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序章
とてもとてもよくある日常
しおりを挟む「死にたくないよ」
随分と遠くで声が聞こえた。
バッと体を起こし窓の外を見てみる。
日は沈みかけ独特な慌ただしさを醸す都内の街は、もうすぐ下校の時間であることを告げていた。
「じゃあ、宿題は明日までにやっておいてくださいね」
落胆でざわつく教室。そんな声をなだめるかのようにチャイムが鳴る。
「叶恵《かなえ》明日暇?」
ぼんやりとした視界で和也《かずや》の声が響く。
「暇だけど、どこか遊び行くの?」
僕の問いかけに和也は微かに口角を上げた。
「隣のクラスの澤村とかと一緒にボウリング行こって話になっててさ」
澤村は僕らの学年で一番可愛いと言われている女子で冴えない僕らみたいなタイプとはあまり接点がある方ではない。和也もそんな冴えない生徒の一人。身の丈に合わないメンバーで過ごす休日に浮かれているようだった。
「いいけど、他誰が来るの?」
ニヤつく和也に僕は問いかける。
「ほとんどいつものメンバーだよ。吉田と孝宏《たかひろ》、葵《あおい》、あと郷村だな」
「ほんとにいつも通りだね。何でいきなり澤村が来ることになったの?」
僕と和也を含めたこの6人は、一年の頃から仲が良く、誰も忙しい部活に入ったりしてるわけではなかったこともあり、遊びに行くことも少なくなかった。
「それが、昨日吉田が帰りの電車で澤村にあったらしくてそこで誘ったんだよ」
興奮気味の和也は続ける。
「そしたら意外と澤村も乗り気だったらしくてさ、そこからはとんとん拍子よ」
「あいつ、断られたらどうするつもりだったんだよ」
吉田はお調子者気質なところがあり、誘ったのが吉田だと聞いて僕は妙に納得していた。
「まあ、そういうことだから明日11時に鳳駅集合な」
そう言うと和也は足早に郷村の机へと向かっていった。
「明日か」
僕は携帯を取り出し、ロック画面を見るといくつかの通知の上に「12月3日」と今日の日付が表示されていた。
ピコンッ
その時ちょうど携帯が振動し茜《あかね》から連絡が来た。
「来週チャック預かってほしい!」
携帯の画面見ていると、再び携帯がなりチャックの写真が送られてくる。出会った時と比べてかなり大きくなった体と何も変わらない少し間の抜けた顔立ちで、画面越しに僕を見つめるその目はまるでチャック自身が僕に頼み込んでいるようだった。
・・・
「ただいま」
靴を脱いでいるとドタドタとリビングから足音が聞こえ、すぐに「お兄ちゃん」と僕を呼ぶ声が聞こえた。
僕がリビングの扉を開けるのとほぼ同時に雛《ひな》が扉を力強く開く。驚いた僕は言葉を失っていた。それは、雛が強く扉を開けたからではなく、そこに父がいたからだ。父は人類機構で働いており、家に帰ってくるのは年に4、5回ある程度。それも、家族の誕生日やお正月といった行事の時だけだ。
「おかえり、話もあるけどまずは着替えてこいよ」
面食らっている僕に父は気恥ずかしそうに笑いながら言う。僕は曖昧に返事をし、自分の部屋でスウェットへと着替え再びリビングへと降りていく。
リビングに入るといつもは誰も座っていない椅子に父が腰掛け、テレビを見ながら雛と話していた。
「お、きた。お兄ちゃんのもあるよ」
雛がお菓子の袋を僕に見せる。いつもはあまり見かけないパッケージと少し高そうな包装から父が買ってきたお土産だとすぐにわかった。
「あぁ、ありがとう。にしても、いきなりだね」
僕が椅子を引きながら話しかける。
「そうだな、少しこっちで用事ができてな」
父は僕の前にお菓子を差し出しながら話し始める。
「最近、アタリが増えてるだろ。その影響で少し人員の移動があったんだ」
「え、この辺でも出たの?」
父は首を横に振る。話によると機構の中でも対魔課のような直接魔人や魔女と接触する職員は発生件数の多い地域への移動となったが、父のような一般職員は逆に発生件数の少ない土地へと派遣されたそうだ。
「とはいえ、全国的に見ても発生件数は増えてる。お前たちも気をつけろよ」
父はそう言うと表情を緩め、僕と雛の学校生活について話し始めた。あまり会えていなかったこともあり、雛は嬉しそうに最近あったことを話し始めた。その話を聞きながら嬉しそうにしている父を見ていると、僕も懐かしい気持ちになり、お土産のお菓子を食べながら他愛ない会話を楽しんでいた。
・・・
リリリリリ
目覚ましの音で目を覚ます。徐々に覚醒していく聴覚。どうやら雨が降っているようだった。僕は気だるい体を起こし着替えを持って風呂へと向かった。
風呂から上がり髪のセットなどの準備を済ませリビングへに入ると家族は食事をしているようだった。
「おはよう、どこか行くの?」
母は料理の片手間に僕に問いかける。
「うん、高校の友だちと遊んでくる」
昨日母が帰ってきてから寝る前に話したはずだが、母は忘れていたようだった。
「また、大島さんたち?」
雛は呆れたように僕に言う。雛は和也と面識があり、僕らが遊ぶたびにこういったことを言ってくる。
「そうだよ」
「つまんないの。たまには彼女とか浮いた話ないの?」
バカにするように雛は吐き捨てる。
「お前も部活行くか、部活の友だちと遊ぶかの2択だろ」
僕がそう言うと雛はぐちぐちと言い返してくる。
「頼むから2人とも父さんが元気な間にいい人を連れてきてくれよ」
父が冗談っぽい口調で僕らに言う。
「そういえば茜ちゃん今日誕生日じゃないの?」
母が僕の前に食事を置きながら思い出したかのように言う。
「ホントだ!お兄ちゃん何あげた?」
「何もあげてないよ」
「なんで!?昔あんなに仲良かったじゃん!」
雛は大袈裟に僕を責めてくる。このやりとりは毎年やっているので正直もう慣れていた。もともと、茜とはマンションが同じで、さらには同じ保育園に通っていたこともありよく遊んでいた。その後僕らが小学4年生の頃に茜が引っ越し、その2年後僕らも母の仕事の都合で引っ越した。そして、高校へと進学し茜と再開した。どうやら茜も同じ高校に通っていたらしく、僕より一つ上ということもあり、お互い気づいたのは高校1年の体育祭だった。それ以降はこの偶然にやたら盛り上がっている雛は何かにつけて僕と茜を仲良くさせようとしているようだ。
「茜ちゃんだったら私お姉ちゃんって呼べるなー」
鬱陶しい絡み方をしてくる雛をあしらいながら僕は朝食を頬張る。
「そういえば、またチャックを預かってくれって言ってたよ」
「いつ?」
「来週だってさ、OKしても大丈夫?」
少し悩んでから母は了承する。これも、茜と再開してから時々あることで、特に気にしている様子ではなかった。
「お父さんチャックと会うの初めてだよね」
雛が父に問いかけると父はその話を静止しテレビを注視し始めた。
「先ほど、人類機構の福岡支部が"聖笑会《ひじりしょうかい》"とみられる集団からの襲撃を受けたと人類機構が発表しました」
「また?あなた大丈夫なの?」
母は不安そうに父に問う。
「正直、俺みたいな対魔課と一切関係がない職員は影響があまりないな」
父はため息をつきながら背もたれへと体重をかける。
「クレームもいいところだよまったく」
聖笑会は人類機構と敵対するテロ集団であり、国際的に危険視されている方舟《はこぶね》などと比べると小規模ではあるものの、最近になり活動を激化させている組織だ。今のところ民間人や、機構の非戦闘員への被害は出ていないが、それでも活動内容が段々と過激になってきていることで、世間からの認知度もかなり上がってきている。
方舟も聖笑会も掲げている行動原理は概ね一緒で、魔人、魔女の保護、及びそれらの権利の保証を実現しようと活動している。
「お前たちも変な勧誘とかには気をつけろよ」
父はコーヒーを飲みながら僕らに釘を刺す。
「ほんとに怖いよね。犬とか猫がかわいそうみたいな感覚なのかな」
雛の呟きに対し、母は自身の食事をテーブルに置き椅子に座りながら答える。
「熊がかわいそうって言ってる人たちと同じよ。自分たちが魔薬と遠いところにいるからこそ、その危険性に気付けないの」
母がそう言うと雛は納得した様子で食事を再開した。
「叶恵、時間は大丈夫なのか?」
父に言われ時計を見ると針は10時前を指していた。
「うん、もう出るよ」
僕は空いた食器をキッチンへと持っていき洗面台で歯磨きを済ませ再びリングへ向かう。
「行ってくるね」
3人に声をかけ僕は玄関で靴紐を結ぶ。結び終え立ち上がり扉を開けると凍てついた空気が皮膚を刺す。どうやら雨は上がったようだ。僕は薄暗い空の下濡れたアスファルトに足を一歩踏み出す。この一歩から僕の人生は大きく変わることになる。そのことを僕は知る由もなかった。
・・・
「あぁ~!またスプリットだあ!」
和也は大袈裟に崩れ落ちる。それを見て僕らは笑っていた。隣のレーンにいる郷村たちも和也を揶揄うようにはしゃいでいた。
「でも、意外だね。太田くんとかあんまりこんな風に遊んだりしないと思ってた」
隣に座った澤村がアイスを食べながら僕に言う。
「叶恵、根暗だと思われてんじゃん」
吉田が笑いながら言うと、澤村は急いで否定するが、孝宏や葵も続くようにいじってくる。
「まあ、普段から仲良い奴と以外は喋んないし、仲良くても何考えてるかわかんないもんな」
「私も最初話した時びっくりしたもん。同窓会とかで再開した時にしか声聞くことないと思ってたからさ」
「うるさいな、別に普通に話せるよ」
僕の反論も虚しく僕に対するイメージトークは弾んでいく。
「体育のテニスで初めてペアになった時も、何も言わずにコートから消えるから驚いたよ」
和也の話に澤村は目を丸くしていた。
「え、なんでいなくなってたの?」
「いや、眠たくて限界で…」
僕が話し切る前に笑い声を僕の声をかき消す。
「コミュ力とかの問題じゃないだろ、もう」
「これで本人は少しマイペースなだけくらいの認識だから怖いよな」
郷村と孝宏は僕を揶揄いながらずっと笑っている。そのアホ面に対して腹が立ってきていた。
「そもそも、和也がテニス下手すぎるから僕が眠くなったんだぞ」
そう、テニスの授業でペアを組んだ和也はあまりに下手でペアとネットを挟みラリーをしてみようといった内容の練習では、僕が打ったあと球が返ってくることは一度もなかった。挙句和也は「俺から始めるわ」などと言い、ネットを超えることなく授業を続行しようとするため、僕は立っているだけとなっていた。あんな状態で最大限気を使い、文句を言わなかった僕を褒めて欲しいくらいだ。
「まあ、和也運動できないもんね」
葵の一言に必死に和也は言い返す。しかし、和也の運動音痴っぷりはすでに僕らの間では衆知の事実であり、今日のボーリングを経て澤村も気づき始めていた。
「確かに、和田くん見た目の割に運動できないよね」
澤村の一言で和也は露骨にショックを受けた様子で、それを見て僕らは笑っていた。
・・・
「ダメだぁー!腕がパンパンだー!」
孝宏は腕をぶんぶんと振りながら叫ぶ。12時半頃から今までカラオケなどを挟みながら僕らはボウリングをしていた。僕を含めて全員もう疲れ切っていた。
「最後ラーメンでも行こうぜ」
吉田がそう言うとみんな了承し、各々が行きたいラーメン屋を口にしていた。
「葵の彼氏がバイトしてる風太とかどう?」
郷村の一言に顔を赤くする葵と驚きながらも嬉々とした顔で葵に詰め寄る澤村。
「え!葵ちゃん彼氏いるの!?年上!?」
質問攻めにされる葵。それを見てニヤつく郷村。
「葵の彼氏は年上だよな。やたらと郷村に顔が似てる」
孝宏が郷村にそう言うと、郷村はわざとらしく頷きながら葵を再び揶揄い始めた。
「そうそう!時々俺の家にも来るんだよなー。で、その後俺の兄貴と一緒にどっかに出かけるんだよ」
葵は郷村の兄と付き合っている。郷村の家でみんなで遊んだ時に葵が一目惚れしたそうで、そこから猛アタックを続けた結果恋が実ったらしい。
「え!ってことは年上じゃん!すご!」
澤村に肩をゆすられる葵の顔は冬の夕どきでもはっきりわかるくらいに赤かった。
「じゃあ、今から会いにいくか!」
和也がそう言うと葵は必死に止めるが、その抵抗も当然通じるはずもなく、全員が風太へと向かい歩き出した。
ここから風太までは徒歩5分かからない程度で、大きな交差点を渡った路地の裏にある。渋々歩く葵とそれを揶揄う僕ら。信号を待つ間も笑い声は絶えなかった。
「太田くんは彼女いるの?」
ボソッと僕に問いかける澤村。突然の質問に驚き僕は言葉が出なかった。そんな僕を見つめる澤村の目に、心臓の音がやけにうるさくなっていくのを感じていた。
「何してんだ?信号変わったぞ?」
和也の声で我に帰り、振り向くと数歩先で僕らを待っている5人。澤村は僕の背中をポンっと叩き、5人に向け「ごめん!」と言いながら僕の手を取り駆けていく。
その時、僕のポケットから携帯がポトリと落ちた。
立ち止まり、携帯を拾い上げるとヒビの入った画面にメッセージが映し出された。
茜「たすけて」
ドンッ
大きな揺れと爆音が一瞬で僕らを包み込んだ。至る所で悲鳴が上がる。日の沈んだ土曜の駅前。多くの人でごった返す中、どこからともなくサイレンが鳴り響く。
「敵性生物出現。敵性生物出現。直ちに避難してください」
無機質な音声が日常の終わりを告げる僕らは7人で固まり、パニックになっていた。
「魔人が出たんだ!逃げねえと!」
「駅の方に向かおう!」
郷村と吉田の提案に僕らは答える間もなく駅の方へと踵を返し走り出す。
キャァアッ!
僕らが見つめる先から悲鳴が上がった。誰が制止したわけでもなく僕らは全員足を止めた。それは周りの人々も同じで、全員が駅を見つめ固まっていた。次の瞬間駅から人が溢れ出してくる。その人々は各々が何かを叫びながら逃げているようだった。
「やばい、逃げろ!」
和也が僕らに向けて叫ぶ。僕らはその声に引っ張られるように人並みをかき分けて駅から反対方向へと走り出す。しかし、すでにそれはすぐそこまで近づいていたようで今まで聞いたことのない何かが潰れる音が響き渡った。そして、僕は衝動的に振り返ってしまった。それを見てしまった。逃げ惑う人々の頭を握り潰しながら愉悦の声を上げる人の姿をした何かを。その何かは眼孔と思われる部分が異様に広く、深く、暗かった。歪に引き攣りながらも笑みを浮かべる口。肌はくすんだ色をしており生気は感じられない。長い髪は女性を彷彿とさせたが、それの体は人間とは異なり細く、長かった。その何かを見て僕は確信した。
「魔女だ」
その時僕の頭をよぎったのは茜からのメッセージだった。次の瞬間、僕は和也たちとは違う方向へと走り出した。そう、駅へと。魔女を避けるように大回りで駅へ駆ける。逃げ惑う人々ぶつかりながら必死に走っていた。
遠くで僕の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
・・・
静まり返った駅構内。シャッターが下ろされたいつもとは違う駅の中で僕は茜を探していた。魔女はどうやら駅外にいるようで時折無機質なサイレンが遠くから聞こえてくる。駅内には咽び泣く人や、呆然としたまま座り込んだ人、何かに祈り続ける人で溢れかえっており、僕はすれ違う人の顔を一人一人見ていた。ずっと心臓の音がバクバクと耳の中で響く。茜からのメッセージを見てから頭の中でずっと繰り返し聞こえる声。幼少期のある日聞いた声。
「死にたくない」
それが誰の声か僕にはわからなかったが、それでも茜を探さずにはいられなかった。その時ポケットの中で振動を感じた。携帯を取り出すと画面には茜の連絡先が表示されていた。
「もしもし!茜?」
慌てて大声を出す僕を駅内の人々は睨みつけていた。僕はそれに気づき声量を落とす。
「茜?聞こえてるのか?」
「うん、よかった。叶恵無事だったんだ」
電話越しの声は泣いているようだった。
「こっちはとりあえず無事だよ。茜は?今どこにいるの?」
「私も怪我とかはないかな。今は鳳駅の地下2階の花広場にいるの。」
僕は驚き言葉が出なかった。僕が駅へと走ったのはあまりにも衝動的なもので駅に茜がいるかどうかなどもちろん知らなかった。にも関わらず実際に茜は鳳駅にいたのだ。
「叶恵?大丈夫?」
電話からの声で我に帰る。ひとまず茜に自分が鳳駅にいることを伝えた。しかし、僕のいる地下1階と花広場のある地下2階はシャッターにより隔絶されており向かうことはできない。どうにか向かうことができないかと考えていたが茜の言葉を聞きその思考は途切れた。
「それなら、解決してシャッターが開いたら合流しよ」
「そうだな。わかった。とりあえず、無事でよかった」
僕の言葉に安心したのか茜はクスッと笑ったようだった。
「うん、また連絡できるように一度電話は切るね。また、あとでね」
そう言うと電話が途切れた。若干の不信感を抱きつつも、僕は家族に電話し無事だということを伝えた。そして、すでに魔女は討伐され現在人類機構の部隊が被害地域の被災者を救助に向かっているとの情報を聞かされた。
僕は安堵し、ひとまず心配した様子の両親と、泣きじゃくる雛に今の状態を話し身を隠せる場所を探すと言って電話を切った。
数分間駅構内を歩き回り、清掃具の入っているロッカールームを見つけロッカーの陰に僕は身を隠した。そこで、途中で別れた和也たちの現状が気になり、電話をかける。しかし、その日電話が繋がることはなかった。
・・・
ドォンッ!
爆発音と振動で目が覚める。どうやら隠れてから僕は寝てしまっていたようだった。五感が伝えてくる非日常が、駅前で逃げ惑う人々を蹂躙していた魔女を思い出させる。怖気立ち、震える体を必死に抑えながらロッカールームから外の様子を伺う。すると人々の安堵の声が聞こえてきた。恐る恐る駅の広場へと向かうとそこには人類機構の対魔課の特殊部隊の姿が見えた。そこで父との電話内容を思い出していた。
【魔女は討伐された】
それが真実だったことに安堵し足の力が抜けていく。崩れ落ちた僕に特殊部隊の1人が気付き、駆け寄ってくる。
「助かった」
口に出た言葉に僕が気づくことはなかった。肩を抱えられ他の避難者のもとへと連れていかれる僕。数百はいるであろう人影から見慣れた人物がこちらに向けて何か叫んでいる。
「叶恵!叶恵!」
茜だった。その姿を見てより一層安堵し、意識が薄れていく。
フォンフォン
サイレンの音が駅構内に響く。耳をつんざく機械音が心を掻きむしる。
「魔薬反応っ!全員その場に伏せろ!」
特殊部隊が銃火器を構え群衆に向ける。声にならない悲鳴がサイレンの音をかき消す。異様な光景に再び僕の体は震えだす。それと同時に特殊部隊の持つ小銃の1つがこちらを向く。腹の底から吐き気が込み上げる。歪む視界の端で僕を抱えていた隊員がこちらを睨みつける銃口を下げるように指示を出す。状況が掴めないまま怯えている僕をよそに、隊員は口を開く。
「彼は魔人じゃない。救助時に検査器を使用している」
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「大きく動いたのは1人だけだ」
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「えっ?」
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僕の声は誰にも届くことはなかった。
「いやだ、死にたくない…」
パンッパンッ
破裂音のような銃声と跳ね上がる茜の体。遅れて鼻腔をついてくる火薬の匂い。
「あっ、あ、あ゙あ゙ぁ゙」
動かなくなった茜と目が合う。その目は暗く深い穴のようで、もうすでに何も写していなかった。
「03:58対象討伐」
気づけば茜の誕生日は終わっていた。
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