勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

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第二章(下)

第6話

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前回のあらすじ、タイランが四天王に出会う。


「人間の死体いっ、魂の器っ!女神様から受け賜ったそれは地面に埋めなければならない!それを邪魔し、女神の像を傷つけるなど言語道断!」


老人はドミノ倒しのように言葉を次々と吐き、肩で息をする。そして、横たわる幼女に目を落としながら再び肩の辺りに触れようとする。


「さ、触らせねえって言ってんだろうが!!」


少女は我に返るように、老人を制しようと駆け出す。

その声に反応した老人が忌々しそうに少女をにらみつけると、何を思ったのか指を鳴らす。

その様子は、まるでスローモーションのようだった。

その音が合図になったかのように、少女の耳からは勢いよく血が吹き出し、まるで殴られたかのように後ろによろめく。


「耳鳴りがするじゃろう、鼓膜が破れたかもしれんな。空気の振動を増幅させてやったぞ、まあ、聞こえてはいないと思うが」


可視化される程に空気が震えるような、幻覚かも分からない現象を目にする。少女の体全体が大きく震え、気持ち悪い感覚に気を失いそうになる。


「こやつの埋葬を済ませたら次はお主を相手してやる。少し待っておれ...」


先程までの怒りはどこへやら、一時の休息を手に入れたかのように落ち着きはらう老人。

だが、そんな老人の長年の勘か、若い時よりも五感は鈍っているはずなのに、違和感に気付く。

老人の少ない髪が、幼女の髪が、服が、同じ方向へなびき、不自然に揺れている。


「なんじゃと!」


老人が慌てて顔を上げると、不自然さの正体に気がつく。

海老反りのまま後ろに倒れそうになっている少女は、右腕を真っ直ぐ前に伸ばし、静止していた。

そしてなぜか、その姿は歪んでいるようだった。

同じだ。空気の振動を操った老人だからこそ分かった。少女はどうにかして空気を操っている。


「砂ぼこりがああっ!馬鹿な!大剣持ちの能力は防御では無かったのか!」

「空気を消しつづければよお、周りの空気が真空状態になった場所を埋めようとするよなあ... こんな中で目を開けていられねえよなあ!俺には出来ねえ!」


老人は急いでローブを被り、涙で洗い流そうと袖でまぶたをこする。


「ジジイにも俺にも何も見えてねえけどよお、それでいいんだ... ああ、アン、生きていたんだな...」

「グフッ!」


小さな拳が老人のアゴを捉えた。勢いよく下から飛び出てきたのは、横たわっていた幼女の拳だった。

衝撃で、しゃがんでいた老人は大きく体を仰け反らせ、地面に仰向けに倒れこむ。


「ふふふ... 私、もう死んでるけどね」

「細けえことは良いんだよ。でも、さすがは死霊だな」


起き上がった幼女と顔を見合わせると、両者ともに、自然と柔らかい笑みがこぼれる。

だが、老人がゆっくり起き上がろうとするのを確認すると、血相を変え、少女は走り出す。

老人は手に白い何かを取り出し、少女に向ける。


「また音でも鳴らすってのか!無駄だぜ、来るのが分かっていれば振動する空気ごと消してやるよ!」


少女はにやついた顔で減速をせずに走り続ける。

老人まであと数メートルといったところ、少女は初めて、老人の手に握られていた物の正体を理解する。

その手の、小さな手鏡が、太陽の光を跳ね返していた。


「うおおおお!」

「光とは、振動じゃと、この能力が教えてくれた... 光度を増幅させてやれば、目が焼けるような感覚に陥るじゃろう...」


*********


「待って... ちょっと待ってくれ...」


絶賛ランニング中の俺達。ただいま待ち合わせの噴水の場所まで向かっている最中だが、とにかく息が続かない。


「なんですか?またおんぶでもしてやりましょうか?」

「リ、リリーさん。おんぶでしたら私の方が適任かと... 」


待て、街中でそんなにおんぶを連呼しないでくれ。めっちゃ白い目で見られるし、万が一スズにおんぶしてもらったら俺の俺がもげる...


「この分だと、到着するのは良いところ待ち合わせ時間十分前ってところでしょうかね... もう少し早く走ってください」

「む、無茶言うなよ!大体、この辺は人力車とか馬とか走ってないのか」

「そ、そういうものに乗るくらいでしたら、皆さん走ったほうが煩わしくないので...」


異世界のシステムが俺を殺しにかかっている... 


「すまない... だめだ、ちょっと休憩... 」


真面目に横腹と足が限界に来たので民家の壁にへたりこむが... 


「ゆ、勇者様... 失礼しますね」


見上げるとスズの顔がすぐ近くまで来ていて... 俺の腰の辺りに手を回し... かつぎ上げる。

ぬおう!待て!待ってくれ!


「分かった!走る!走るからおろしてくれ!」

「スズ、スピード上げますよ」


無様にも手足をはためかせるが... スズの力の前では無力で...

うわああああ!いやだ!街中だぞ!視線があるんだぞ!


*********


少女は減速はせず、慌てて目を手で覆う。すでに視界は真っ白に包まれていたが、直感的に老人が近くにいる事は分かり、手当たり次第に拳を振るう。が、老人には当たらない。


「ひとまずこれで良いじゃろう... だがこの女は治療役ではないな、近づいて攻撃を喰らうのも面倒じゃ... 仲間も来ておるようじゃし、今日の所は一旦退くとしよう」

「タイランお姉ちゃん!右だよ!」

「おやおや、危ないのう」


老人の声のする方向を攻撃しても、軽々と避けられる。足音のする方を追いかけるが、それの方向も操作されているようで、老人の掘った穴につまづき、少女は体制を崩す。

受け身を取れなかったので体が痛むが、なんとかして起き上がる。

その頃には、もう足音も、老人の気配も感じられない。


「ジジイがああ!!絶対に許さねえ!」


雄叫びのようなものを上げながら怒りの矛先を地面に向け、ヒビが入るのではと思うほど何度も強く叩く。


「アン!ジジイはどっち行った!」

「タイランお姉ちゃん、落ち着いて... 」


突如、肩にそっと手が置かれる。幼女のいる方向からではなかったので反射的に拳を振るうが、乾いた音ともに、柔らかい手のようなもので受け止められてしまった。


「タイランお嬢様、落ち着いてください。敵ですか?」

「メイか!多分四天王だ。老いぼれた人間のジジイだよ!」


視覚で捉える事は出来ないが、聞きなれた声に落ち着く。


「スズの情報が漏れている。奴は暗殺紛いの事が出来るから、このままだとスズが奇襲されるぞ!」

「承知しました、ご無事の様で何よりです。あと十分ほどすればスズ様達と合流出来ますので、ここで待機を...」


再び、乾いた音が周囲に鳴り響く。

大剣持ちの少女がメイド服の少女に拳を振るうが、再びそれを片手で受け止められる。


「待機だあ...?メイ、よく考えろよ。一日かけずに俺たちまでたどり着いた敵だ、スズを探すのだって難なくやるだろうよ。また向こう側から来るのを待つのか?いつ来るんだよ。明日か明後日かなんて分からねえんだぜ」


メイド服の少女に握られた拳を素早く開き、メイド服の少女の手首を掴む。


「今だよ。今、奴を叩くんだ。アンが逃げた方向を見ているし、敵はたった一人だ。主人からの命令だ、ここでアンを見ていてくれ」


徐々に視界は戻ってきているが、まだぼやけている。掴んだメイド服の少女の手を自身に引き寄せ、顔と思わしき場所を見つめ、答えを待つ。


「いつだって勝手なお方です... 」


それは、か細い声だった。


「... タイランお嬢様、今タイランお嬢様がご覧になっていらっしゃるのは私の耳です。私からの、メイからのお願いを、お聞きになってはいただけませんか?お願いいたします、ここでお待ちください。タイランお嬢様のお力を疑っているわけではありません。お三方と勇者様の力ならば、必ず四天王を倒せると存じております」


声が震えている。メイド服の少女の、自身の従者の顔が、見えない。今彼女はどんな顔をしている?自分は彼女をどんな気持ちにさせている?


「ですから... ご自身の命を賭さず、どうか、どうか...」


冷たい雨水が数滴、自分の手に落ち、甲をつたっていく。どうしてか、体の奥の底から涙がこみ上げてくるし、何か喋ろうにも、震えた、濁った声しか出せないような気がする。

今、自分はどんな顔をしているのだろう?


「っ... も、申し訳ございません、出過ぎた真似でした。アン様、そちらに刺さっている大剣を持ってきては頂けませんか?」

「うん、良いよ」


まだぼやけてはいるが、メイド服の少女が何か小さい物を差し出しているのが分かる。


「タイランお嬢様、こちらをお飲みください。アン様もどうぞ」


手に取ると、ほんのり冷たい、使い捨てのコップであることが分かる。ゆっくりと口に運ぶと、甘酸っぱいサラサラの液体が、舌を刺激する。胃がきゅっと引き締まる感覚を覚えながらも、構わず中身を一気に流し込む。


「っはあ... サンキューなメイ。でも、俺が負けるわけが無いってのは知ってるだろう?」

「... 」


心のモヤモヤとした曇りが、飲み干した液体で流れたような感覚だった。何か悩んでいたような、自身の手が濡れているのは、このコップに付いた水滴のせいだけではないのではないか。そんな気持ちの悪い感覚も、時間と共に消え去っていく。


「俺のことをこんなにも想ってくれる従者がいるのに、こんなにも可愛いメイドがいるっていうのによ、負ける戦いなんかに挑むわけがないだろ?」




ーーーーーーーーーー


タイラン描いてみた!


いいねボタンを押していただけると、作者の心にちょっとした平穏が訪れます。

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