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10 獣人の嗅覚

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 とにかく、いつまでも下着姿でいたくもないので、ファナはカロリーナが持って来た喪服を身にまとった。

 それから念のためと、二人でパウダールームの隅から隅までを探してみたが、宝玉オーブは出て来なかった。

 ファナが泣きそうな顔で肩を落す。

「ど、どうしよう……。私、ヴォルフに会わせる顔がないわ……!」

 そうこうしているうちに、心配したのだろう、扉の向こうにヴォルフがやってきた。

 赤毛の青年は、礼儀正しくノックをした後に、カミルに取り次いで貰う。

 笑顔を覗かせた婚約者に、ファナの瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。

「ご、ごめんなさい……! ヴォルフ……!」
「えっ? えっ? えっ?
 な、なんで泣いてるの!? ファナちゃん!」

 見かねてカミルがヴォルフにそっと耳打ちした。
 宝玉オーブが無くなってしまったのだ、と。

 それを聞いた瞬間。

 ヴォルフは無言できびすを返し、パウダールームから走って出て行った。

「……うおっ!?」

 開け放たれたままの扉の向こうから、レネの声がする。

 ひょっこり顔を覗かせた少年は、

「アイツ、凄い勢いで走って行ったけど。何がどうなってんの?」

 ただただあっけにとられたまま、オオカミを見送ってしまった少女二人は、レネに事の顛末を話した。

 顎に手を当てた少年は、真面目に考えるフリをしながらも、顔にはニヤニヤ笑みが浮かんでいた。

「ファナティアス、ホールに急いだ方が良いよ。君の腹違いの妹の喉を、君の婚約者が喰い千切ってしまうかもしれない」

 言われてファナとカミルは顔を見合わせ、慌ててヴォルフの後を追いかけた。

 その背に、

「面白くなってきたなあ」

 不謹慎なことを呟くレネが続く。

 ホールではヴォルフが今にもカロリーナにつかみかかりそうな勢いだった。

 騒然とする客人達の真ん中で、髪を逆立て目を怒りの炎に染めて、喉から低い唸りを上げている。

 今のところはまだなんとか、自分を抑えてくれているらしい。

 その様子にファナは覚った。
 ヴォルフには何か確信があるのだろう。でなければ、あんな風に怒りをあらわにするはずがない。

「『誓いの宝玉オーブ』を返せ……!!」

 ヴォルフの迫力にカロリーナは半歩後退るも、口だけはいつものままだった。

「あ、あら! それはわたくしを泥棒呼ばわりしているということですの!?」
「カロリーナ!」

 そこへファナが、妹と婚約者の間に割って入った。

 カロリーナを庇ったわけではない。
 ヴォルフを好奇の視線から守ったのだ。

 ファナの登場に、その恰好に、周囲がまたざわつく。
 そしてカロリーナに非難の視線が集まった。

 無理もない。「自分のドレスを貸してやる」と言っておいて、現れたファナが喪服姿だったのだ。
 しかも、名目上は彼女の婚約披露パーティであるのに。

 ゲオルグもまた驚いたようにファナを見て、それから自分の隣のカロリーナに眉をひそめる。

「カロリーナ、どういうことだい? ファナティアスのこの恰好……。
 それに彼女の『誓いの宝玉オーブ』を持っているのかい? あれが獣人ティーヴァルテイルにとってどんなに特別な物か、分かってやっているのか?」
「ち、違うんですっ、ゲオルグ様……! この獣風情の言いがかりですわっ! わたくしは何も……!」
「いやぁ~、言いがかりじゃあ無いんだよねぇ」

 飄々とした声がした。
 振り返れば、オードブルをぱくついているレネ。

獣人僕たちはさ~、君ら人間よりずぅ~っと鼻が良いんだよねぇ。
 でさぁあ、さっきから、君のその大きく開いたドレスの胸元から、ファナティアスとヴォルフガングの匂いがぷんぷんするんだよねぇ」

 レネは骨付きの鶏肉でカロリーナを指さした。

「パウダールームに行く前は、きつい香水の臭いだけだったのに。
 パウダールームで何があったんだろうねぇ?
 百歩譲ってファナティアスの匂いは分かる。でもヴォルフは? まさか胸元にキスすることを許したわけじゃぁないよねぇぇ?」

 レネの瞳が三日月形に歪んだ。
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