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眠り姫の家

その2

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 ……………

 ………

 …


 気が付くとまたあの家の中でした。
 これで4晩連続です。
 いいかげん飽きてきましたが……。

「神様の……家、ですかぁ」

 僕は呟きました。

 人でないものはもう懲り懲りなのです。

 たとえそれが金運をもたらそうとも!
 どんな願いも叶えようとも!

 ですから僕はここを動きません!

 どんなに退屈しようとも、目覚ましが鳴るまで、ひたすらじーっと息をひそめているのです!

 と決意した、その時でした。

 バターンっ!

 リビングの扉が勢い良く開きました。

 う、

「うわ出たあぁあっ!!」

 神様ですか!?
 神様ですね――……!?

「き、きぃゃあぁあ!!」

 ……って、あれ?

 僕の声に驚いたのか、相手はやたら可愛い声で叫びました。

 入って来たのは神様ではなく、僕と同い年くらいの小柄な女の子でした。

 え? あれ? えぇえっと……。

 予想外の出来事に、一瞬思考回路が停止します。
 出て来たのは何ともマヌケな言葉でした。

「……ど……どちら様ですか……?」
「あ、あんたこそ誰よ!」

 女の子は目に涙を溜めて、キッとこちらを睨みました。

 吊り上がり気味の大きな瞳と二つに結った髪の毛が、何だかウサギを彷彿とさせる子です。
 髪の毛にはピンクのシュシュを着けていて、僕が夕べ起きる直前にドアのすき間から見たのはコレだったのだ、と悟りました。

「あたしをこんな所に閉じ込めて、一体なんのつもりよ!? このヘンタイ!」

 え、えええ!?

「ご、誤解です!
 僕も眠る度にこの夢を見ているんですから!」

「……へ……?」

 女の子はパチパチと目を瞬かせると、急に勢いを無くして言いました。

「じゃ、じゃあ、あんたも被害者……?」

 はっきりとした被害を被った訳ではありませんが、

「ただの、害の無い小学生です」
「は……はぁ……」

 僕の答えに女の子は再び瞬きをすると、やっと肩の力を抜いてくれました。


       ***


「あたしはリセ。小5よ」
「では同い年ですね。僕はヒカルです」

 僕と女の子――リセは、リビングのソファーに座って自分達の置かれた状況について話しあっていました。

「あたしは、ここに来てからずーっと2階の子供部屋みたいな所にいたの。
 ここは日が暮れないから時間の感覚が無いんだけど、少し前にいい加減退屈になって下に降りて来たのよ。
 そしたらリビングで人影みたいなものを見て――……」

 それはきっと夕べの僕ですね。

「怖くなって一旦2階に戻ったんだけど、また物音がしたから、勇気を出して降りて来たのよ」

 話しを聞きながらリセの顔を見て、僕は何だか彼女に見覚えが有る気がしました。
 ですが、どこで見たのかどうしても思い出せません。

「ヒカルは……、」
「え?」

 僕の方の話しを聞き終えて、リセがぽつりと呟きました。

「……ヒカルは、ちゃんと目が覚めるのね」

 え?

「そ、それってどういう意味ですか……?」

 イヤな予感がします。
 まさか、リセは――…、

「言ったでしょ『ずーっと2階にいた』って。
 ……あたし、この家から出てないの。目、覚めないの」 

 ……そんな……!

 これが夢の世界だとして、ずっとここにいるということは、現実のリセの体は――……。
 眠り続けたまま……。
 もしくは――……。
 
 イヤな考えを頭から振り払おうとします。

 ですが、どうしても僕の思考はその可能性を拾ってしまうのです。

 つまり比喩で言うところの――……、

 ――――『永遠の眠り』

 僕のためらいを見透かしたかのように、リセは自嘲気味に笑うと言いました。

「……うん。そうなの。
 あたしもそれを考えてんだ。
 ―――現実のあたしは、もう死んでいるんじゃないかって――……」
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