病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで

北上オト

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1.眠れる鴉を起こすのは

3.作戦会議

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 ウルリケから了解をもらい、慌てて支度をして、次の日の夕方には何とか合流場所としていたグレンデル砦に到着した。

 合流場所のグレンデル砦は隣国ログ・ラーダにおいても難攻不落の砦として有名だ。
 フロイデンの女皇もなかなかの曲者で戦上手ではあるが、どうやってもグレンデル砦は落とすことができずにいた。
 海岸に沿って建てられたそれは、天然の砦をさらに強固なものにしていた。
 砦全体を見渡せるように、特徴的な物見塔が幾重にも建てられ、そしてそれらすべての物見塔を集約するかのように、奥には砦の主、グレンデル辺境伯の居住がある。
 もともとログ・ラーダは半鎖国的な政策を採っており、出入りが非常に難しい。
 ただ、商人にはとても甘いのだ。
 閉鎖的な国内を活性化させる意図もあるのだろう。余程怪しくない限りは止められることはない。

 とはいえ、いつもしているように剣を腰につけているわけにはいかないし、外部からの入国者は魔力制限装置もつけられる。
 リュディガーらも例外なく、砦の要所を通り過ぎた時に魔力制限装置をつけさせられた。
 そもそも北部の者は魔法が使えないというのに、制限装置というのもなんとなくおかしいなと考えながらも、何とか無事に要所を過ぎ、合流場所に少しだけ離れたところに宿をとった。
 三人で使うには少々狭い気もしたが、本来の目的を考えれば、部屋の良し悪しを気にする必要はない。部屋は清潔だし、何よりシャワーがついているくらいだから、結構いい待遇だろう。

 部屋をざっと点検し、それから荷物を下ろす。
 薬商人という体を装っていたためそれなりの荷物を用意したが、これがまた実に重く、肩から下ろした時の解放感は格別だった。

 重い理由はカモフラージュのせいだけじゃない。ばらして武器を仕掛けてきたためだった。
 北部は魔力が使えない分、魔力を必要としない高度な道具を創作する集団が存在する。
 その活躍は多岐に亘っている。魔力を必要としない通信機の開発に勤しんでいるかと思えば、今回の武器のように、組立式のものを創作したりもする。
 この薬箱の中にも、銃が一丁、弓一式と、小さいながらも殺傷能力も兼ね備えた短剣が仕込んである。

「長い一日でしたね。そちらの荷解きは私がしておきますから、お着替えを先にどうぞ」

 そう言ってリュディガーの荷物まで引き受けようとしたミハエルの申し出をやんわりと断る。

「大丈夫。自分の荷物は自分でやるよ。──ミハエルこそ、突然のことで大変だったのではないか? 宰相殿はお怒りではなかったか?」

 確かに長い一日だった。昨晩すぐに発ち、ほぼ寝ずに馬を走らせ、朝一番の船に乗り込むという、かなりの強行スケジュールだった。
 リュディガーも突然の出立ではあったが、ミハエルに至ってはそれ以上の慌ただしさであったはずだ。昨日は非番で、久しぶりに家族で夕食が取れると話していたのに。

「問題ありませんよ。父も突然の職務で慌てて登城することなど、よくありましたから」
「──すまない」

 リュディガーの謝罪は表情に乏しいうえにあまりに簡素で、聞きようによっては謝罪とは思えない感想を抱くものだった。
 もともと寡黙で他者と積極的に交流するタイプではないから、誤解を招くことも多い。
 実際ノーデンシュヴァルトの三兄妹の中では一番『華がない』と言われている。何事もそつなくこなすものの、突出した『何か』を持ち合わせていないとは家臣らの談による。
 しかし実際には細やかで、感情豊かであることを家族も、そして常にそばにいるミハエルも十分理解していた。

「リュディガー様はついてこなくていいとおっしゃっていたではありませんか。こうしてついてきたのは私の意思ですよ」

 ミハエルはリュディガー付きの護衛騎士兼侍従だった。
 主であるリュディガーが出かけるとなれば、ついていかない選択肢はないと、ミハエルが同行を申し出た時にようやく気が付いたのだ。
 もう少し俯瞰して物事を認識せねばと反省する。
 ミハエルがリュディガー付きの護衛騎士兼侍従となって3年。寡黙なリュディガーは今までの護衛騎士らとは一定の距離を保っていた。会話は必要最低限なものだから、ますます距離ができる。
 しかしミハエルは少々ちがっていた。
 近しい宰相家の人間だったからか、もともと人好きする性格なのか。いずれにせよ、リュディガーが不愛想な態度を取っていても気まずさを見せることもなく、普通に接していた。
 それは、不器用な弟を見る兄のような様子だった。
 今回も突然の隣国訪問──しかも身分を隠して半鎖国の国に行くなど、心配性のミハエルが黙って見送るはずがないことはわかっていたはずなのに。

「そもそも私にとっても他人事ではないですからね。──クレメンス卿は眉をひそめていらっしゃいましたが、強引に押し通しちゃいました」

 花がほころぶとはまさにこんなことを言うのだろうと思わせる笑みをミハエルは真っ直ぐに向けてきた。
 北部の妙齢の令嬢たちを陥落させていたその笑みはリュディガーにも有効で、リュディガーの罪悪感まで消し去ってしまうような威力を持っていた。
 わずかに眉が寄ったのは、申し訳なさ半分、ミハエルの言葉に納得した部分が半分、といったせいだった。

 少なからず、自分を気遣っての所作だろうが、半分は本音だろうと判断したのだ。

 合流場所に来るはずの皇子は、ミハエルにとっては甥にあたる。
 三年の間、互いの家族のことなどよく話しており、その中でミハエルは自分の家族の話もよくしてくれた。
 ヴァルハイト夫人はミハエルが三歳にも満たないころに流行り病で亡くなり、多忙な宰相に代わり、姉のナディーネが母親代わり、ナディーネの弟であるカーティスが父親代わりだった。
 それはまるでままごとのような関係だったけれど、幼いミハエルにとっては救いであったらしい。
 その姉が中央に嫁ぎ、兄は姉を見守るために皇室騎士となることになり、いつかは自分もそんな二人を支えたいと思っていた。
 なのに、姉は襲撃事件で亡くなり、皇室騎士であった兄はナディーネを守れなかった衝撃から騎士を辞めて行方知れず──。
 ミハエルの絶望は測り知れなかっただろう。
 そんなミハエルが、ナディーネの忘れ形見が生きていると耳にすれば黙っていられないのも道理だ。

「だからリュディガー様が気になさることはありません」

 ミハエルのやさしさに触れて、少しばかりリュディガーの気持ちが上向いた時だった。

「──なんだ、まだシャワーも浴びていなかったのか?」

 和やかな雰囲気に突然クレメンスがドアを開けた。
 周囲を確認してくると荷解きもそこそこに外へ出ていたクレメンスは一時間足らずで戻ってきた。
 しかも手には遅い夕食を入れた袋があり、そこからは香ばしい肉の匂いが漂ってくる。
 朝からまともな食事をしていなかった身体が即座に反応し、リュディガーだけでなくミハエルの腹も盛大に音を上げた。
 その様子にクレメンスは楽しそうに笑い、テーブルへと広げる。

「すまない。残り少なかったせいで争奪戦になってしまって手間取ってしまった。ついでにこれについても試してみたよ。なかなかに強力な制御装置のようだ」

 手首に取り付けられた魔力制御装置をたたく指先が少しばかり血で赤く染まっている。

「父上、試したんですか?」
「店はもう閉まっていたからね。酒を出しているところに夕食の調達に行ったんだ。そのとき合流箇所の周りをチェックしながら酒を嗜んでいる紳士方に絡んでみたんだよ。みんな魔力制御されてるから、おかげで魔法は一切なし。久々に腕一本で勝負だったよ」
「絡んだんですか……」
「ああ。久々に楽しかったよ」

 にっこり笑うクレメンスは本当に楽しそうだった。
 北部の公爵に婿入りした時には、美男と野獣かと囁かれ、当時の独身の令嬢たちが嘆いたと聞いている。
 しかしその美しさとは裏腹に、クレメンスは武術も剣術も強かった。しかもその戦い方は、深窓の令嬢ならぬ、深窓の令息とでも言ったほうがいい細身の姿からは想像もつかないほどの豪胆な力技といっていい。
 もちろんリュディガーもミハエルもそんなクレメンスの本性は知っているので、絡まれた不運な酔っ払いに同情さえ覚える。

「あれだけ完璧に魔力を遮断していたとするなら、探知に魔道具も使えないだろう。イグナーツなら何とかするかもしれないが、それだと時間がかかりすぎる」

 ウルリケとクレメンスが話していた『三日が限度』という言葉がリュディガーの頭をよぎった。

「砦を背に放射状にうちの探知機を仕込んできた。皇子に反応するようになっているから、少々距離があっても探知はできる」
「卿、そのくらいのことは私がしましたものを」

 ミハエルは申し訳なさそうに頭を下げたが、それをクレメンスは制する。

「ミハエルが酒場を回っていたら、後ろから女性が付いて回って仕事にならんだろう」

 軽口をたたいて椅子を引き寄せた。
 それは父上も同じことではとリュディガーは心の中でつぶやく。

「さぁ、早いところ腹を満たして寝るとしよう。下手したら今日にも探知機が反応するかもしれん。休める時に休まねば」

 その辺の考え方は北部の魔物討伐の時と大して変わらない。
 クレメンスの言葉にリュディガーもミハエルもうなずき、遅い夕食にありつくことにした。


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