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【interlude】メイド少女は推しを推したい 4

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(お父様……!? って事はこの貧相なおっさんが大公……!?)

 カミルが正直で失礼なことを考えていると、貧相な男は一歩部屋に入ってきた。

「ファナティアス、この城を出て行くそうだね……」
「は、はい……」

 男の歩みに会わせて、ファナが戸惑ったように一歩後退る。

「そうか……」

 大公は何かを逡巡するように視線を彷徨わせた後、唐突に握りしめていた物をこちらへ突き出した。

 それはぐにゃりと曲がった小さなティアラだった。

「これをお前に……。お前のお母さんの物だよ」
「え、あの……」

 ファナが眉根を寄せる。
 それ以上に自分も眉間にしわを寄せているだろう、とカミルは思った。

「サンベリーナが壁に投げつけたことがあってね。少し曲がってはいるが……」

(少しじゃねーから)

 サンベリーナというのは、ファナの義母だったはずだ。

 カミルは先ほどレネの背中越しに見た、女の姿を思い出した。
 アポなしとはいえ他の国の王族が来ているのに自室の中から出てこず、執事がドアを叩きまくってやっと扉の隙間から顔を覗かせたかと思ったら、昼間だというのに赤い顔をして酒臭い息を吐いていた。

 でっぷりと太った体にボサボサの髪。濁った生気のない目でこちらを一瞥すると、無言のまま再び扉を閉めてしまった。
 後には果物のすえたような臭いが残されただけ。

 騒ぎを聞きつけてやって来た娘のカロリーナがレネの対応をしたのだが――……、

(まぁ、あっちはあっちで凄かったけど……)

 一方大公は、この城には居なかったはずだ。
 事前にレネの間諜が調べた所によると、すでに町外れの邸宅に居を移して三年になるとか。

 それがこうやって尋ねてくるなんて、少しは娘に愛情が残っていたのかしらと思ったのだが――……。

「ほら、遠慮しないで」

 父親に歪んだ冠を差し出されて、ファナは戸惑いつつもそれを受け取った。

(遠慮じゃねーんだよなぁ……)

 この父親もどこかおかしい。

 ちらりとカミルが視線を走らせれば、宝石が一つ二つ取れているようだった。

 でもまあ、ファナの母親の形見なら貰っておいて獣人の国ティーヴァルで直せばいい。
 カミルはそう思ったのだが、父親はとんでも無いことを言い出した。

「カロリーナがお前のためにパーティを開いてくれるそうだよ」

(ファナ様の為じゃ無いんだよなぁ……)

「そのティアラを着けて行きなさい。お母さんも喜ぶだろう」

(おおぉいっっ!!)

 カミルは喉元まで出かかった叫びをすんでの所で押さえた。

(こんなひん曲がった冠なんか着けさせるなよぉぉ!!)

「え、あの……」

 困ったようにファナがティアラと父親とを見比べる。

(そりゃあそうだよ……! ヴォルフ様にそんな変な恰好している所、見られたくないだろうよ……!!)

 カミルはファナの手からぱっと冠を取ると、大げさにため息をついて困惑の表情を浮かべて見せた。

「まあぁぁ、でもこのティアラ、ずいぶんと傷んでいるようですし、このままじゃあ着けられませんわ! 修理しなくては! パーティはいつ? 明日の夜? まあぁぁ、残念! とても間に合いませんわね!
 それよりも大公閣下、ファナ様には何故かお召しになれるドレスがございませんの。プリンセスが一枚もドレスをお持ちでないなんて事ありませんわよね? これじゃあ、そもそも明日のパーティに出られませんわ!」

 大公はびっくりしたようにメイドの少女を見たが、

「あ、ああ、そうか、ドレスか……。
 カロリーナの物でサイズの合う物が一枚くらいあるだろう……。
 すぐにメイドに用意させよう」

 早口でそうぼそぼそしゃべると、ティアラと扉とを交互に見て逃げるように去っていった。

(ドレスも妹のお下がりかいっ!)

 そうは思ったが、どのみち今からフルオーダーであつらえていては間に合わない。

「あ、失礼しまし――……、」

 カミルはティアラを返そうとファナに向き直り、途中で言葉を詰まらせた。

 推しが俯き肩を震わせていたからだ。

(な、泣いていらっしゃる……!)

 無理もない。
 訳の分からない父親が、祝いの言葉もなく歪んだティアラを押しつけて、挙げ句の果てに妹のお下がりのドレスを着ろと言い放って去っていたのだ。

「あ、あのっ、ファナティアス様……!」

 何と言葉を掛けて良いのか。
 迷うカミルに、ファナは顔を伏せたまま、

「……っふ……ふふふ……くふふふ……」

 ……笑っていた。

 一瞬あまりのショックで頭がどうかしてしまったんじゃないのかしらと、カミルは本気で心配した。

 だがファナは顔を上げると目元の涙を拭いつつ謝った。

「ご、ごめんなさい……! 私ね、お父様が入っていらっしゃった時誰だか分からなかったの。話している最中もずぅーっと違和感があって……。お父様ってこんなお顔だったかしらって」
「それって――……」
「でもね、最後の最後でやっと気付いたのよ。
 私の頭の中に居たお父様は、書庫の肖像画のお顔のままだったの。
 分かったら何だかもう、可笑しくて可笑しくて」

 ひとしきり笑った後、ファナは晴れやかな笑顔で言った。

「ここには、持って行きたい物も思い出もあんまり無いみたい」

 何かがふっきれた様子のファナに、カミルはほっと胸を撫で下ろした。
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