病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで

北上オト

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1.眠れる鴉を起こすのは

11.解放

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 二人が扉の向こうへと消え、冷たく閉まったところでリュディガーは唇をかみしめた。

「大丈夫か、リュディガー」

 クレメンスの心配する言葉にうつむき、全身から悔しさをにじませているリュディガーを前に、クレメンスもミハエルも少々戸惑っていることがわかる。

「リュディガー様はなぜそこまでヨシュカ様を気にかけるのですか」

 ミハエルは感電でふらつくリュディガーを支えながら素直に疑問をぶつけた。
 そう思うのも無理はない。
 そもそもその存在を知ったのもほんの数日前。一緒に過ごしたのはほんの1日。
 家族を大切には思っているが、国のため、一族のためと尽くすほど忠誠心が高いわけではない。
 なのに、なぜそんなにも執着しているのか。
 リュディガー自身もよくわからなかった。

 なぜ。

 初めて会った、あの朝焼けの中のヨシュカが目に浮かぶ。

「──わからない。ただ」

 ただ、美しいと、そう、思ったのだ。

 そう、綺麗だったのだ。
 まばゆいばかりの日の光と、深い深い紫の色が頭から離れない。

 北部は極端に色が少ない。
 一年のほとんどが曇天に覆われ、半年以上は吹雪く雪に阻まれて視界はほとんど効かない。
 なおかつ北部の者はほとんどが黒髪黒瞳、白い肌と、鮮やかな色とは無縁な状況にある。

 だからなのかもしれない。
 初めて見た時からあの光を手放してはいけないと、そう思っていた。

 なのに。
 ナメクジのように、ねっとりとした動きでヨシュカの身体に手を這わせ、肌を舐め、そのまま奥の部屋に引きずり込んだ。

 あの、カエル野郎……。

 怒りと、やるせなさ。
 絡まり合った感情がリュディガーを取り巻いたその時だった。

「おまたせー」

 これまた陽気な声で、先ほど消えていった扉から現れたのはヨシュカであった。
 時間にしてほんの15分ほど。
 すがすがしいまでに晴れやかな様子のヨシュカとは裏腹に、数メートル離れてついてくるグリンデル辺境伯の顔は恐怖と嫌悪が入り混じっているようであった。
 あまりに陽気で、あまりに場違いなその様にリュディガーは拍子抜けしたように見つめる。
 それはクレメンスもミハエルも同じだったようで、二人とも状況がつかめないといった顔をしていた。

「グリンデル辺境伯にきちんと説明してみたんだよ。俺が急を要する病にかかっているのは間違いなくて、早いところこの国を出ないとご迷惑をかけることになる、って」

 病? 
 そういえば確か、魔法士と一戦を交える前に病を仕込んだとか何とか言っていた気がする。

「病、ですか」
「うん、木蔦病」

 高らかに、そしてあっけらかんと病名を告げた途端、周囲にいた砦の騎士たちは一気に距離を取った。
 ヨシュカの周りに見えない壁があるかのように、一定の距離を開けて取り囲まれる。

「本当に──」
「うーん。まだ第一段階?」

 そういうや、両袖をめくり上げて腕を見せる。
 先ほどまで軽いやけどの症状かと思っていたそれは、そうではなかったらしい。
 腕には無数に絡まる赤黒い痕が広がっていた。

 木蔦病はこの国で最も恐れられる伝染病だ。
 その名の通り、第一段階で身体の一部に蔦が絡まるように、赤黒い文様が現れる。
 第二段階になると文様に沿って腫れ上がり、水泡が発生する。第三段階でその水泡が破裂し、傷口から壊死が始まる。
 接触感染で起こるこの病は、感染性が強く、進行も早い。
 そしてさらに厄介なことに、光魔法による治癒魔法を受けると、症状が一気に進むのだ。
 高位の治癒魔法を使える者でも、木蔦病の治療は躊躇するくらいだ。直そうと思って魔法を施せば、病の進行を促進させて治療を完了する前に死んでしまうことが多かったからだ。
 あくまでも対処療法で回復を待つしかなく、致死率は高い。
 そしてたとえ生還したとしても、無残な傷跡が残ることが常だった。
 土地柄のせいか、ログ・ラーダは木蔦病の感染例は多く、感染者が出るとすぐさま国外追放をするか、殺して埋めるか、どちらかだった。
 それほど恐れられている木蔦病にかかっているときけば、皆が近寄らないのも当たり前だ。
 確かに皆が恐れる木蔦病の感染者とその連れとなれば、拘束される可能性はぐっと低くなる。
 だが同時にこの場で殺される確率も上がる。
 リュディガーは眉を顰める。
 皆が遠巻きに窺っているところを、感電の衝撃から回復しつつあるリュディガーがふらりと近づいていく。

「なぜ、よりにもよって木蔦病に」

 確かに伝染病にかかっていれば手出しはされないだろうけど、でも。

「グリンデル辺境伯にはこれが一番効くから」

 笑って答えるヨシュカに対して眉根を寄せ、それから腕をつかんで扉へと向かう。
 何の躊躇もなく腕をつかんだリュディガーの行為にヨシュカは戸惑っているように、引かれるままについていく。

「え。ちょっと待って! もっとゆっくり歩いてよ。まずはその手枷を外してもらわなければならないし、ほら、荷物も持ってきてもらわなければ」

 ヨシュカの言うことはもっともなのだが、そんなことよりも、ヨシュカの破天荒な行動にリュディガーは怒りを感じていた。

「荷物の心配より、あなた自身の心配をしてください」

 怒鳴りつけたい衝動を堪えつつ、努めて冷静に口を開いた。

「自分の心配はしないの?」

 何のことを言っているのか分からず、無愛想な顔のままヨシュカを見つめ、それから木蔦病のことを言っていると気がついた。

「その言葉、そっくり返させていただきます」

 そう一蹴し、早いところ治療を受けさせなければと内心焦る。
 そうしている間にも、二人を遠巻きにしていた兵士たちが、口を覆いつつじりじりと距離を詰めてくる。

 木蔦病に対する恐れがあるのだろう。
 歩き回られて菌をばら撒かれる危険性があるならば、今ここで片付けてしまおうという気持ちが漏れ出ている。
 そんな恐怖と悪意の感情に包まれながらも、ヨシュカは至って平然とした調子で、辺りを見回した。
 そしてその視線はグリンデル辺境伯のところでぴたりと止まる。

 目が合ったグリンデル辺境伯は身動きできずに、その場でかすかに震えている。
 先ほどまで捕食者であったグリンデル辺境伯は、完全に立場が逆転してしまったようだった。
 グリンデル辺境伯からしてみれば、今や蛇に狙われるカエルのような感覚だろう。

 しかし肝心のヨシュカには自分が捕食者となった自覚はないようだった。まるで愛し子をみるような、慈愛に満ちた瞳でグリンデル辺境伯に笑いかける。
 その様は天使かと思わせるくらいの極上の笑みで、周囲にいた兵士たちも一瞬木蔦病のことなど忘れてしまうくらいに魅了された。
 しかしその笑みを向けられた当の本人、グリンデル辺境伯は恐怖に打ち震え、真っ青になりながら後ずさる。

「は、は、やく! 早くその枷を外さんか! いいか!くれぐれも危害を加えるな!」

 まるで悪魔を目の前にしたかのような慄きぶりに、兵士たちは急いで枷を外し、預かっていた武器までも無条件に返してきた。

「ありがとうございます、グリンデル辺境伯」

 そんな言葉さえも耳に入れたくないと言わんばかりに顔を背け、早く行けと手を振る。
 優雅に腰を折って挨拶をしつつ、ヨシュカは踵を返した。
 今度はヨシュカがリュディガーをひっぱる形で扉へと向かうと、まるで波が引くかのように道ができていく。
 あまりにもあからさまな対応にヨシュカは苦笑しつつもその間をすり抜けていった。
 扉には一人の男が立っており、何とか平静を装ってはいるものの、がちがちに緊張している。

「こ、こちらへ」

 領主に案内役を指示されたのだろう。男は何とか踏み止まり、外へと案内する。
 通常の廊下ではない、下働きが使うであろう通路を通り、何本か曲がりくねった路を辿り、少々大きめの下水道へと案内された。

「こ、こちらをまっすぐ進めば、船があります。ただ、その、操縦士はいなくて、その、私も操縦はその」

 早く行って欲しい、だがこれ以上自分が巻き込まれるのは避けたい。
 そんな思いがはっきりしない物言いに含まれていた。

「かまわない。あとはこちらで行う」

 クレメンスは簡素にそう告げると案内役を早々に解放し、船の確認を始めた。
 北部の者だということはわかっていたためか、船は機械式の、魔法を必要としないものだった。
 高価なそれを用意した辺り、早いところ出ていって欲しいという思いが現れていたか、はたまたヨシュカの脅しがよほど強力だったか──皆その辺りは考えないようにして、手際よく準備を始めた。
 そうこうしている間にも紋様は身体中に広がり、両頬にまでくっきりと浮かび上がってきていた。
 腕の方はすでに水疱ができつつある。
 第一段階から第二段階に移行してきていることに気がつき、リュディガーは一層暗い顔をした。
 そんなリュディガーとは対照的にヨシュカは鼻歌でも歌いかねないほどに上機嫌であった。

「なぜそんなに上機嫌なんですか……」

 命の危険にさらされているというのに、あまりに呑気な様子に思わずつぶやいてしまう。
 しかしそれに対してヨシュカはなんで? といった顔をして切り返す。

「首尾よく抜け出せたから?」
「それはわかりますが、その代償が大きすぎます」

 命を賭けるなど。
 代償? そう小さく呟いて、それからようやく合点がいったという顔をした。

「あ。そうか。ごめん、言うの忘れてた。──これ、偽装」

 一瞬、何を言われているのかわからず、その返答を聞いた全員が思わず作業の手を止めて見入ってしまった。

「え?」
「木蔦病じゃない。そう見えるようにしただけ。ログ・ラーダでも知られていないんだけどさ、カイラの木の樹脂を煎じて身体に塗ったんだよ。あれ、光に反応して木蔦病に似た症状になるんだ。まぁ落とすのが大変なんだけど。母さんが接着剤代わりに使っていて気が付いたんだけどさぁ、まさかこんなにうまくいくとは思わなかったよ」

 あっけらかんと言い切ったヨシュカに対する三人の反応はそれぞれ異なっていた。
 ミハエルはよかったよかったと安堵の表情を浮かべ、クレメンスはあきれた顔をし、そしてリュディガーは、思い切り鉄拳制裁を下した。
 
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