悪逆の魔法使い

こんぶ2

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異界召喚編

第九話 異界召喚

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ブラッド達は、もとより理解していた。
女神たちがブラッド達の存在に気づいていることに。

それは、反耳長族ダークエルフであるアルペから事前に教えて貰っていたことであった。

彼女の魔法、認識理解レコグニションにより、女神の考えや思考、或いは妄想している事さえ知ることが出来る。
その魔法は、無類の強さを誇る。攻撃範囲は、ほぼ無限大。防ぐ方法もないに等しい。

とはいえ、使用できるものは、彼女アルペを除いては精霊エレメントくらいだろう。

──そして、謁見の間にかくれていたブラッド達は飛び出して奇襲をかけて──

悪の鼓動ダークリズム

魔法が発動し、悪の鼓動が女神たちに到達する──

──よりも前に、世界が停止した。

「──ッ!」

時間停止タイムストップ…今のうちだ…急げ、ヒーラ!」

熾天使王セラフィムキングの奥の手と言ってもいい時間停止タイムストップ

それを使ってしまったのは熾天使王セラフィムキングにとっては痛手だが、大した問題ではない、と考える。

時間停止中はありとあらゆる事象が反映されない。

また、その対象者の周り一メートルは魔力の光で照らされるが、それ以外は真の暗闇である。

それは、光までもが止まるからだ。

さらに、自転による影響により吹き飛ばされ兼ねないが、それも魔力がカバーしてくれる。

しかし、時間停止の発動し続けられる時間はあまりない。

よって、時間停止を解除すると同時に、禁止極限術を発動させ、異界召喚をしなければならなかった。

「はやく、詠唱を続けろ…っ」

時間停止も万能ではない。
せいぜい、一分もつか、持たないかという程度である。

さらに、今は治神ヒーラも時間停止の中で動かせるように調節している。

消費する魔力は莫大であった。

「わかっているわ…!あまねく命よ…私の糧となり…」

早速、女神が手を合わせ詠唱を始める。それと同時に奴隷たちの肉体から血が噴出し始めた。

「…あと、三十秒…合わせろ、よ」

「…血肉を生成し、穢のない魂よ…」

詠唱が進む。

その間、熾天使王セラフィムキングは──

「…ぐ、」

己の肉体に莫大な被害を与えていた。
いくら、熾天使の王でも、流石に長時間の時間停止をしていれば、肉体の崩壊が始まる。

「あとー、二秒」
 
「っー」

そして、世界に動きが戻る。

解除リリース!」
 
「発動!!」

パァァァっ、と閃光が謁見の間を包む。

「な」

ブラッドが目を見開いて驚く。

「馬鹿──な」

「ふんっ!」

熾天使王の覇気で、謁見の間にいたものは皆吹き飛ばされた。

「ぐ、ぅぉおおおお!?」

そして、煙が王宮を包む。

「…治します」 

治神ヒーラは流石治癒の神と言うだけあって、肉体の損傷から、物体の破壊まで、幅広く治すことができる。

真・治癒トゥルーヒール

軽く崩れた熾天使王セラフィムキングの肉体が復元していく。

さらに、壊れた謁見の間が復元していく。

そして、煙に包まれた謁見の間が明るくなっていく。

──そして、そこには。



彼らは、ただ当たり前のように授業をうけて。
当たり前のように移動教室をして。
当たり前のように部活に行こうとしていた。

が、理不尽というのは唐突に理由もなく襲う。

「は?」
 
おそらく全員の思考が一致したのであろう。
白い光が教室を包んだ。

まだ教室に帰ろうとする者や、部活に行こうとする者、先生に質問しようとしているものもいる。

「やば──」
 
教室から出ようとしたが、結局それは誰一人叶わなかった。

光はこの世で最も速い速度。気づけば、彼らは白い光に全身包まれて──




「…夢か?」

「いやぁ、現実じゃねぇか?」
 
そこは、まるで大聖堂のような場所だった。
大きな華麗な椅子に、黄金の絨毯。
高級そうな置物が大きな部屋に置かれている。高そうなシャンデリアは絢爛という言葉さえ憚られる程である。

「貴方方は、選ばれました──」

「…は?」

「ようこそ、我らが世界へ」

その女は、男の目を惹くというような美貌ではなかった。

最早近寄ることがはばかられるほどの、美貌。

黄金の瞳。
ブロンドヘアー。

薄いローブのようなものをきているのか。
白い肌。

体型は男好みしそうな、スタイリッシュな感じで、
顔立ちは、西欧のような印象が見受けられる。

特筆すべき点は、その身長の高さである。
推定三メートル…はあろう体高。
測定できないが、人の域では無い、と言うよりも、人ではない。

「…これは、」
 
男は推測される言葉を、軽く震えながら口に出す。

「異世界…転移」

どうやら彼らはクラスごと転移してきたようだ。

「…イャァぁぁ!!」

「え、なにこれ?ドッキリ!?え?」

女子は急な事に驚く者が多いようである。

「ひゃ~なんじゃこりゃー」 

「クラス転移ってやつ来たー!」

男子は興奮している者が多く見受けられた。

「おほん」

ものすごい美貌の女が咳払いを一つした。
途端に静かになる。

「まずは、少し説明いたします。わたくし女神治神ヒーラから。」



女神と一人の青年が立ち並ぶ。その身長差の違和は、現在興奮中の彼らにはあまり実感がなかった。あまりに非現実であったためでもある。

「なるほど、なんとなく分かりました」

クラス長の佐々木ささき真也しんやが女神へと話しかけた。

「つまり、我々は悪魔王を倒せば良いと?」

「ええ、それから、この国にも今悪魔王の手先の者共がいますから、それらの排除に人手が必要なのです。あなた達のようや、優秀・・な人々が」

女神の話は彼らにこんな話をした。
この世界はかつて大戦争をしていたが、それが収まった。
しかし、今また新たな火種となりそうな勢力、悪魔軍団が現れた為、彼らにその討滅を頼んでいる、という話である。

「報酬……いや、それよりも元の世界へ帰ることが出来ますか?」

「時空…や、世界の軸さえ分かれることが出来れば返すことは出来ます…もちろん、目的を達成してから…ですが」

「はぁ?とはいえ僕たちは戦えませんが…」 

「…?そんなに魔力を持っていて何の冗談なのかしら…?」

「魔力?」

「…!そうか…ボソボソ…」

女神ヒーラは何か呟き出した。

「しかし、こんなに広いのに僕たちと女神様しかいないのですね」

「ええ、まぁ」

「…で、」

「ええ。まぁ魔力などについては説明します。えー、まず、魔力の前に魔素マナについておしえなければならないのですが…」 

「…」

彼らは皆呆けた様子だった。

「てか、先生は?」

伊藤咲いとうさきがそう言った。

「…確かに!」

「あれー?おかしいな…ぅぅ、ってかここどこよ…!早く家に帰りたい…!うぅ……」 

その時、何人かの生徒が女神に違和感を覚える。

「…あなた達…少し静かに出来ないかしら?」

女神ヒーラは少し苛立ったようにそう言った。
その途端。

ズン、と。

まるで、何十キロもある重りを頭から落とされた気分だった。

奈落へ突き落とされるような、絶望感を彼らは痛感した。
生物として、格が違う。
いつ殺されても、可笑しくはない。

「──」

鳥肌が立つ。

それと、同時に認めざるを得ないのである。
もう二度と、自分たちの世界へは戻れないのだと。
日本には、帰れないのだ、ということを。
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