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11 ファナのささやかな復讐

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「パウダールームに行く前は、きつい香水の臭いだけだったのに。
 パウダールームで何があったんだろうねぇ?
 百歩譲ってファナティアスの匂いは分かる。でもヴォルフは? まさか胸元にキスすることを許したわけじゃぁないよねぇぇ?」

 レネの瞳が三日月形に歪む。

 カロリーナの顔色が、赤から青へと面白いくらいに変わった。

「ぐ……っ!!」

 まさか思いを寄せるゲオルグの目の前で「他の男といちゃついていた」と嘘を吐くわけにもいかない。

 カロリーナはドレスの胸元に手を突っ込むと、『誓いの宝玉オーブ』を取りだして床に投げつけた。

 跳ね返って転がるそれを、慌てて拾うファナ。

「大丈夫だよファナティアス。『誓いの宝玉オーブ』はダイヤより硬いからね」

 鶏肉をもぐもぐしているレネに、ファナは感謝の視線を投げた。

 一方のカロリーナは、

「だって欲しかったんだものっ!」

 言い訳にもなっていないことを叫んでいた。

「そんな汚いブローチいらないわっ!
 だいたい、アタシの方が似合うのに! アタシが着けてあげるって言ってるのに!」

 もはや支離滅裂である。

「カロリーナ」

 宝玉オーブを握りしめ、ファナが静かに妹に近づいた。

「いいのよ、カロリーナ。もういいの」

 そう言って、腕を広げさらに妹のそばへ。

 端から見れば、ファナが全てを許した聖母のような存在に見えただろう。

 だが、そうではなかった。
 ファナは、自分の血液が頭から一気に足元へと落ちていくような感覚に襲われていた。
 初めて感じる感情だったが、一拍おいて自分が「腹を立てている」のだと分かった。
 よってそれを、自分なりの行動で表わすことにしたのだ。

 ファナの思惑を覚ったカロリーナは、はっと身を固めて怯えた声で叫んだ。

「い、イヤよ! 何する気!? 近寄らないで! 気持ち悪いっ!」
「カロリーナ! なんてこと言うんだい!? 君の姉さんだろう!?」

 ゲオルグに咎められて、カロリーナは泣きそうな顔で彼を、辺りを見回した。

 だが、彼女の味方はもうどこにもいなかった。

「愛してるわ、カロリーナ。私の可愛い妹」

 そう言ってファナはカロリーナを抱きしめた。

「やめて!!」

 悲鳴に似た叫びと同時に、カロリーナの姿が変わった。

 艶やかに背中に流れていた髪の毛が、爆発したように縮れる。
 ビリビリと布が破れる音がして、ドレスの両脇とウエストが裂けた。下から現れたのは、今までの二倍はありそうなでっぷりと脂肪の付いた肢体。
 目は小さく鼻は低く、眉は太くなった顔には、そこら中に赤く膿んだニキビが出来ていた。

「まあ!」

 にっこりとファナが微笑む。

「ずいぶん魔術が上手になっていたのね、カロリーナ」

『吸魔の力』で魔力を吸われ、幻惑の術で取り繕っていた外見の本当の姿が現れてしまったというわけだ。

「……っぷ」

 誰かが吹き出した。
 それはもしかしたら、今まで蔑ろにされてきたこの城のメイドの誰かだったのかもしれない。
 だが犯人を詮索するより前に、ホール中が笑いの渦に包まれてしまった。

 ゲオルグも顔を伏せ肩を震わせている。

「…………っ!!」

 涙目になったカロリーナは、

「お、お母様に言いつけてやるんだからっ!」

 逃げるようにホールから走り去っていった。

「ファナちゃんの力凄いねぇ!」

 隣でヴォルフがにこにこ笑っている。
 もうすっかりご機嫌は直ったようだ。

「うわ~。『お義母さま・・・・・』が怖いから僕らも逃げようかぁ」

 食事に満足したのだろう。
 レネが棒読みでそう言って、カミルに視線を送る。

 こうしてファナは、わずかな荷物と染みの付いたドレスを持ち、深夜に喪服姿で、家族以外のパーティの招待客に見送られながら、産まれた故郷を旅立ったのであった。
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