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最初の酒は甘かった
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しおりを挟む形勢逆転か?いや違う。転倒してもすぐさま自慢の怪力で刀を振り上げながら立ち上がったものだから、鉤爪が絡まったままの刀が桜鬼の胸を浅く斬りつけた。
そこでようやく鉤爪から刀が外れ、反撃に出ようとした桜鬼の背中を、今度は原田が狙う。
ギリギリ、かわして右腕を斬られてしまったが大きく跳び下がる。動くたびに桜鬼からは甘い香りがした。
「んー、あの店の甘酒かぁ。俺も昨日呑むならあの甘酒にしとけばよかったなぁ」
クンクンと鼻をひくつかせている原田は槍を、追撃の蹴りをかわした永倉は刀を構え直し、同時に桜鬼の前後から攻撃を仕掛ける。
「なに呑気なこと言ってんだよ、左之助。そもそも、決戦前に潰れちまうほど酒を飲むのが間違ってんだぜ。桜鬼も、それは俺達への挑発か?」
桜鬼が飲んだものとは、甘酒。この3人が初めて酒を酌み交わした店で飲んだ思い出深い甘酒。
もう1度確認するが、これでも敵同士なので。酒を酌み交わすとはいえ酔い潰れて相手に何かされないよう、機密事項をベラベラしゃべってしまわないようにと甘酒を選んだ。
さすがに酒にめっぽう弱い原田でも甘酒では酔わないので。出会いから別れまで常に緊張しっぱなしの酒の席だった。
数年前のことでも、桜鬼にとっては大切な思い出で。昨晩は思い出の酒に舌鼓を打ちながら当時のことを思い返していた。
あの頃に戻って全てをやり直したいと、最初は思った。けれど過去は変えられない。
それに原田や永倉よりも大事な頭領、そして家族も同然の仲間達のためにもこの最後の戦いから逃げたくない。現実と向き合って、全力でぶつかる。
最終的にどんな結果になろうとも手を抜かない。そう決意するために思い出の甘酒を飲んだ。
なのに実際は怖気づいてしまっている。仲良く、心を打ち明け過ぎた。潔くなれない。本当は桜鬼は弱いんだ。思い知らされた。
だからほら、殺す気でかかってきている2人を前に鉤爪を向けられない。
ギリギリまで引き付けてから横に飛び避けるか?それとも2人共を受け止めて相手をするか?片方は捨ててもう片方を倒すのに専念するか?
どうする?永倉が、今までいい所が全くない原田でさえ心を決めてためらいなく突っ込んでくる。あと少しで刀が、槍が桜鬼の命を奪う。
ドキドキドキドキバクバクバクバクバクバクッ……全身が心臓になったみたいだ。爆音の鼓動がうるさくて、体が震えて動けない。
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