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湯沢を狙撃したのは、先日違法取引を摘発した犯罪組織の報復だと高田たち警察は確信をしていた。
湯沢は出血がひどく、重傷だったが、命を落とすことはなかった。
安心して胸を撫でおろす間もなく、高田は上司の刑に呼びだされた。
「湯沢の状態なんだがな、どこまで知っている?」
上司が声を抑えた調子で尋ねてくるので、高田は、周りに人がいないか確認をして話し出した。
「安定したと聞きました。回復するまで、病院からでられないそうなので、捜査からは、外れることになると……」
「湯沢の相棒であるお前だから話すが、肩の傷の具合がな、神経に触れてしまっているかもしれないんだそうだ。リハビリしだいだが、体が回復しても、以前のように腕を動かすことができなくなるかもしれない、と……」
「え?」
「まあ、まだ分からない。ただ、覚悟はしておいてくれ、こんなことを話して、湯沢のことは心配だろうが、気持ちを切り替えてくれ」
「ええ、あいつなら、きっと大丈夫です。湯沢のためにも、一刻も早く、組織を壊滅させてやるつもりです」
「ああ、その熱意で、お前に面倒をみて欲しいやつがいる。おい、松本! こっちに来てくれ!」
上司の刑事からの命令に、高田は反射的に抗議した。
「部長、今は捜査に集中したいんです。新人の面倒なんて……」
「だからだ。頭を冷やすためにも、あいつに仕事のことについて教えたら、今日は帰れ」
小走りにやってきた青年は、高田の前に進みでると、高田のことを不安げに見上げてきた。
「こんにちは、……その、僕のことを、覚えていますか?」
顔に対して大きな瞳は、まるで猫のように青みがかった緑色をしている。
その瞳に高田は見覚えがあった。
「……もしかして、守?」
高田が思い出の中と同じ呼び方で相手を呼ぶと、守は顔を嬉しそうにほころばせた。
「覚えててくれたんですね!?」
「当たり前だろう!」
嬉しさに目の奥が熱くなるのを、守は感じていた。
覚えていてくれたんだ。
気にかけていてくれたんだ。
守が光彦と出会ったのは、十数年前のこと、今にも雨が降り出しそうな天気の日だった。
男を連れ込んだ母親に、アパートの部屋から追い出された守は公園の遊具の下で、頭にパーカーをすっぽりとかぶって、膝をかかえてうずくまっていた。
公園にきたのは、子供の自分がいても、あまり不自然に思われないからだ。
以前、アパートの部屋の前に座って待っていたとき、近所の住人から守の面倒をきちんとみるように、と、注意された母親は、守のことを殴り、食事を買うための少ないお金も取り上げた。
図書館や児童館の給水機で水を飲んで空腹をごまかすのは、苦しくて、悲しくて、もう、あんな思いをしたくなかった。
「ねぇ、きみ、だいじょうぶ?」
「………」
声をかけられても、頭をあげることもしないし、返事も返さなかった。
うっかり頭をあげて顔を見られて、自分がどこの誰かか分かってしまうのを防ぐためだ。
また親切な人のせいで死にかけたくはない。
ただ無言で膝に顔をくっつけていると、パーカーが引っ張られた。
驚いて守が顔をあげると、そこには知らない男の子が一人、心配そうに自分を見つめていた。
「……!?」
「だいじょうぶか? どこいたいのか?」
「や、やめて……!」
「でも……」
「おねがい、やめて! また、ごはんがたべられなくなっちゃっうのいやなの! だからどっかいって!」
男の子の手を振り払うと、男の子は動揺したように瞳を揺らした後、きっと表情を引き締めて守の手を握りしめてきた。
「……だったら、おれがまいにち、きみにごはんをつくってやる!」
「!?」
「だから、いっしょにいこう!」
「………っ!」
「おれ、たかだ てるひこ。おまえはなまえ、なんていうんだ?」
「……まもる……」
そのあと、光彦が作ってくれた、卵かけご飯を電子レンジであたためて作った、なんちゃってオムライスの味は、今でも忘れることは出来ない。
その日から、光彦は毎日、守の食事を作った。
朝、小学校へ行く前に守と公園で待ち合わせをして、朝ごはんと昼ごはんの分のおにぎりを渡す。
夜は自分の家に守を招いて、夕ご飯を一緒に食べた。
光彦の母親は病院に入院していて、父親も亡くなっていて、家で一人でごはんを食べるのが寂しかったから、とても助かると光彦がは笑って言った。
それが、守はとても嬉しかった。
光彦と守の交流は、守の母親が光彦の家から金を盗んでこいと言うまで、つづいた。
守は母に盗みを働くように、光彦を裏切るように言ったその日、何の迷いもなく、包丁で自分の体を切りつけ、警察へにかけこみ、母親をつきだした。
守は児童養護施設へ行くことになり、光彦と別れることになった。
光彦は施設にいる守へ、毎週切手を同封した手紙を送った。手紙に同封された切手を使い守も光彦へ手紙を返していたが、守が里親に引き取られると、自分たちの個人情報を光彦に知らされることを嫌がった里親の意向にそい、光彦と守は手紙のやりとりを終えた。
母親と永遠に別れ、孤児として施設へおくられることになったが、守に後悔はなかった。
自分に人の手のぬくもりを教えてくれた、大切な人を守ることができたのだから。
「俺は、ずっと後悔していた。守を守ってやることが、できなかったから」
「いいえ、そんなことはありません。あのままだったら、僕は、衰弱死していたかもしれません。あのとき、光彦さんに助けてもらって、本当に感謝しています」
二人で並んで廊下を歩きながら、光彦と話す守は、ふわりと笑った。
僕に、人の手のぬくもりを教えてくれた人。
僕が人間なんだって教えてくれた人。
貴方が僕の手を握り返してくれる限り、僕は……。
湯沢は出血がひどく、重傷だったが、命を落とすことはなかった。
安心して胸を撫でおろす間もなく、高田は上司の刑に呼びだされた。
「湯沢の状態なんだがな、どこまで知っている?」
上司が声を抑えた調子で尋ねてくるので、高田は、周りに人がいないか確認をして話し出した。
「安定したと聞きました。回復するまで、病院からでられないそうなので、捜査からは、外れることになると……」
「湯沢の相棒であるお前だから話すが、肩の傷の具合がな、神経に触れてしまっているかもしれないんだそうだ。リハビリしだいだが、体が回復しても、以前のように腕を動かすことができなくなるかもしれない、と……」
「え?」
「まあ、まだ分からない。ただ、覚悟はしておいてくれ、こんなことを話して、湯沢のことは心配だろうが、気持ちを切り替えてくれ」
「ええ、あいつなら、きっと大丈夫です。湯沢のためにも、一刻も早く、組織を壊滅させてやるつもりです」
「ああ、その熱意で、お前に面倒をみて欲しいやつがいる。おい、松本! こっちに来てくれ!」
上司の刑事からの命令に、高田は反射的に抗議した。
「部長、今は捜査に集中したいんです。新人の面倒なんて……」
「だからだ。頭を冷やすためにも、あいつに仕事のことについて教えたら、今日は帰れ」
小走りにやってきた青年は、高田の前に進みでると、高田のことを不安げに見上げてきた。
「こんにちは、……その、僕のことを、覚えていますか?」
顔に対して大きな瞳は、まるで猫のように青みがかった緑色をしている。
その瞳に高田は見覚えがあった。
「……もしかして、守?」
高田が思い出の中と同じ呼び方で相手を呼ぶと、守は顔を嬉しそうにほころばせた。
「覚えててくれたんですね!?」
「当たり前だろう!」
嬉しさに目の奥が熱くなるのを、守は感じていた。
覚えていてくれたんだ。
気にかけていてくれたんだ。
守が光彦と出会ったのは、十数年前のこと、今にも雨が降り出しそうな天気の日だった。
男を連れ込んだ母親に、アパートの部屋から追い出された守は公園の遊具の下で、頭にパーカーをすっぽりとかぶって、膝をかかえてうずくまっていた。
公園にきたのは、子供の自分がいても、あまり不自然に思われないからだ。
以前、アパートの部屋の前に座って待っていたとき、近所の住人から守の面倒をきちんとみるように、と、注意された母親は、守のことを殴り、食事を買うための少ないお金も取り上げた。
図書館や児童館の給水機で水を飲んで空腹をごまかすのは、苦しくて、悲しくて、もう、あんな思いをしたくなかった。
「ねぇ、きみ、だいじょうぶ?」
「………」
声をかけられても、頭をあげることもしないし、返事も返さなかった。
うっかり頭をあげて顔を見られて、自分がどこの誰かか分かってしまうのを防ぐためだ。
また親切な人のせいで死にかけたくはない。
ただ無言で膝に顔をくっつけていると、パーカーが引っ張られた。
驚いて守が顔をあげると、そこには知らない男の子が一人、心配そうに自分を見つめていた。
「……!?」
「だいじょうぶか? どこいたいのか?」
「や、やめて……!」
「でも……」
「おねがい、やめて! また、ごはんがたべられなくなっちゃっうのいやなの! だからどっかいって!」
男の子の手を振り払うと、男の子は動揺したように瞳を揺らした後、きっと表情を引き締めて守の手を握りしめてきた。
「……だったら、おれがまいにち、きみにごはんをつくってやる!」
「!?」
「だから、いっしょにいこう!」
「………っ!」
「おれ、たかだ てるひこ。おまえはなまえ、なんていうんだ?」
「……まもる……」
そのあと、光彦が作ってくれた、卵かけご飯を電子レンジであたためて作った、なんちゃってオムライスの味は、今でも忘れることは出来ない。
その日から、光彦は毎日、守の食事を作った。
朝、小学校へ行く前に守と公園で待ち合わせをして、朝ごはんと昼ごはんの分のおにぎりを渡す。
夜は自分の家に守を招いて、夕ご飯を一緒に食べた。
光彦の母親は病院に入院していて、父親も亡くなっていて、家で一人でごはんを食べるのが寂しかったから、とても助かると光彦がは笑って言った。
それが、守はとても嬉しかった。
光彦と守の交流は、守の母親が光彦の家から金を盗んでこいと言うまで、つづいた。
守は母に盗みを働くように、光彦を裏切るように言ったその日、何の迷いもなく、包丁で自分の体を切りつけ、警察へにかけこみ、母親をつきだした。
守は児童養護施設へ行くことになり、光彦と別れることになった。
光彦は施設にいる守へ、毎週切手を同封した手紙を送った。手紙に同封された切手を使い守も光彦へ手紙を返していたが、守が里親に引き取られると、自分たちの個人情報を光彦に知らされることを嫌がった里親の意向にそい、光彦と守は手紙のやりとりを終えた。
母親と永遠に別れ、孤児として施設へおくられることになったが、守に後悔はなかった。
自分に人の手のぬくもりを教えてくれた、大切な人を守ることができたのだから。
「俺は、ずっと後悔していた。守を守ってやることが、できなかったから」
「いいえ、そんなことはありません。あのままだったら、僕は、衰弱死していたかもしれません。あのとき、光彦さんに助けてもらって、本当に感謝しています」
二人で並んで廊下を歩きながら、光彦と話す守は、ふわりと笑った。
僕に、人の手のぬくもりを教えてくれた人。
僕が人間なんだって教えてくれた人。
貴方が僕の手を握り返してくれる限り、僕は……。
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