moon child

那月

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参号

9P

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 だがサクマも負けてはいない。諦めて「他へ行こか」と出口へ向かうレンマの後を追う彼は、青年とすれ違いざまにギンッと睨み付けた。


「てめぇら。己と同じ時代、同じ場所で育って同じことが言えるのかよ?明日が、1時間後が、1分後が、1秒後さえもあるかわからない。殺さなければ殺される、そんな場所だったんだぜ」


 低い低い唸るような声には、鷹のように鋭い茶色の瞳には、怒りがない。ただ、事実を述べただけ。


 青年が震え「ヒィッ」と悲鳴を上げるにはそれで十分だった。まぶたを閉じれば鮮明に思い出す、サクマが生き抜いた戦場。


 衣服越しに見えたかもしれない。サクマの体中にちりばめられた、いくつもの銃創。大きな縫合の痕。彼らは2度と、サクマの怒りを忘れることはないだろう。


 こんなことがよくある。だからこそレンマは、気に入った店が“行きつけ”になった頃に、そこから姿を消す。


 噂の広まっていない新しい店を探して、気に入ったら通う。そして何度も通い“行きつけ”になった頃、またひっそりと姿を消すのだ。


 そんなことを何度も繰り返してきた。噂は消えない。月子で唯一、人間を殺した過去を持つレンマはこれを自分の闇として受け入れている。


 ずっと、死ぬまで償っていかねばならない罪だと。「人殺し」だとか「殺人鬼」だと言われても、その通りなのだからとうなずき謝ることしかしない。反論は絶対に、しない。


 本当はそんな彼を陰ながらずっと見ている、口には出さないけれど「もういいんだよ」と想ってくれている優しい人間がいることを、レンマは知らない。


 レンマとサクマがゲーセンを出る直前、従業員が「また来てくださいね」と小さく呟いたのに、気付けなかった。


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