9 / 22
【interlude】メイド少女は推しを推したい 3
しおりを挟む
ネモフィラ公国に着いて城の中に入り、ファナの部屋の扉の前で待機するように言われた時、カミルは緊張で吐きそうだった。
その吐き気を吹き飛ばしたのは、ファナの部屋の暗さと狭さだった。
陽は差し込まず、メイドの詰め所より小さい。
見る限り調度品は小さな書き物机とベッドくらいのもので、年頃の娘が暮らしているというのに、可愛い物も華やかな物も無かった。
仮にも一国の姫が、こんなに質素な所で生活しているなんて――……。
「――入りなさい」
レネの言葉にはっとする。
いつの間にやら周りにたかって、部家の中を覗き込んでいたメイドや衛兵達を押しのける。
部屋の中に入ると――――目の前に彼女がいた。
銀の長い髪、紫水晶の美しい目。
白い肌、ほっそりした顎、長いまつげ――……。
(え、推しがいる。あたしの推し、生きてる。存在してる――……待って待って、ほっそ! 顔小さ! 推し動いてる……!)
想像通り、いや、想像の何倍も、彼女の推しは美しかった。
(綺麗すぎて神々しい……いや、もう神? あたしの推し神なのでは?)
頬が引きつるのを感じる。
上手く笑えているだろうか。
お辞儀をし自己紹介をしたカミルに、ファナは天使のような柔らかい微笑みを向けた。
(神で天使ってもう最強では? ここを聖地とし教会を建てるべきでは?)
心の中でそう言いつつもカミルはきわめて冷静を装う。
レネとヴォルフがネモフィラ公国に用意させた部屋に下がる。それと同時に、扉の前にたむろしていたこの城のメイドや衛兵達を手際よく解散させた。
彼女の第一の仕事は、ここから早急にファナを連れだし保護することだ。
そのためにも荷造りを急がなければ。
(仮にも一国の姫君だし、荷物を運び出すだけで十日くらいかかるかも……)
通常ならプリンセス自らがあれこれ思案せずとも、側仕えの者たちが勝手に嫁ぎ先に大量の荷物を送って寄こすのだが――……。
(この国の場合、ファナ様がいなくなったら勝手に持ち物を処分しかねないわ)
そうならない為にも大切な物は事前に運び出さねば。
カミルは持って来た大きな旅行鞄を指さして言った。
「ファナティアス様、獣人の国にお持ちするお荷物はございますか?
お申し付けくだされば、鞄は他にもございますので」
パッキングします、とカミルが告げればファナはなぜか困ったように笑った。
「その……お洋服はそんなに持っていないの」
そう言って彼女は小さなクローゼットを開いてみせる。
「夏用と冬用が二枚ずつに、パジャマが――……あ、洗濯するのにメイドさんが持って行ってるわ……」
しょんぼりと声を落す彼女の頭に、第二王子と同じような耳が見えた気がして、カミルはにやけを押さえようと唇を噛んだ。
ファナの背中からタンスの中を見てみる。
確かに中はがらがらだった。
簡素なコットンの、くたびれたワンピースが何枚かかかっているだけだ。
メイドの自分の洋服箪笥より断然に数が少ない。
巷の流行に乗って『必要な物しか持たない暮らし』とやらをしている友人よりも質素な生活だ。
(それを年頃の女の子に強いるなんて……! お金はたんまり持ってるでしょうに……!)
心の中でギリギリ奥歯を噛みしめる。
改めて見てみれば、ファナが今着ている服も似たような年季の入った白いワンピースだった。
サイズも、彼女の体型には大きいようだ。
王侯貴族なら、ドレスは当然フルオーダーで作るし、パジャマも採寸するパターンオーダーで作るくらいなのに。
もうこのワードローブを見ただけで、彼女がどれだけ蔑ろにされていたかが分かる。
(ファナ様が輝きすぎているから、着ている服も輝いて見えていたわ……!)
こちらの胸の内を知ってか知らずか、ファナは、
「あ、でもこの小箱は絶対に持って行きたいわ」
「それは、ヴォルフガング様のたてがみを入れていた箱ですね」
カミルの言葉に彼女の推しはちょっと頬を染めた。
「そ、その……っ、ヴォ、ヴォルフのたてがみだけが入っている訳じゃないのよ……っ? お母様の形見の指輪も入っているし……! 私の宝物箱なの……」
目を逸らし、もじもじと銀色の髪を耳に掛けてうつむく。
(はー……! かわい……! 尊……!)
「でもこれだけじゃ、その鞄は少し大きすぎるわね……」
「そんな事はございませんわ。
獣人の国に向かう道中、他の町や国を通りますから、そこで沢山お土産を買ってここに詰めましょう」
カミルの言葉に、ファナはぱぁあっと顔を輝かせた。
どうやら上手く慰められたようだ。
と、その時。
唐突に扉がガチャリと開いた。
ノックも、許可も求めずに。
驚いてカミルがそちらに顔を向けると、立っていたのはくたびれた中年の男。
年の頃は五十ほど。
豪奢な洋服に身を包んでいるが痩せた体躯は隠しようが無く、鼻の下に髭を生やしているが貫禄よりも貧相さが際立つ。
「ファナティアス……!」
男は眉を下げてファナを呼んだ。
その声にはっとファナが目を見開いた。
「お、お父様……!」
その吐き気を吹き飛ばしたのは、ファナの部屋の暗さと狭さだった。
陽は差し込まず、メイドの詰め所より小さい。
見る限り調度品は小さな書き物机とベッドくらいのもので、年頃の娘が暮らしているというのに、可愛い物も華やかな物も無かった。
仮にも一国の姫が、こんなに質素な所で生活しているなんて――……。
「――入りなさい」
レネの言葉にはっとする。
いつの間にやら周りにたかって、部家の中を覗き込んでいたメイドや衛兵達を押しのける。
部屋の中に入ると――――目の前に彼女がいた。
銀の長い髪、紫水晶の美しい目。
白い肌、ほっそりした顎、長いまつげ――……。
(え、推しがいる。あたしの推し、生きてる。存在してる――……待って待って、ほっそ! 顔小さ! 推し動いてる……!)
想像通り、いや、想像の何倍も、彼女の推しは美しかった。
(綺麗すぎて神々しい……いや、もう神? あたしの推し神なのでは?)
頬が引きつるのを感じる。
上手く笑えているだろうか。
お辞儀をし自己紹介をしたカミルに、ファナは天使のような柔らかい微笑みを向けた。
(神で天使ってもう最強では? ここを聖地とし教会を建てるべきでは?)
心の中でそう言いつつもカミルはきわめて冷静を装う。
レネとヴォルフがネモフィラ公国に用意させた部屋に下がる。それと同時に、扉の前にたむろしていたこの城のメイドや衛兵達を手際よく解散させた。
彼女の第一の仕事は、ここから早急にファナを連れだし保護することだ。
そのためにも荷造りを急がなければ。
(仮にも一国の姫君だし、荷物を運び出すだけで十日くらいかかるかも……)
通常ならプリンセス自らがあれこれ思案せずとも、側仕えの者たちが勝手に嫁ぎ先に大量の荷物を送って寄こすのだが――……。
(この国の場合、ファナ様がいなくなったら勝手に持ち物を処分しかねないわ)
そうならない為にも大切な物は事前に運び出さねば。
カミルは持って来た大きな旅行鞄を指さして言った。
「ファナティアス様、獣人の国にお持ちするお荷物はございますか?
お申し付けくだされば、鞄は他にもございますので」
パッキングします、とカミルが告げればファナはなぜか困ったように笑った。
「その……お洋服はそんなに持っていないの」
そう言って彼女は小さなクローゼットを開いてみせる。
「夏用と冬用が二枚ずつに、パジャマが――……あ、洗濯するのにメイドさんが持って行ってるわ……」
しょんぼりと声を落す彼女の頭に、第二王子と同じような耳が見えた気がして、カミルはにやけを押さえようと唇を噛んだ。
ファナの背中からタンスの中を見てみる。
確かに中はがらがらだった。
簡素なコットンの、くたびれたワンピースが何枚かかかっているだけだ。
メイドの自分の洋服箪笥より断然に数が少ない。
巷の流行に乗って『必要な物しか持たない暮らし』とやらをしている友人よりも質素な生活だ。
(それを年頃の女の子に強いるなんて……! お金はたんまり持ってるでしょうに……!)
心の中でギリギリ奥歯を噛みしめる。
改めて見てみれば、ファナが今着ている服も似たような年季の入った白いワンピースだった。
サイズも、彼女の体型には大きいようだ。
王侯貴族なら、ドレスは当然フルオーダーで作るし、パジャマも採寸するパターンオーダーで作るくらいなのに。
もうこのワードローブを見ただけで、彼女がどれだけ蔑ろにされていたかが分かる。
(ファナ様が輝きすぎているから、着ている服も輝いて見えていたわ……!)
こちらの胸の内を知ってか知らずか、ファナは、
「あ、でもこの小箱は絶対に持って行きたいわ」
「それは、ヴォルフガング様のたてがみを入れていた箱ですね」
カミルの言葉に彼女の推しはちょっと頬を染めた。
「そ、その……っ、ヴォ、ヴォルフのたてがみだけが入っている訳じゃないのよ……っ? お母様の形見の指輪も入っているし……! 私の宝物箱なの……」
目を逸らし、もじもじと銀色の髪を耳に掛けてうつむく。
(はー……! かわい……! 尊……!)
「でもこれだけじゃ、その鞄は少し大きすぎるわね……」
「そんな事はございませんわ。
獣人の国に向かう道中、他の町や国を通りますから、そこで沢山お土産を買ってここに詰めましょう」
カミルの言葉に、ファナはぱぁあっと顔を輝かせた。
どうやら上手く慰められたようだ。
と、その時。
唐突に扉がガチャリと開いた。
ノックも、許可も求めずに。
驚いてカミルがそちらに顔を向けると、立っていたのはくたびれた中年の男。
年の頃は五十ほど。
豪奢な洋服に身を包んでいるが痩せた体躯は隠しようが無く、鼻の下に髭を生やしているが貫禄よりも貧相さが際立つ。
「ファナティアス……!」
男は眉を下げてファナを呼んだ。
その声にはっとファナが目を見開いた。
「お、お父様……!」
14
あなたにおすすめの小説
◆平民出身令嬢、断罪で自由になります◆~ミッカン畑で待つ幼馴染のもとへ~
ささい
恋愛
「え、帰ってくんの?」
「え、帰れないの?」
前世の記憶が蘇ったニーナは気づいた。
ここは乙女ゲームの世界で、自分はピンク髪のヒロインなのだと。
男爵家に拾われ学園に通うことになったけれど、貴族社会は息苦しくて、
幼馴染のクローにも会えない。
乙女ゲームの世界を舞台に悪役令嬢が活躍して
ヒロインをざまあする世界じゃない!?
なら、いっそ追放されて自由になろう——。
追放上等!私が帰りたいのはミッカン畑です。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。
ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。
ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。
【完結】愛人の子を育てろと言われた契約結婚の伯爵夫人、幼なじみに溺愛されて成り上がり、夫を追い出します
深山きらら
恋愛
政略結婚でレンフォード伯爵家に嫁いだセシリア。しかし初夜、夫のルパートから「君を愛するつもりはない」と告げられる。さらに義母から残酷な命令が。「愛人ロザリンドの子を、あなたの子として育てなさい」。屈辱に耐える日々の中、偶然再会した幼なじみの商人リオンが、セシリアの才能を信じて事業を支援してくれる。
失意の中、血塗れ国王に嫁ぎました!
鍋
恋愛
私の名前はカトリーナ・アルティス。伯爵家に生まれた私には、幼い頃からの婚約者がいた。その人の名前はローレンス・エニュオ。彼は侯爵家の跡取りで、外交官を目指す優秀な人だった。
ローレンスは留学先から帰る途中の事故で命を落とした。その知らせに大きなショックを受けている私に隣国の『血塗れ国王』から強引な縁談が届いた。
そして失意の中、私は隣国へ嫁ぐことになった。
※はじめだけちょっぴり切ないかも
※ご都合主義/ゆるゆる設定
※ゆっくり更新
※感想欄のネタバレ配慮が無いです
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる