病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで

北上オト

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1.眠れる鴉を起こすのは

17.決断の裏側

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 とりあえず無事会えた喜びを噛みしめ、祝宴で大いに楽しんだあと。

 まず舟をこぎ始めたのは、リュディガーとヨシュカがだった。
 腹が満たされ、気持ちが満たされ、気も緩んだせいか、イグナーツの追求にあいまいに相槌を打ち始め、ついには皿に顔を突っ伏しかねない状況となった。

 ウルリケとクレメンスがそれぞれを運び、ベッドに放り込んで祝宴に戻ると、今度はイグナーツとミハエルが突っ伏していた。

 二人はさすがに幾たびか声を掛けたら自力で立ち上がり、与えられた部屋へと向かった。

 後片付けを侍従に頼んだころにはすでに深夜を回っていた。

「さて、明日はどうする?」

 少しの時間も惜しいと言わんばかりに、自室に向かう途中も二人はやり取りを続けていた。

「出立の準備に関してはクレイが指示を出してくれたのだろう?」

 その辺の内務的処理はクレメンスの領分だ。
「それは抜かりなく。エデルには明日の朝までに馬ともどもそろえておくように伝えてあるよ」

 エデルはまだ年若い執事長であるが、その若さで別宅を任されているだけあって仕事は完璧でなおかつ早い。
 明日の朝までにといわれれば、深夜のうちにすでに用意を終えているだろう。

「──そうか」

 そう答えつつ自室のドアを開けるや否や、ソファに腰かけているシルエットが目に入り、ウルリケは反射的に剣を抜き、一気にソファまで距離を詰めた。
 クレメンスも短銃を構えたが、それでもやはりウルリケよりもわずかに反応が遅れる。

 二人の視線の先。
 ベッドの横に据え置かれた簡易ソファには、ゆったりと腰を下ろしてくつろいでいる人物が一人。

 喉元にウルリケの剣が突きつけられていようとも優雅な態度はそのままに、むしろ鮮やかに笑ってウルリケたちを出迎えた。

「ここの主は私だが」
「知っているよ」

 ウルリケはいつものように淡々とやり取りをしているが、クレメンスはというと正直表情に出さないだけで、かなり困惑していた。

 目の前にいるのはほんの2日前に助け出した皇子だった。

 だが、本当に同じ人物かと思うほどに、目の前にいる人物は2日間で見てきた人物像とは異なっていた。
 最初に会った時には、己の美しさを十分に理解し、それを最大限に活かして生きている市井の少年といった印象だった。
 一方で、時々垣間見せる絶対的カリスマ性と威圧感は、まさしく皇族のモノに違いなかった。
 それも、ベアトリクス皇女の導きの賜物だろうとも、思える。

 だが、今、目の前で不敵な笑みを浮かべてソファにくつろいでいる姿はそのどちらにも該当しない。
 例えるならば、上位魔獣にあった時と同じような畏怖を感じさせた。

 それこそフィンスタニスの奥に棲むという、魔獣のような。

 先ほどから殺気は感じられないものの、身体中に悪寒が走っている原因は、目の前の皇子だと本能が告げてくる。

 肝心のウルリケはというと、剣を突きつけたまま、感情のこもらない目でヨシュカを見下ろしている。
 普通、ウルリケからこんなふうに剣を向けられたら、どんな者でも緊張して怯むものだが、ヨシュカには全くその気配がない。

「私の館内で不意打ちとは、いい度胸だ」

 淡々と呟いているものの、酷く機嫌を損ねていることだけは明らかだった。

 しかしヨシュカもまた不機嫌さを隠そうとしていない。

「早急に話がしたいと言っていたのに、それを遮って話す機会を奪ったのはそちらだ? でなければこんなことをする必要はなかった」

 だから忍び込んだことをとがめられるのは心外だよ。

 そう続けられ、ウルリケは無表情のまま剣を下ろす。

「食は生きるための基本だ。満たせるときにしっかりと満たしておかねば命取りになる」
「だが、その行為が生存を脅かすことになるかもしれない」

 ウルリケは少々考え込み、それから剣を横においてヨシュカの対面へと腰を下ろした。

 とりあえず、二人が話し合いに入ったのを確認し、クレメンスはお茶の用意を始める。

「中央特有の回りくどい物言いは好かん。単刀直入に言え」
「降りるなら今だけど」

 本当に単刀直入な物言いだった。

 思わずお茶を用意するクレメンスの手が僅かに止まる。
 ウルリケもクレメンスも、ヨシュカが何のことを言っているのか充分にわかっていた。
 それは奇しくも2人がしようとしてた質問と同じであったから。

「この件に関わるにはリスクが高すぎでしょ? 場合によっては北部全体を巻き込むことになる」

 クレメンスは2人にお茶を差し出し、それから少し離れたところに腰を下ろした。

 場違いな程に穏やかで香り高いお茶をヨシュカは優雅に口つける。
 お茶はどうやら合格点だったらしく、少しだけ笑みを漏らした。

「手を引くならここが最後のチャンスだよ」

 笑みを浮かべたまま、柔らかく言う。
 そうすることは悪いことではないと、諭すかのように。

 対してウルリケは全く感情を見せずに告げる。

「お前こそ逃げるなら今だ。フィンスタニスに行く途中、魔物に襲われたことにしてそのままどこかに姿をくらませばいい。中央の命知らずの若者が魔物にやられたといえば、皆が納得する」

 だからこそ、ウルリケはわざわざフィンスタニス行きを持ち出したのだ。

 お互いがお互いに降りることを勧め合う状況に顔を見合わせていたが、ほぼ同時に大きな溜息をついた。

「母さんの仕業ですね」
「ベアトリクスの入れ知恵か」

  これから起こる過酷な道への鼓舞か、はたまた情けなのか。
 この道を本当に選ぶのか、最後にもう一度問い直してほしいと、そう仕向けたのだろう。

 ベアトリクスの意図に気付いて、それでも笑ってしまう。

 大切な存在を奪った者に対する徹底した復讐心をもち、そのためには何を犠牲にしても厭わない姿勢を見せていながら、その軸たるものに最後の最後で放棄する選択肢を与えるなど、本当に、変なところで甘い人だ。
 そう思う一方で、先の先まで読んでのことではないかと邪推もする。ベアトリクスは人の本質をよく捉える人だったから、この先の展開まで読んでいたとしても不思議ではない。

「いずれにしても降りるつもりはない」
「奇遇だ。私も降りるつもりはない。そもそも北部のことを考えてと言う建前ならば、最初からこの話には乗らない」

 そう言うだろうとは思っていた。
 ベアトリクスが選んだ人物なのだから。
 互いが互いの認識を確認し、少しばかり空気が和んだのはほんの一瞬で、再び張り詰めた空気が漂った。

「ならば、互いになすべきことをしなければならないね」

 ヨシュカは身を乗り出してはっきりと告げる。

「ネズミの駆除か」

 さすがは北部の主だけあって、きちんと気が付いていた。
 北部の者の結束は強い。
 気候的にも対外的にも厳しい環境下にある北部は、それ故に互いを大切にする。
 が。いつの時代にもそこから外れる者はいる。
 今のところウルリケが統治している代で裏切るような暴挙に出たものはいないが、だからといって楽観視するほど甘い当主ではない。

「状況からしてかなり近しい者だろう。早急に手を打たないと穴は広がる一方だ」

 ヨシュカたちの居場所がバレた時点で、逃亡先の候補はいくつかあったはずだ。
 実際いくつかのフェイクも用意していたにもかかわらず、追跡者はグリンデル砦に手を回し、先回りし、兵力を集中させていた。それの意味するところを理解できないほど、皆愚鈍ではなかった。
 得てして北部の者は一度懐に入った者に関しては甘いところがあるものだが、さすがに北部の主であるウルリケにそのような甘さはかけらもなかった。

「北部の者については私の方で早急に確認するとしよう」

 その言葉には、裏切者を許す気などさらさらない冷徹さが感じられた。
 そのうえでクレメンスは敢えてヨシュカに問いかける。

「ヨシュカ殿も周辺を確認するべきではないか? 皇女殿はログ・ラーダでガヴァネスとして生計を立てていたのだろう? その分人との接触は多かったはずだ」

 だがその問いに、ヨシュカは目を細めて、それから笑みを浮かべた。

 その瞬間、空気が一気に張り詰める。
 人を寄せつけない高貴さでも、親し気なあざとい笑みでもない。

 ──そこにいたのは、完全なる捕食者。

 幾度となく魔物とやり合い、命の危機を感じるような戦いに身を投じてきたクレメンスにとって、その感覚はなじみのものだった。

 目の前の少年は、危険だ。

 あの目、あの醸し出す空気は、平然と、そして何のためらいもなく命を屠ることができる人間のものだ。

 おそらく、クレメンスほどの経験値のない者なら、その場から逃げ出すか、平伏すかどちらかだろう。

「ご心配には及びませんよ。母の認識阻害の魔法は実に完成度が高かったし、事情を知っている人物は絶対に母を裏切ることはない」
「絶対に?」

 何を根拠にそんなに人を持って言えるのかわからなかったが、不敵な笑みを浮かべたままヨシュカはしっかりと頷いた。

「正確に言うならば、『裏切れない』、ですかね。──それに」

 そこでさらに空気が重くなるのを感じる。

 ヨシュカはというと、ますます口角を三日月のように鋭く上げて笑う。

「害になるモノはすべて排除してきましたから」

 排除との言葉に、クレメンスは押し黙る。

 排除とは、本当に『排除』なのだろう。
 そう理解するのに時間は必要なかった。
 きっとこの少年ならば、いともたやすく排除するだろう。

 そもそも。

 いくら手薄とはいえ、当主の寝室に誰にも気づかれず忍び込むなど、そうできることじゃない。

 ふと、グリンデル辺境伯の恐怖に彩られた表情を思い出す。

「……そんな調子で、辺境伯にも圧力を?」

 クレメンスの問いに対してヨシュカはただ笑みを浮かべたままだった。

「俺は丁寧にお願いしただけですよ。今回の首謀者に、俺に関することは一切口にしないでほしいと。辺境伯は快諾してくださった」

 快諾したその根本的原因が何なのか、非常に気になるところではあったが、それ以上の追求はせずに終えた。
 触れてはいけないと、本能が告げていたから。
 そんな二人のやりとりをみてもウルリケは至って平静だった。

「では、私の方もネズミの駆除を早急に行うとしよう。──お前も明日にはフィンスタニスに向かわねばならんのだから、早く休め」

 まるでヨシュカの過去には関心がないかのような態度に、クレメンスは相変わらずだなと苦笑し、ヨシュカもほんの僅か目を見張りながらもつられて笑った。
 その笑顔は最初に見せた人懐っこい笑みで、クレメンスは人知れずほっと一息つく。
 そこでようやく、自分が随分とこの少年に対して緊張していたことに気が付いた。
 それこそ魔物と対峙した時と同じくらいの緊張感をもっていたと。

「ほんと、そういうところ、母さんすごく気に入っていたらしいよ」

 よっこらしょ、と、10代とは思えない掛け声で腰を上げ、ひらひら手を振りながらドアへと向かい、ノブに手をかけたところで思い出したように振り向いた。

「なんか、ごめんね。意図したわけじゃないけど、彼、一緒に連れていくことになっちゃって」

 彼が誰を指しているのかクレメンスもウルリケも、もちろん瞬時に理解した。

「いや。ああ言えばリューは絶対についていくと我らも承知していたから。ある意味、当然の結末だ」

 その答えは、どうやらヨシュカも予想していなかったようで、目を見張る。

「いいの?」
「ああ。あれはそう育てたから」

 寡黙で責任感が強く、常に正しくあろうとする。
 そして今回、ヨシュカを独りでフィンスタニスに向かわせるという選択肢は、リュディガーにとっては『正しくないこと』だったから。

 だからついていく選択は必然。

 その返答に、ヨシュカは何とも言えない顔をした。
 苦笑と困惑と嫉妬がないまぜになったかのような、複雑な表情だった。
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