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宇宙のリゲル

その5

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「説明の前に一つ確認したいのですが。楓さん、貴女の『宇宙のリゲル』は全編カラー……いえ、3色刷りではありませんか?」

 先生の言葉に、楓さんが雷に打たれたように体を硬直させました。

「そ、そうです!
 じゃあ、やっぱり存在するんですね!?
 お、大きさも、それより、」

 と、カウンターの上の少年マンガを指差して、

「二周りくらい大きくて……。
 わ、わたし、もしかしたら記憶ちがいをしているのじゃないかしらって……ずっと思ってて、で、でも、諦めきれなくて……!」

 動揺する楓さんを落ち着かせるように、先生は頷きました。

「『宇宙のリゲル』は、戦前に一度。戦後に二度。それぞれ出版社を変えて、書き直されています」

 そんなに!?

 え、ってことは、3バージョンの『リゲル』が存在するってことですか!?

「そのうち全編3色刷りで出版されたのは、戦前に出された貸本漫画のみです。
 ……しかし、」

 先生はそこで、眉間にしわしわを寄せました。

「これが手に入らない。
 巷に存在しない訳じゃありません。
 ですが、今持っているのはコレクターばかりです。
 売る気が無いから、当然とんでもない値段を付けてくる」

 先生は、お店の『リゲル』を愛おしそうに指で撫でました。

「そんなにレアになってしまったのには、理由が有るんです。
 第一に、貸本漫画ゆえ発行部数が極端に少なかった。
 第二に、戦火を逃れられなかった。これは不幸な事です。
 ですがもっと不幸なのは、第三の理由です。
 お上に目をつけられてしまったんですな……」

 オカミ?

「金髪・碧眼というアチラさん的な見た目の上、内容が《戦意高揚》とは掛け離れてますからね」

 先生の言葉に、楓さんは『なるほど』といった様子で頷いています。

 先生、さっきから僕だけ話しに置いていかれてます……。

 僕の視線に気付いて、先生は手元の『リゲル』を投げてよこしました。

 その裏表紙に粗筋が。

『度重なる戦争で、人の住めない死の星となった母星を捨て、リゲル少年はたった一人、暗黒の宇宙へと旅立って行く。
その果てに見えるのは、希望か、それとも――……』
 
 つまり、戦争のせいで故郷が死んじゃうとか、国を捨てて旅に出ちゃうとかが、《戦争ガンバロー!》的な政治に水を差すから、イケナイと。

 なるほど。やっと話しが分かりました。

 ですが、

「先生。
 楓さん、購入は無理にしても、どこかで見るだけ見れないんですかね?」

 具体的に言うならば《地下迷宮》とかで。

 僕の言わんとする事が分かった様で、しかし先生は、苦虫を噛み潰したような表情をしました。

「……この店には存在しないのだよ」

 含みを込めたその物言いに、僕は《地下迷宮》にも無い本があることを知りました。

「だが――……、」

 先生の苦渋の表情は、ますます深くなります。

「……心当たりは……ある……」
「え!?」

 パッと、楓さんの顔が輝きました。

 なあんだ! やっぱり先生です!

 ちゃんと解決策を用意してくれてたんですね!

 僕と楓さんは先生に付いて、その《心当たり》の場所まで行くことにします。

 お店を出るとき、先生がぽつりと呟いた言葉が、僕の耳に落ちてきました。

「……あいつには、頼りたくないんだよなぁ……」

 アイツ?

 ちらりと見上げた先生の顔が前にも増してヤツレていたので、僕は黙って後に付いて行きました。
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