから嫌です」
「飴あげたじゃん」
「飴は…ありがとうございます。でもそれとこれとは…」
「あー、それ最後の一個だったんだよなあー俺も食べたかったなあー」
「じゃあ返します」
「えっ、何?口移し?」
「ちがっ…買って返すってことです!そういうのがっつりセクハラですからね?」
入社してすぐからいろいろ世話を焼いてくれる澤田先輩とは、気心が知れ過ぎているからこんな軽口を叩けるけれど、まさか新人の子にまでこんな絡み方をしていないだろうかと心配になる。最近コンプライアンス的なことも厳しいのに。
「とりあえず行こうよ。な?奢るから」
「なんか怪しいんですけど…」
訝しげな視線を送る私には目もくれず、スマホをすいすいと操作しながら、先輩は言う。
「はいもう予約しました。来ないとキャンセル料かかりまーす」
「ちょ…っ!」
先輩は席を立ち、私にひらひらと手を振る。
「定時に出るぞ。くれぐれも残業とかなんないようにな。まあ、なったとしても手伝うから言えよ」
強引なんだか親切なんだかよくわからない、浮かれた様子の先輩の背中を見送る。
変な流れでこんな話になってしまったけれど、正直、全部吐き出してパーっと忘れてしまいたいようなことはたくさんある。何やら奢りらしいし、ここは適当に乗っかっておくのがお得かもしれない。
そうと決まれば仕事に集中するのみだ。
私は先輩にもらった飴を舐めながら、頭の中でタスクを組み直し始める。
口の中で転がる飴は、いろんな種類がある中でも私の一番好きなりんご味だった。
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