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まさに青天の霹靂。
箸を取り落としそうになった私とは裏腹に、先輩は落ち着いた様子で、おしぼりで手を拭き直す。
「割とずっと前から好き。だから彼氏と別れたって聞いて、吉村には悪いけどめちゃくちゃ嬉しかった」
「そ、そんな、人の不幸に対して…」
「そう、だから吉村のことはこれから俺が責任をもって幸せにする。それなら文句ないだろ」
あまりにも堂々と言い切られたけれど、ちょっと話が突然過ぎる。
「う、嘘…」
「こんなことで嘘ついてどうすんだよ」
「だってこれまでいっぱい、いろんな人と噂になってたじゃないですか」
「あんなのデマに決まってんじゃん。打ち合わせとかで顔合わせることは確かにあるよ?でもこんだけ仕事が忙しいのにほとんど接点のない部署の女の子と仲良くなるチャンスなんかどこにもないだろ」
「…合コン、とか?」
「行かねえよ。俺あんまり飲まないし。初対面のやつと話すの、仕事みたいなテンションになって疲れる」
確かに、今日もお互いにビールを一杯飲んだ以降は、ずっとソフトドリンクだ。
「いや、でも…」
「あんなのは出会いたいやつらが勝手に俺の名前を出してるだけだから。どうせ間際になって、どうしても都合がつかなくて来ませんでしたーってやってんだよ」
「それは…いいんですか?なんかこう…澤田先輩がチャラい人みたいに思われちゃいますよ」
「別に。大事な人にそう思われてるわけじゃなければ全然気にしない」
きっぱりとそう言い切る様子は、いつものように冗談を言っているようには見えなかった。すると、先輩は「え、もしかして」と少しだけこちらに身を乗り出す。
「…吉村も俺のことチャラいと思ってんの?」
「う…まあ、ちょっとだけ…」
怒ったように尋ねられて、びくびくしながらそう答えると、はーっと大きく溜め息をつかれる。
「…俺こんなに一途なのに。外野のせいで好きな子にチャラいやつだと思われてんの可哀想過ぎだろ」
好きな子…。
先輩の言い分を全面的に信じるならば、確かに可哀想ではある。今日はたまたま(先輩の根回しのパワーもあるのだろうが)早めに上がれたけれど、本来であれば残業がデフォルトなくらいだから。
そう、冷静になって考えてみれば、あの量の仕事を完璧にこなしながら複数の恋人と付き合うとなったらものすごいことなのだ。タイムマネジメント術を伝授してほしいくらい。
でもそのことと、私のことが好きだということはまた別の話で。
「でもなんか…やっぱり、信じられないっていうか…」
「吉村のことが好きだってことが?それとも、噂が嘘だってことが?」
「ちょっとずつ両方、ですかね?」
「ええー?本人がこんだけ言ってんのに駄目?とにかく俺が好きなのは吉村なんだって」
「は、はい…」
反論を許さないような圧と共に言い切られてとりあえず頷く。告白されているのか怒られているのかわからない。
あえて考えないようにしているけれど、本人が言う通り、本当に一途なのだとしたら、もう先輩に対する懸念材料はなくなってしまうということに対する戸惑いもある。そんな都合のいいことがあっていいのだろうか。
頼んでいた料理はもうほぼ食べ終わってしまっている。飲み物のグラスも空っぽだ。
微妙な沈黙が続いて、テーブルの木目の模様をじっと見つめ続けていたけれど、不意にとんとんと肩を叩かれて顔を上げる。
「こうなったら俺の愛を、がんがん吉村に伝えるわ」
「ど、どういうこと…」
「場所変えよ。ホテルでもいいけど」
「なっ…!」
告白はともかく、さすがにこんな提案には応えられるわけがない。ムキになる私を見て笑って、しかし先輩は店員さんに声をかけ、会計を済ませてしまう。
「ちょ…待ってください…!」
「あーなんかちゃんと伝えたら吹っ切れたわ。相手がいるときに告ったら逆に悩ませるだろうなと思って我慢してたけど、もうそれも必要ないと思ったらすっきりした。俺さあ、吉村のこと好きなんだよ。めちゃくちゃ好き」
そう言いながら、先輩は私の通勤鞄を手に取って立ち上がる。
「それに、俺は場所変えようとは言ったけど、まだ吉村の気持ち聞いてないし、別にヤろうとは言ってない」
「…っ、でも、さっきホテルって…」
「ホテルにもいろいろあんじゃん。お洒落なバーとかかもしんないだろ」
どう考えても屁理屈でしょ、と思いながらも、通勤鞄を奪われてしまっているので、仕方なく後をついていく。
でもまだ人は多いし、理由もなく荷物持ちをさせているように見えるのは嫌だったので自分で持つと言うと、「逃げないなら返す」と言われる。
「こんな大事な話の途中で逃げたりしません」
「信じるからな。さ、じゃあ吉村の行きたいとこいくか」
「え、私の行きたいところ?」
「俺を連れ回してよ。ついてくから」
いろいろツッコみたい気持ちはあるけれど、あまりにも楽しそうなその様子に言葉が出てこない。それどころか、どこへ行こうかなと考え始めてしまう自分に呆れる。
でも、仕事が忙しかったことに加え、元カレがあまり行きたがらなかったから最近足が遠のいていたスイーツの美味しいカフェや、珍しいラインナップの本を取り扱っているいる本屋さんなど、久しぶりに行きたいと思っていた場所はたくさんあった。とはいえ、連れて行ったところで、つまらなそうにされたり自分の好きなものを否定されたりするのはちょっと堪える。特に今は。
しかしそんな私に先輩は「さっき吉村が言ってたケーキが美味い喫茶店、行ってみたいなー」「そういや本屋も行きたかったんだよ。新刊買いたい」などと、まるで心を読んだように言う。
「私、考えてること顔に書いてあります?」
「なんで?」
「私が頭に浮かんだ場所、先輩が全部言うから」
「それはほら、俺が吉村のことそれだけ好きだからじゃん。さっき聞いて、一緒に行ってみたいなって思ってた」
さらりと返ってくる返答の甘さには慣れないけれど、心がじんわりあたたかくなるのを感じる。元カレは「どこでもいい」と言いながら、いざ連れて行くと「あっちの方がよかったな」と言う人だった。その時は、次のデートに生かそうなんて殊勝なことを考えていたけれど、もしかすると自分でも知らないうちに傷ついていたのかもしれないと気付く。
通勤鞄を持ち直して後ろをついていく。
「じゃあとりあえずコーヒーでも飲みま…ぶっ!」
前を歩いていた先輩が急に立ち止まったから、前をよく見ていなかった私は広い背中に盛大にぶつかった。
「ちょっと、急に止まらないでくださいよ」
「…吉村さ、元カレって総務部の渡邊って言ってたよな」
「そうですけど…」
その言葉に、先輩がわざわざ手を後ろに回して、背後に立っていた私の手を握る。前を向いたままだから後ろは見えないはずなのに器用だなと思いつつ、ただならぬ様子に思わずその手を握り返す。
「別れて正解だな。やっぱり吉村は俺とくっつくのが正解なんだよ。うん」
「どうしたんですか急に」
「見る?お前の運命じゃなかった男」
え?
先輩に引っ張られ、近くにあったビルの柱の裏に隠れる。手を繋いだまま背伸びをして、立ちはだかる先輩の肩越しに前を見ると、そこには。
「……うわ」
「そういうやつなんだよ」
目に飛び込んできたのは、元カレが知らない女の子と仲良さそうに腕を組んでいるところ。あまりの距離感の近さに、ちょっとよろめいたところを支えたとか、そういう不可抗力的な絡み方じゃないのは一目見てわかる。顔が近くて、なんならもう、キスの一つや二つしてしまいそうな親密さだった。
「一応、別れ話の次の日なんですけど…これは、二股かけられてたってことですかね…?」
「知らん。とりあえずクズなんだろうなとは思うけど」
「彼、いつも外でイチャイチャしたくないって言ってたんですよね」
「もう別れてんだから彼とか言うな」
後ろ手に繋いだままの私の手の甲を親指でごしごしとさすりながら、宙を見つめている先輩の背中に、頭突きするように額を押し付ける。
「いてっ」
「…私、いつもこうなんですよね。真面目に恋愛してるつもりなんですけど、いつの間にか恋人として見られなくなったとか、付き合ってる感じがしないとか言われるんです」
「真面目が一番だろ。付き合ってる感じがしないのはそいつの勝手じゃん」
「でも、だからいろいろ考えるんです。何が駄目だったのかなって。でも結局わからなくて」
「駄目だったのが吉村じゃなくて相手だったとしたら、そんなの分析したって無駄」
しばらくの沈黙の後、先輩はくるりと向かい合うように立ち、私の肩に手を置く。「こっち見て」と言われて顔を上げると、眉間に皺を寄せて険しい顔をしていた。
「クズが二股してたのか、別れてすぐ次の出会いがあったのかは知らんけど、とりあえずさっき『吉村が彼氏と別れたって聞いて嬉しい』って言って、悪かった」
「え…」
「俺にとっては飛び上がるくらいラッキーだけど、吉村は割とちゃんとショック受けてんだよな、と思って」
「飛び上がるくらいラッキー…なんですか」
実のところ、別れた直後は落ち込んだ。でも、おかげさまでもう今はほとんど引き摺っていなかった。昨日は確かに、また失恋してしまったことによるもやもやに苛まれてはいたけれど帰り道に一人で買って食べたコンビニのケーキは思ったより美味しかったし、ついでに元カレに渡すために買ったプレゼントもフリマアプリでいい値がついたのだ。
なんだか反省している様子の先輩を見て、逆に気が抜けてしまう。私以上に落ち込むなんて変だ。でもきっと、それがこの人なりに真摯に考えてくれているということなのだろうと思うと、なんだか胸に小さな灯りが灯るようで。
「…今、澤田先輩が誰よりも真面目なんじゃないかなって思いました。そんなことわざわざ謝る人、あんまりいないと思います」
「吉村がつらそうだからじゃん」
「先輩のおかげで、もう割と大丈夫です」
「…俺の前で無理すんな」
「ううん。無理してないです」
いつの間にか、元カレカップルはいなくなっていたけれど、正直もうどうでもよかった。そんなことよりも、目の前のこの人のことをちゃんと考えたい。先程から言葉にしてくれているように、本当に私のことを好きなのだとしたら、私の気持ちは…。
箸を取り落としそうになった私とは裏腹に、先輩は落ち着いた様子で、おしぼりで手を拭き直す。
「割とずっと前から好き。だから彼氏と別れたって聞いて、吉村には悪いけどめちゃくちゃ嬉しかった」
「そ、そんな、人の不幸に対して…」
「そう、だから吉村のことはこれから俺が責任をもって幸せにする。それなら文句ないだろ」
あまりにも堂々と言い切られたけれど、ちょっと話が突然過ぎる。
「う、嘘…」
「こんなことで嘘ついてどうすんだよ」
「だってこれまでいっぱい、いろんな人と噂になってたじゃないですか」
「あんなのデマに決まってんじゃん。打ち合わせとかで顔合わせることは確かにあるよ?でもこんだけ仕事が忙しいのにほとんど接点のない部署の女の子と仲良くなるチャンスなんかどこにもないだろ」
「…合コン、とか?」
「行かねえよ。俺あんまり飲まないし。初対面のやつと話すの、仕事みたいなテンションになって疲れる」
確かに、今日もお互いにビールを一杯飲んだ以降は、ずっとソフトドリンクだ。
「いや、でも…」
「あんなのは出会いたいやつらが勝手に俺の名前を出してるだけだから。どうせ間際になって、どうしても都合がつかなくて来ませんでしたーってやってんだよ」
「それは…いいんですか?なんかこう…澤田先輩がチャラい人みたいに思われちゃいますよ」
「別に。大事な人にそう思われてるわけじゃなければ全然気にしない」
きっぱりとそう言い切る様子は、いつものように冗談を言っているようには見えなかった。すると、先輩は「え、もしかして」と少しだけこちらに身を乗り出す。
「…吉村も俺のことチャラいと思ってんの?」
「う…まあ、ちょっとだけ…」
怒ったように尋ねられて、びくびくしながらそう答えると、はーっと大きく溜め息をつかれる。
「…俺こんなに一途なのに。外野のせいで好きな子にチャラいやつだと思われてんの可哀想過ぎだろ」
好きな子…。
先輩の言い分を全面的に信じるならば、確かに可哀想ではある。今日はたまたま(先輩の根回しのパワーもあるのだろうが)早めに上がれたけれど、本来であれば残業がデフォルトなくらいだから。
そう、冷静になって考えてみれば、あの量の仕事を完璧にこなしながら複数の恋人と付き合うとなったらものすごいことなのだ。タイムマネジメント術を伝授してほしいくらい。
でもそのことと、私のことが好きだということはまた別の話で。
「でもなんか…やっぱり、信じられないっていうか…」
「吉村のことが好きだってことが?それとも、噂が嘘だってことが?」
「ちょっとずつ両方、ですかね?」
「ええー?本人がこんだけ言ってんのに駄目?とにかく俺が好きなのは吉村なんだって」
「は、はい…」
反論を許さないような圧と共に言い切られてとりあえず頷く。告白されているのか怒られているのかわからない。
あえて考えないようにしているけれど、本人が言う通り、本当に一途なのだとしたら、もう先輩に対する懸念材料はなくなってしまうということに対する戸惑いもある。そんな都合のいいことがあっていいのだろうか。
頼んでいた料理はもうほぼ食べ終わってしまっている。飲み物のグラスも空っぽだ。
微妙な沈黙が続いて、テーブルの木目の模様をじっと見つめ続けていたけれど、不意にとんとんと肩を叩かれて顔を上げる。
「こうなったら俺の愛を、がんがん吉村に伝えるわ」
「ど、どういうこと…」
「場所変えよ。ホテルでもいいけど」
「なっ…!」
告白はともかく、さすがにこんな提案には応えられるわけがない。ムキになる私を見て笑って、しかし先輩は店員さんに声をかけ、会計を済ませてしまう。
「ちょ…待ってください…!」
「あーなんかちゃんと伝えたら吹っ切れたわ。相手がいるときに告ったら逆に悩ませるだろうなと思って我慢してたけど、もうそれも必要ないと思ったらすっきりした。俺さあ、吉村のこと好きなんだよ。めちゃくちゃ好き」
そう言いながら、先輩は私の通勤鞄を手に取って立ち上がる。
「それに、俺は場所変えようとは言ったけど、まだ吉村の気持ち聞いてないし、別にヤろうとは言ってない」
「…っ、でも、さっきホテルって…」
「ホテルにもいろいろあんじゃん。お洒落なバーとかかもしんないだろ」
どう考えても屁理屈でしょ、と思いながらも、通勤鞄を奪われてしまっているので、仕方なく後をついていく。
でもまだ人は多いし、理由もなく荷物持ちをさせているように見えるのは嫌だったので自分で持つと言うと、「逃げないなら返す」と言われる。
「こんな大事な話の途中で逃げたりしません」
「信じるからな。さ、じゃあ吉村の行きたいとこいくか」
「え、私の行きたいところ?」
「俺を連れ回してよ。ついてくから」
いろいろツッコみたい気持ちはあるけれど、あまりにも楽しそうなその様子に言葉が出てこない。それどころか、どこへ行こうかなと考え始めてしまう自分に呆れる。
でも、仕事が忙しかったことに加え、元カレがあまり行きたがらなかったから最近足が遠のいていたスイーツの美味しいカフェや、珍しいラインナップの本を取り扱っているいる本屋さんなど、久しぶりに行きたいと思っていた場所はたくさんあった。とはいえ、連れて行ったところで、つまらなそうにされたり自分の好きなものを否定されたりするのはちょっと堪える。特に今は。
しかしそんな私に先輩は「さっき吉村が言ってたケーキが美味い喫茶店、行ってみたいなー」「そういや本屋も行きたかったんだよ。新刊買いたい」などと、まるで心を読んだように言う。
「私、考えてること顔に書いてあります?」
「なんで?」
「私が頭に浮かんだ場所、先輩が全部言うから」
「それはほら、俺が吉村のことそれだけ好きだからじゃん。さっき聞いて、一緒に行ってみたいなって思ってた」
さらりと返ってくる返答の甘さには慣れないけれど、心がじんわりあたたかくなるのを感じる。元カレは「どこでもいい」と言いながら、いざ連れて行くと「あっちの方がよかったな」と言う人だった。その時は、次のデートに生かそうなんて殊勝なことを考えていたけれど、もしかすると自分でも知らないうちに傷ついていたのかもしれないと気付く。
通勤鞄を持ち直して後ろをついていく。
「じゃあとりあえずコーヒーでも飲みま…ぶっ!」
前を歩いていた先輩が急に立ち止まったから、前をよく見ていなかった私は広い背中に盛大にぶつかった。
「ちょっと、急に止まらないでくださいよ」
「…吉村さ、元カレって総務部の渡邊って言ってたよな」
「そうですけど…」
その言葉に、先輩がわざわざ手を後ろに回して、背後に立っていた私の手を握る。前を向いたままだから後ろは見えないはずなのに器用だなと思いつつ、ただならぬ様子に思わずその手を握り返す。
「別れて正解だな。やっぱり吉村は俺とくっつくのが正解なんだよ。うん」
「どうしたんですか急に」
「見る?お前の運命じゃなかった男」
え?
先輩に引っ張られ、近くにあったビルの柱の裏に隠れる。手を繋いだまま背伸びをして、立ちはだかる先輩の肩越しに前を見ると、そこには。
「……うわ」
「そういうやつなんだよ」
目に飛び込んできたのは、元カレが知らない女の子と仲良さそうに腕を組んでいるところ。あまりの距離感の近さに、ちょっとよろめいたところを支えたとか、そういう不可抗力的な絡み方じゃないのは一目見てわかる。顔が近くて、なんならもう、キスの一つや二つしてしまいそうな親密さだった。
「一応、別れ話の次の日なんですけど…これは、二股かけられてたってことですかね…?」
「知らん。とりあえずクズなんだろうなとは思うけど」
「彼、いつも外でイチャイチャしたくないって言ってたんですよね」
「もう別れてんだから彼とか言うな」
後ろ手に繋いだままの私の手の甲を親指でごしごしとさすりながら、宙を見つめている先輩の背中に、頭突きするように額を押し付ける。
「いてっ」
「…私、いつもこうなんですよね。真面目に恋愛してるつもりなんですけど、いつの間にか恋人として見られなくなったとか、付き合ってる感じがしないとか言われるんです」
「真面目が一番だろ。付き合ってる感じがしないのはそいつの勝手じゃん」
「でも、だからいろいろ考えるんです。何が駄目だったのかなって。でも結局わからなくて」
「駄目だったのが吉村じゃなくて相手だったとしたら、そんなの分析したって無駄」
しばらくの沈黙の後、先輩はくるりと向かい合うように立ち、私の肩に手を置く。「こっち見て」と言われて顔を上げると、眉間に皺を寄せて険しい顔をしていた。
「クズが二股してたのか、別れてすぐ次の出会いがあったのかは知らんけど、とりあえずさっき『吉村が彼氏と別れたって聞いて嬉しい』って言って、悪かった」
「え…」
「俺にとっては飛び上がるくらいラッキーだけど、吉村は割とちゃんとショック受けてんだよな、と思って」
「飛び上がるくらいラッキー…なんですか」
実のところ、別れた直後は落ち込んだ。でも、おかげさまでもう今はほとんど引き摺っていなかった。昨日は確かに、また失恋してしまったことによるもやもやに苛まれてはいたけれど帰り道に一人で買って食べたコンビニのケーキは思ったより美味しかったし、ついでに元カレに渡すために買ったプレゼントもフリマアプリでいい値がついたのだ。
なんだか反省している様子の先輩を見て、逆に気が抜けてしまう。私以上に落ち込むなんて変だ。でもきっと、それがこの人なりに真摯に考えてくれているということなのだろうと思うと、なんだか胸に小さな灯りが灯るようで。
「…今、澤田先輩が誰よりも真面目なんじゃないかなって思いました。そんなことわざわざ謝る人、あんまりいないと思います」
「吉村がつらそうだからじゃん」
「先輩のおかげで、もう割と大丈夫です」
「…俺の前で無理すんな」
「ううん。無理してないです」
いつの間にか、元カレカップルはいなくなっていたけれど、正直もうどうでもよかった。そんなことよりも、目の前のこの人のことをちゃんと考えたい。先程から言葉にしてくれているように、本当に私のことを好きなのだとしたら、私の気持ちは…。
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