20 / 23
1.眠れる鴉を起こすのは
epilogue
しおりを挟む
「……母上! ? 母上! 聞こえていらっしゃいますか?」
その声に目を覚まし──とはいえ、目を開けることはほぼ叶わず、うっすらと残像をとらえるだけでせいいっぱいだった。
しかしドロテアの意識が戻ってきていることは気が付いたのだろう。
手を握り、縋りついてくるのは間違いなくランバートであった。
自分がどれほど意識を失っていたのかわからない、が。
目を覚ますたびに感覚が鈍くなっていくことを実感する。
この前に意識が戻ったのはいつだったのか。
「ああ。ああ母上。ここで母上が逝ってしまわれては私はどうしたらいいのかわからないのです。兄上は目を覚まされる気配もなく、ベアトリクスも……、妹も、もう、いや、み、見つからない。もう。どこにもいない。ベアトリクスまでもいないなど、いや、私一人ではとても無理です!」
ランバートのすがるような言葉を耳して、ドロテアはゆっくりと理解した。
ベアトリクスはもうこの世にはいない。
それと同時に甦る憎悪の塊。
『最高の絶望を』
そう囁いた者が、いた。
『まずは皇女の死を』
そう。皇女の死を、今まさに間接的にながらも告げられ、ドロテアは理解した。理解して、全てが徐々につながる。
あの青年は、約束通りベアトリクスの死を告げに来たのだ。
しかも息子にそのことを報告させるという、実に残酷なやり方で。
そのことにランバートが積極的に手を貸したのか、いや、ベアトリクスを死に追いやった元凶が自分だと認めるのが怖くて見ないふりをしているのかもしれない。
あの口調からするに、ランバートも間違いなくベアトリクスがこの世にいないことを理解している。
「殿下、どうかお気をしっかり。私が付いております」
今この場にはドロテアを見守る医師も、侍女もいるというのに、軽率な口を利くランバートをそっと制する声が響く。
穏やかなその声はランバートの失言を包み隠すのに十分な効果があるようだった。
緊迫した雰囲気が瞬時に和むのを感じる。
「──。ああ。ああ、そうだね。そうだ。君がいてくれれば、全てうまくいく。そうだ。君の言うことに間違いはない」
「いいえ、殿下。すべては殿下のご英断です。殿下の決断がフロイデンに永遠なる安寧をもたらすのですよ。──もちろん、私も微力ながらお力になれるよう、努力いたします」
「そう、か。……そうだ。私は、正しい判断をした、そうだ。あれを、か、解放、するんだ。そうだ。そうだね、ルカ。君がいれば何も問題はない。これからも力を貸してくれ」
つぶやき続けるランバートの声が耳の傍でこだまする。
さあ、お前の大切なものすべてを奪い取るぞと、そう牽制されている。
青年の声にほんのわずかな優越感が混じっていることをドロテアは感じ取っていた。
「殿下。これ以上は陛下もお疲れになってしまいます。また、落ち着いたら見舞いに参りましょう」
ランバートを促し、背後に連れて行くように指示する気配を感じた。
枯れ枝のようなドロテアの手に重ねていた掌が今まさに離されそうになったその時だった。
思いもよらぬ力強さでランバートの手を握り返し、そのまま勢いよく引き寄せた。
「は、母上!?」
今にも死ぬだろうと目されている女皇の思わぬ反応に、ランバートは困惑し、そして恐怖を覚えているのをドロテアは感じ取っていた。
それはいたずらを見つかり、咎められることを恐れる子どもに似ていた。
本当に、この子はいつまでたっても変わらないのだ。
愚かで、そして愛しい我が息子。
いくつになっても息子は息子で、母は母だ。
何も映さず、生気さえも感じさせなかったその瞳に激しい意思を湛えてランバートに顔を寄せ、にっこりと笑って呟いた。
「……まだ、マティウスが、いる」
絞り出すかのようなその声は、ランバートと、そしてその傍にいるだろう青年にのみ響いた。
何とか力を振り絞って告げるや、ドロテアはゆっくりと瞳を閉じた。
「マティウス……、兄上の息子。マティウス……。ああそう、か。まだ私は、一人じゃない」
ドロテアの言葉をランバートは孤独ではないと母が気づかせてくれたととらえたのだろう。ただひたすらに甥であるマティウスの名前をつぶやいていた。
ああ愛しい、そして愚かな息子よ。
すまない。母は母である前にこの国を平定する女皇なのだ。
ドロテアは錯乱気味の息子に希望を与えたわけではなかった。
先ほどの言葉は息子に向けたものではない。
女皇に、皇国に絶望を与えようとしていた青年に反撃をしたのだ。
ベアトリクスを殺しても、まだ、マティウスが、正統な後継者がいる、と。
お前がこの国を掌握したわけではないと。
そして青年はそのドロテアのメッセージをしっかりと受け取っていた。
力を振り絞り、再び意識が混濁するだろう直前、何とか向けた視線の先には唇を噛みしめ、憎悪に満ちた目でこちらを見下ろす青年がいた。
その姿を目にし、ドロテアは一矢報いたことを理解して、玉座で皆を見下ろしていた時と同じように笑って見せた。
かつて皆を恐れさせた狡猾な笑みは死を前にしても健在であった。
その声に目を覚まし──とはいえ、目を開けることはほぼ叶わず、うっすらと残像をとらえるだけでせいいっぱいだった。
しかしドロテアの意識が戻ってきていることは気が付いたのだろう。
手を握り、縋りついてくるのは間違いなくランバートであった。
自分がどれほど意識を失っていたのかわからない、が。
目を覚ますたびに感覚が鈍くなっていくことを実感する。
この前に意識が戻ったのはいつだったのか。
「ああ。ああ母上。ここで母上が逝ってしまわれては私はどうしたらいいのかわからないのです。兄上は目を覚まされる気配もなく、ベアトリクスも……、妹も、もう、いや、み、見つからない。もう。どこにもいない。ベアトリクスまでもいないなど、いや、私一人ではとても無理です!」
ランバートのすがるような言葉を耳して、ドロテアはゆっくりと理解した。
ベアトリクスはもうこの世にはいない。
それと同時に甦る憎悪の塊。
『最高の絶望を』
そう囁いた者が、いた。
『まずは皇女の死を』
そう。皇女の死を、今まさに間接的にながらも告げられ、ドロテアは理解した。理解して、全てが徐々につながる。
あの青年は、約束通りベアトリクスの死を告げに来たのだ。
しかも息子にそのことを報告させるという、実に残酷なやり方で。
そのことにランバートが積極的に手を貸したのか、いや、ベアトリクスを死に追いやった元凶が自分だと認めるのが怖くて見ないふりをしているのかもしれない。
あの口調からするに、ランバートも間違いなくベアトリクスがこの世にいないことを理解している。
「殿下、どうかお気をしっかり。私が付いております」
今この場にはドロテアを見守る医師も、侍女もいるというのに、軽率な口を利くランバートをそっと制する声が響く。
穏やかなその声はランバートの失言を包み隠すのに十分な効果があるようだった。
緊迫した雰囲気が瞬時に和むのを感じる。
「──。ああ。ああ、そうだね。そうだ。君がいてくれれば、全てうまくいく。そうだ。君の言うことに間違いはない」
「いいえ、殿下。すべては殿下のご英断です。殿下の決断がフロイデンに永遠なる安寧をもたらすのですよ。──もちろん、私も微力ながらお力になれるよう、努力いたします」
「そう、か。……そうだ。私は、正しい判断をした、そうだ。あれを、か、解放、するんだ。そうだ。そうだね、ルカ。君がいれば何も問題はない。これからも力を貸してくれ」
つぶやき続けるランバートの声が耳の傍でこだまする。
さあ、お前の大切なものすべてを奪い取るぞと、そう牽制されている。
青年の声にほんのわずかな優越感が混じっていることをドロテアは感じ取っていた。
「殿下。これ以上は陛下もお疲れになってしまいます。また、落ち着いたら見舞いに参りましょう」
ランバートを促し、背後に連れて行くように指示する気配を感じた。
枯れ枝のようなドロテアの手に重ねていた掌が今まさに離されそうになったその時だった。
思いもよらぬ力強さでランバートの手を握り返し、そのまま勢いよく引き寄せた。
「は、母上!?」
今にも死ぬだろうと目されている女皇の思わぬ反応に、ランバートは困惑し、そして恐怖を覚えているのをドロテアは感じ取っていた。
それはいたずらを見つかり、咎められることを恐れる子どもに似ていた。
本当に、この子はいつまでたっても変わらないのだ。
愚かで、そして愛しい我が息子。
いくつになっても息子は息子で、母は母だ。
何も映さず、生気さえも感じさせなかったその瞳に激しい意思を湛えてランバートに顔を寄せ、にっこりと笑って呟いた。
「……まだ、マティウスが、いる」
絞り出すかのようなその声は、ランバートと、そしてその傍にいるだろう青年にのみ響いた。
何とか力を振り絞って告げるや、ドロテアはゆっくりと瞳を閉じた。
「マティウス……、兄上の息子。マティウス……。ああそう、か。まだ私は、一人じゃない」
ドロテアの言葉をランバートは孤独ではないと母が気づかせてくれたととらえたのだろう。ただひたすらに甥であるマティウスの名前をつぶやいていた。
ああ愛しい、そして愚かな息子よ。
すまない。母は母である前にこの国を平定する女皇なのだ。
ドロテアは錯乱気味の息子に希望を与えたわけではなかった。
先ほどの言葉は息子に向けたものではない。
女皇に、皇国に絶望を与えようとしていた青年に反撃をしたのだ。
ベアトリクスを殺しても、まだ、マティウスが、正統な後継者がいる、と。
お前がこの国を掌握したわけではないと。
そして青年はそのドロテアのメッセージをしっかりと受け取っていた。
力を振り絞り、再び意識が混濁するだろう直前、何とか向けた視線の先には唇を噛みしめ、憎悪に満ちた目でこちらを見下ろす青年がいた。
その姿を目にし、ドロテアは一矢報いたことを理解して、玉座で皆を見下ろしていた時と同じように笑って見せた。
かつて皆を恐れさせた狡猾な笑みは死を前にしても健在であった。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
拗らせ問題児は癒しの君を独占したい
結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。
一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。
補習課題のペアとして出会った二人。
セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。
身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。
期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。
これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
カランコエの咲く所で
mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。
しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。
次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。
それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。
だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。
そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。
【完結】第三王子、ただいま輸送中。理由は多分、大臣です
ナポ
BL
ラクス王子、目覚めたら馬車の中。
理由は不明、手紙一通とパン一個。
どうやら「王宮の空気を乱したため、左遷」だそうです。
そんな理由でいいのか!?
でもなぜか辺境での暮らしが思いのほか快適!
自由だし、食事は美味しいし、うるさい兄たちもいない!
……と思いきや、襲撃事件に巻き込まれたり、何かの教祖にされたり、ドタバタと騒がしい!!
分厚いメガネ令息の非日常
餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」
「シノ様……素敵!」
おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!!
その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。
「ジュリーが一番素敵だよ」
「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」
「……うん。ジュリーの方が…素敵」
ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい
「先輩、私もおかしいと思います」
「だよな!」
これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話
※長くなりそうでしたら長編へ変更します。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる