病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで

北上オト

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1.眠れる鴉を起こすのは

1.突然の救出要請

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 漆黒の大鴉が飛び込んできたのは、いわゆる『逢魔が時』と呼ばれる、夕暮れの最中だった。
 父と溜まっていた決裁書類を黙々とこなしていたリュディガーはその大鴉に一瞬視線を奪われ、それから反射的に剣へと手を伸ばし、鞘から抜こうとする。

「大丈夫だ、リュディガー」

 それを静かに止めたのは父、クレメンスだった。
 クレメンスは複雑な表情を浮かべ、大鴉へと近づいて手を差し伸べた。
 大鴉はまるで品定めをするかのようにクレメンスを眺め、それから大きく翼を広げた。
 威嚇するようなそのしぐさに、リュディガーは再び剣をにぎりしめたが、大鴉は一向に気にすることはなかった。
 そしておもむろに口を開く。

『見つかった。仔鴉はそちらに向かった。あとは頼む』

 威圧感満載の姿とは異なり、美しい女性の声が響く。

 口調と声音でわかる。
 かなり身分の高い女性だ。
 そして、静かで、まっすぐ射抜くような、強い視線。

 その視線と声に捕らわれた次の瞬間、大鴉は弾けるように霧散した。

 突然のことにリュディガーもクレメンスも目を見張る。

 身動きすることなく、なんとかその場に耐えられたのは、それなりに魔物討伐で実戦の経験があったからだろう。
 魔物の動きはいつも予想外であることが多い。それに比べたらかわいいものだ。

 それより。伝令鳥の一種であるのだろうが、まるで意思を持っているかのような視線が気になった。
 一瞬目が合ったかのような気もした。いや、伝令鳥には意思はないのだから、気のせいだろう。

 たかが伝令鳥に心がざわつくことに、何か不吉な予感がしたものの、口には出さず父の様子を窺う。

 クレメンスは一連の様子にますます思案顔となったが、すぐさま魔道具を取り出した。
 それは余程の緊急時にしか使わない道具で、それがまた事の重要性を証明しているかのようだった。

 魔道具は起動するやすぐさま反応した。

 遠くにいる人物とやり取りができるそれは、結構高価なもののうえに強大な魔力を消費するので、北部の者たちにとっては無用の長物であったが、魔法師がいれば話は別だ。

『はいはーい。──あ、クレメンス卿どうです? 見えてますかね?』

 神妙な面持ちのクレメンスとは打って変わって、実に能天気な答え方をしてきたのは北部随一の魔法師、イグナーツであった。

 面食らったのはリュディガーだけで、クレメンスは一つも顔色を変えることはなかった。
 いつものようにうっすらと微笑み、読めない表情で目の前に映し出された男を見つめている。
 虚空に浮かび上がった映像は意外にも鮮明で、音も明瞭だ。

『ああ。いい感じですね。映像も音も問題なし、今って卿一人ですか? あ、いやリュディガー様もいらっしゃるのかな。他は? 魔法師とかはいないですかね?』
「そうだな。先ほどこちらにきた大鴉の件だから、必要最低限の人間しかいないな」

 口調は穏やかだし、笑みも絶やしていないが、少々苛立っていることは間違いない。

『へぇぇぇ。実は私、今、魔物討伐の最中でして』

 確かに、イグナーツはこちらに視線を向けてはいるが、身体は別な方向を向いており、盾を形成している姿が映し出されている。

『通常これだけ大規模の通信機って魔力のある人間が接触していないと使えないものでしたけど、今回、北部で発見した魔導石に魔力をためておいて、自動で受発信できるように設定してみたんですよ。そしたらほら! 私が介在しなくても、こうしてちゃんと話せているじゃあないですか!この魔導石、すごい性能いいですよぅ! この魔導石に魔力をプールしておけば、魔力のない人間でも魔道具を扱えるってことですよ! ねえねぇ卿。これで北部の生活がまた少し楽になると思いません? ひいては予算を』

「その話はまたあとで。それより大鴉の件が先だ。──ウルリケは傍にいないのか」

 イグナーツはとかく魔力やら魔法のことになると周りが見えなくなるくらいに夢中になってしまう。
 中央で天才としての名を欲しいままにしていたイグナーツは、魔力の効かない北部に興味を持ち、北部専属の魔法師になったくらいの変わり者で、そして魔法狂いだ。
 今も当初の目的を放っておいて、自分の発見を熱心に語ってくる。

「ウルリケは」
 なおも熱く語るイグナーツの言葉にかぶせるように、そしてかなり強めに声を上げると、それに呼応したかのように視界からイグナーツが消えた。
 ああっ、閣下ひどいぃぃぃ、というイグナーツの声がフェイドアウトしていき、数秒後に黒髪の女が映る。

『すまない、クレイ。伝言は観たか』

 どうやら通信機からイグナーツを無理矢理引き離し、放り投げたらしい。
 そんなことができるのは北部には一人しかいない。

 ウルリケ・フォン・ノーデンシュヴァルト。

 北部の主。ノーデンシュヴァルト公爵にしてクレメンスの妻。リュディガーの母である。

 今ウルリケは当主としての務めを果たすべく、魔物討伐の真っただ中だった。
 事実、通信機に映ったウルリケの顔には魔物のどす黒い血が飛び散っていた。
 黒髪青目、雪に負けないほどの白い肌にその血が鮮やかに映る。おそらく漆黒の髪にも血がべっとりとついているのだろう。単に髪の色に同化してわかりづらいだけで。

 普通ならば眉をひそめて目を背けるような生々しさだが、クレメンスは勿論、まだ少年であるリュディガーも平然としている。
 それが北部を護る公爵家の日常だから。

「ああ。あれが来たということは送り主は」
『もう生きてはいないだろうな』

 淡々と告げてくるが、リュディガーは母のわずかな変化に気が付いていた。
 ほんの一瞬だけ、いつも寡黙で冷静な母ではない顔をした。
 悲しんでいるわけでは、ない。苛立ちでも、責めているわけでもなく。
 リュディガーにはその表情をどう表現していいのかわからず、もやもやとした気持ちのまま二人のやり取りを見つめている。

「伝言が来たのはいつだ」
『そちらに送る二時間前。あれを受け取った時は少々手が離せなくてな。幾分片付いてから送った』

 魔物討伐のことを言っているのだろう。

「討伐はまだかかるか」
『そうだな……。いつもより数も多いのも問題だが、2体ほど厄介なヤツがいてな。私とイグナーツがいて五分というところだ』

 その返答にクレメンスはまたも考え込む。

「状況はわかった。いずれにせよ、大鴉の方は私が先行して合流地点に行くしかないだろう」
『タイムリミットは3日だ。それ以上延びればリスクが伴う』
「──わかっている」

 母と父の間に奇妙な沈黙が落ちたことにリュディガーは気が付いた。
 その沈黙が、リュディガーに嫌な予感を抱かせる。
 中央などではこうした直感めいた感覚は抑えがちだと聞く。きちんと明確な根拠を得てから発言、行動するものだと。
 しかし北部では違う。
 厳しい自然と突如現れる魔物を相手にしなければならない北部において、直感は極めて重要な感覚だと、そう教わってきた。
 だからこそリュディガーはとっさに通信機に割り込んだ。
 突然のリュディガーの出現にウルリケはすっと無表情を決め込む。
 なるべく当主としての体裁を保とうと、家族の前になると必要以上に無表情になるのはウルリケの癖だ。
 そのことをリュディガーもよくわかっている。

「お久しぶりです、母上」
『ああ。元気そうだな、リュー。また大きくなったか』
「まぁ、成長期ですから。それより先ほどの父上とのお話ですが」

 わざわざ二人の会話に割り込んできたのだから、当然先ほどの話に介入しようとしていることはわかっていたのだろう。

『却下だ』
「──まだ何も言っていません」
『言わなくても分かる。どうせクレイについていくというつもりだろう? これは魔物討伐とはわけが違う案件だ。お前が関わっていい問題ではない』

 無情なウルリケの言葉に、さらに追い打ちをかけるようにクレメンスも同意する。

「リュディガー。今回はだめだ」

 ウルリケがこんなふうに頭ごなしに否定してくることはそうはない。そして理由を口にしないクレメンスも。
 二人はいつも言う。
 人伝てではない、自分の目で確かめて判断しろと。
 では。

「では俺が同行できない理由を説明してください」

 多分そう簡単に口にできない何かが関わっているということはわかる。
 二人がここまで言葉を濁すことなどそうあることではないから。
 そして伝令鳥をわざわざイグナーツを使ってまで転送してきたということは、重要な件であることを暗に示している。
 だからこそ、真正面から正論を吐く。

「状況からするにノーデンシュヴァルトが負わなければならない用件なのですよね? なのにそこから俺が除外される明確な理由をお教えください」

 北部では14を過ぎれば成人と同じ扱いを受ける。
 それを何の説明をせずに除外することはリュディガーを侮辱しているに等しい。
 リュディガーの指した一手をどう処理するべきか二人は考えあぐねているようだった。
 わずかな沈黙のあとにおもむろに口を開いたのはウルリケだった。

『大々的に動いてばれるわけにはいかないからだ』
「ばれるって、何がです?」
『二人の存在だよ。大鴉を送ってきたのはフロイデンの皇女、ベアトリクスだ。あいつが言っていた仔鴉とは皇太子の一人息子、マティウス殿下のこと』

 思いもよらない言葉にさすがにリュディガーも目を瞬かせた。
 皇女? しかもマティウス殿下?
 咄嗟に父の顔を見ると、困りはてた顔をしつつも大きく頷いた。
 だが、皇女も皇子も──。

「お二人とも皇太子一家襲撃事件で亡くなられたと教わりましたが」

 クレメンスははっきりと首を振った。
 そしてそれをダメ押しするかのようにウルリケははっきりと告げた。

『生きているよ。皇女も、皇子も』
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