惰眠童子と呼ばれた鬼

那月

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約束

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 酒呑童子がいなくなってポッカリ空いた心の穴を、朔が埋めてくれる。そうではない。


 穴に足をとられて倒れてしまわぬよう、支えてくれるだけだ。前を向いて歩く、俺の手伝いをしてくれるだけだ。それでいい。


 20日も過ぎたといえど、もう夜だ。目が見えぬ朔をそのまま返すわけにもいかぬので、俺の家に泊まらせることにした。


 女のように細く白い手を引き、家まで案内する。はしゃぎながら、足を踏み入れた瞬間に俺の家をカビ臭いとアホを言った時にはブン殴ってやろうかと思った。


 が、本当にカビが天井の隅に発生しているので我慢我慢。


「しかしまぁ、よく鬼の俺を生かしてかつ自由にできるな?安倍や上のやつらがうるさいだろうに」


「君以外の鬼を殲滅したことで、安倍は君からの復讐を恐れていたよ。でも、私がそうはさせないから君を自由にてほしいって頼んだんだ」


 朔は俺を信じてくれている。心の底から。自分のせいで酒呑童子や他の鬼達を死なせてしまったから、罪の意識故のことかもしれない。


 それでも、俺は素直に嬉しい。こんな風に自分の気持ちに素直になれるのも、きっと、酒呑童子と一緒に過ごしてきた賜物なのだ。


 丸くなったな、と前に酒呑童子が言った。丸くしたのは酒呑童子、あんただ。


 彼を見ていると、自然とそうなってしまうようだ。誰にでもクールに、たまにツンツンしているが世話焼きな茨木童子だって、彼の前では屈託のない笑みをこぼす。


 酒呑童子には特別な力がある。物理的ではないけれど、他人の心にはたらきかける何か不思議な力。不可能を可能にしてしまうような、そんな力が。


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