20 / 22
【おまけの話】
2 レネとカミルとマーマレード
しおりを挟む
「聞きましたよ、レネ様。ゆうべ、ヴォルフガング様とケンカしたそうじゃないですか」
翌朝。
紅茶を入れるカミルにそう告げられて、レネは頭をかきむしった。
艶やかな黒髪を束ねた黄色いリボンが、動きに合わせてひらひらと揺れる。
「うあぁぁ……! もう広まっているぅぅ……!」
「しかもファナ様を取り合って最終的に決闘に発展しかけたとか?」
「尾ひれ背びれどころか、存在しない角と翼がついているぅぅ……!」
母親に事情を聞いて真実を知っているカミルは、ただニヤニヤしながらその様子を眺めていた。
「てか、なんで君がいるの……!? ファナティアスの世話は……!?」
ジトッと見れば、メイドの少女は片眉を上げてみせる。
「ファナ様の朝のお支度はとっくに済んで、今頃は乗馬の訓練に行かれている頃です。
今何時だと思っているんですか」
そのセリフ、ゆうべ彼女の母親にも言われたな、とレネは内心で呟いた。
「だいたい、レネ様の目つきが悪いのがいけないんですよ。す~ぐ睨むから。もう他の子、恐がっちゃって恐がっちゃって」
当番を交換した友人が、ファナの部屋の掃除と洗濯はしてくれているはずだ、とカミルは言う。
入れてもらった紅茶のカップを片手に、レネは頬杖をついて彼女を見上げた。
窓から差し込んだ夏の光りが、カミルの白い肌と赤い目を照らす。グレーの長い髪がキラキラと輝いて、レネは純粋に、美しいなと思った。
(どこかで同じようなものを見た気がする。彼女と似た何かを)
それは好ましいものであったはずだ。
彼女が視界に入ると、嬉しいような気持ちになるから。
「君は恐くないわけ?」
尋ねてから、馬鹿なことを聞いたなと思った。
案の定、カミルは目をぱちぱちさせる。
「はあ?」
「ああ、ごめん。愚問だったよね。こんなに可愛いボクが恐いわけないもんねぇ」
ごまかすようにおどけてみせると、カミルは呆れたように少し笑ってくれた。
「俺、朝はコーヒー派だし、朝食は食べない派なんだよねぇ」
話題を逸らそうと、目の前に並んだトーストとサラダを見詰めて呟く。
「存じ上げております。でも、朝食は一日で一番大事な食事ですし、今日は紅茶です。
サラダにはレネ様の嫌いなトマトが入っていますけれども、用意してもらった物に文句付けてないで、さっさとお召し上がりになって下さい」
「ふ~ん」
言われてレネは、素直に紅茶を口元に運んだ。――カップで、浮かんでしまった笑みを隠すように。
「……俺の好みをちゃんと把握してるんだねぇ」
しかしその呟きは、カミルには届かなかった。
代わりに彼女は、トーストに添えられた小さな瓶を、こちらにずいっと差し出して言う。
「それに今日は、あたしの一押しのマーマレード付きです」
瓶の中には、宝石のシトリンのように黄金に輝くゼリー。
「マーマレードが好きなのかい?」
「まあ、ジャムもレモンカードもチョコソースも好きですけれど。一番はマーマレードですね!
マーマレードって、瓶に入ってたら全部同じに見えますけれど、本当はちょっとずつ違うんですよ。シロップみたいにサラサラしてるのとか、ただひたすらに甘いのとか。
あたしはほろ苦いのが好きなんですけれど、このお店のは味も食感も完璧なんです!」
「オススメです!」と、カミルは力強く宣言する。
「ふ~ん」
ファナティアス以外にも、彼女に好きな物があるなんて知らなかった。
瓶を手に取りつつ、レネはふと疑問を口にした。
「ファナティアスとは上手くいってる?」
「え? はい。そう思いますけれど……」
きょとんと首を傾げる少女に、レネは言う。
「彼女、獣人には中々理解があるみたいだよ」
いきなり目の前で竜の姿をとっても、ファナは悲鳴を上げたりしなかった。
それどころか、憧憬の眼差しすら向けてきたのだ。
「ファナティアスなら、君がどんな姿になっても受け入れてくれると思うけれど」
「う゛」
低く呻いて眉根を寄せて、カミルが探る様にこちらを見詰める。
「……まさかそれを確かめるために、ファナ様の前で本性現した訳じゃあないですよね?」
「ぐぅ……」
今度はレネが唸る番だった。
ゆうべのヴォルフの怒った顔が思い出される。
「……この話は止めよう」
「そうですね。それがよろしいかと思います」
レネは久しぶりにきちんと朝食を取った。
もちろん、カミルおすすめのマーマーレードをパンに塗って。
翌朝。
紅茶を入れるカミルにそう告げられて、レネは頭をかきむしった。
艶やかな黒髪を束ねた黄色いリボンが、動きに合わせてひらひらと揺れる。
「うあぁぁ……! もう広まっているぅぅ……!」
「しかもファナ様を取り合って最終的に決闘に発展しかけたとか?」
「尾ひれ背びれどころか、存在しない角と翼がついているぅぅ……!」
母親に事情を聞いて真実を知っているカミルは、ただニヤニヤしながらその様子を眺めていた。
「てか、なんで君がいるの……!? ファナティアスの世話は……!?」
ジトッと見れば、メイドの少女は片眉を上げてみせる。
「ファナ様の朝のお支度はとっくに済んで、今頃は乗馬の訓練に行かれている頃です。
今何時だと思っているんですか」
そのセリフ、ゆうべ彼女の母親にも言われたな、とレネは内心で呟いた。
「だいたい、レネ様の目つきが悪いのがいけないんですよ。す~ぐ睨むから。もう他の子、恐がっちゃって恐がっちゃって」
当番を交換した友人が、ファナの部屋の掃除と洗濯はしてくれているはずだ、とカミルは言う。
入れてもらった紅茶のカップを片手に、レネは頬杖をついて彼女を見上げた。
窓から差し込んだ夏の光りが、カミルの白い肌と赤い目を照らす。グレーの長い髪がキラキラと輝いて、レネは純粋に、美しいなと思った。
(どこかで同じようなものを見た気がする。彼女と似た何かを)
それは好ましいものであったはずだ。
彼女が視界に入ると、嬉しいような気持ちになるから。
「君は恐くないわけ?」
尋ねてから、馬鹿なことを聞いたなと思った。
案の定、カミルは目をぱちぱちさせる。
「はあ?」
「ああ、ごめん。愚問だったよね。こんなに可愛いボクが恐いわけないもんねぇ」
ごまかすようにおどけてみせると、カミルは呆れたように少し笑ってくれた。
「俺、朝はコーヒー派だし、朝食は食べない派なんだよねぇ」
話題を逸らそうと、目の前に並んだトーストとサラダを見詰めて呟く。
「存じ上げております。でも、朝食は一日で一番大事な食事ですし、今日は紅茶です。
サラダにはレネ様の嫌いなトマトが入っていますけれども、用意してもらった物に文句付けてないで、さっさとお召し上がりになって下さい」
「ふ~ん」
言われてレネは、素直に紅茶を口元に運んだ。――カップで、浮かんでしまった笑みを隠すように。
「……俺の好みをちゃんと把握してるんだねぇ」
しかしその呟きは、カミルには届かなかった。
代わりに彼女は、トーストに添えられた小さな瓶を、こちらにずいっと差し出して言う。
「それに今日は、あたしの一押しのマーマレード付きです」
瓶の中には、宝石のシトリンのように黄金に輝くゼリー。
「マーマレードが好きなのかい?」
「まあ、ジャムもレモンカードもチョコソースも好きですけれど。一番はマーマレードですね!
マーマレードって、瓶に入ってたら全部同じに見えますけれど、本当はちょっとずつ違うんですよ。シロップみたいにサラサラしてるのとか、ただひたすらに甘いのとか。
あたしはほろ苦いのが好きなんですけれど、このお店のは味も食感も完璧なんです!」
「オススメです!」と、カミルは力強く宣言する。
「ふ~ん」
ファナティアス以外にも、彼女に好きな物があるなんて知らなかった。
瓶を手に取りつつ、レネはふと疑問を口にした。
「ファナティアスとは上手くいってる?」
「え? はい。そう思いますけれど……」
きょとんと首を傾げる少女に、レネは言う。
「彼女、獣人には中々理解があるみたいだよ」
いきなり目の前で竜の姿をとっても、ファナは悲鳴を上げたりしなかった。
それどころか、憧憬の眼差しすら向けてきたのだ。
「ファナティアスなら、君がどんな姿になっても受け入れてくれると思うけれど」
「う゛」
低く呻いて眉根を寄せて、カミルが探る様にこちらを見詰める。
「……まさかそれを確かめるために、ファナ様の前で本性現した訳じゃあないですよね?」
「ぐぅ……」
今度はレネが唸る番だった。
ゆうべのヴォルフの怒った顔が思い出される。
「……この話は止めよう」
「そうですね。それがよろしいかと思います」
レネは久しぶりにきちんと朝食を取った。
もちろん、カミルおすすめのマーマーレードをパンに塗って。
13
あなたにおすすめの小説
愛しいあなたは竜の番
さくたろう
恋愛
前世で無惨に処刑された記憶を持つ少女フィオナは、今世では幼い頃から番である竜族の王に保護されて塔の中で大切に育てられていた。
16歳のある日、敵国の英雄ルイが塔を襲撃しにきたが、なんとフィオナは彼に一目惚れをしてしまう。フィオナを人質にするために外へと連れ出したルイも、次第に彼女に離れがたい想いを感じ始め徐々に惹かれていく。
竜人の番として育てられた少女が、竜を憎む青年と恋に落ちる物語。
※小説家になろう様に公開したものを一部省略して投稿する予定です。
※全58話、一気に更新します。ご了承ください。
政略結婚のはずでしたが、黒の公爵に「君を愛するつもりしかない」と言われました。
ちよこ
恋愛
没落寸前のエーデル伯爵家の令嬢ルイーズは、この国最大の権勢を誇る黒の公爵エルハルトと政略婚を結ぶことになった。
釣り合わない縁談に社交界はざわめいたが、ルイーズは「家同士の利害が一致した取引に過ぎない」と割り切っていた。
ところが初夜、公爵は開口一番こう言った。
「私は君を愛するつもりしかない」
政略婚のつもりでいた令嬢と、最初から決めていた公爵の、少し不器用な初夜の話。
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
愛のない白い結婚や契約結婚を疑っていた私が、完璧な夫と「本当の意味で」結ばれるまでのお話
ぜんだ 夕里
恋愛
しがない子爵令嬢のイヴが政略結婚で嫁いだのは、誰もが憧れる完璧な大公爵アダマン様。
しかし彼は、お世継ぎはコウノトリが運んでくると本気で信じている、とてつもなく純粋な人だった!
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
完結·婚約破棄された氷の令嬢は、嫁がされた枯れおじのもとで花開く
禅
恋愛
ティリアは辺境にある伯爵の娘であり、第三王子ガフタの婚約者であった。
だが、この婚約が気に入らないガフタは学園生活でティリアを冷遇し、卒業パーティーで婚約破棄をする。
しかも、このまま実家に帰ろうとするティリアにガフタは一回り以上年上の冴えないおっさん男爵のところへ嫁ぐように命令する。
こうしてティリアは男爵の屋敷へと向かうのだが、そこにいたのは……
※完結まで毎日投稿します
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿中
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
花瀬ゆらぎ
恋愛
囚われた弟を救うため、貧民育ちのリーゼは公爵令嬢になりすまし、騎士団長シルヴィオに嫁いだ。
彼女に与えられた任務は、夫を監視すること。
結婚後、新居で待っていたのは、「氷の騎士」と恐れられる無口な夫。
しかし──戦地から帰還した彼は、別人のようにリーゼを溺愛し始めて……!?
「あなたのことを考えない日は一日たりともなかった」
次第にシルヴィオに惹かれていくリーゼ。けれど彼女は知らない。この結婚には、さらなる罠が仕掛けられていることを。
守り守られ真の夫婦を目指す恋愛ファンタジー!
※ヒロインが実家で虐げられるシリアスな展開がありますが、ヒーローによる救済・溺愛へと繋がります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる