勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

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第三章(下)

四天王戦Anotherーその2

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前回のあらすじ、リリー対カズ王子。


「さあお姉ちゃんたち、第二回戦の開始だよ!」


見上げる程高い位置に立っているアンは、大きく杖を振るった。

すると細いながらも真っ直ぐなツタが辺りに大量に生え、タイランやメイの身長を軽々と追い越す。


「ふふふ、私から離れた所に生えるツタが弱かったとして、もしもそれがたくさんだったら?しかも、もしもそのツタから、危ない香りがしたら?」


ツタから危ない香り?確かにほんのりと甘い香りが...


「メイ、へっぽこ。分かってると思うが吸うんじゃねえぞ」


タイランが手を掲げ、俺たちに注意を促すが...

やべ、ちょっと吸っちゃった。そういえば頭がふわっとして眠くなってきた...

っ!

タイランが空気を消してツタやツタから出る香りを消し去ろうとしているようだ。ほとんどの細いツタはしっかりと根を張っていないのか、引き抜かれ、タイランの手に触れると消える。

そんな空気の流れにはっとさせられ、はっきりとした意識が戻る。ひとまず呼吸を止めよう。


「ふふふ、タイランお姉ちゃんの能力も結構強いね。でも、そーれ!」


タイランがツタを消すが、アンが微笑み、杖を振ると、同じようなツタが次々と生えてくる。


「タイランお嬢様。勇者様のご様子から察せられますに、睡眠作用の高い香りと存じます」

「そうかメイ、呼吸を止めたままでいろ、もう喋らなくて良いぞ。あと何分持つ?」


メイは三本の指を立てる。

三分か。俺は動いていないが一分半持つか怪しいな...


「よし三分だな。へっぽこ、てめえには超重要な任務を与える!」


タイランがいつもの笑顔を俺に向ける。

ちょ、超重要な任務!?


「精一杯逃げろ!」


逃げ... る?

思考が一瞬停止するが、次々と生えてくるツタが視界に入ってくると、ハッと我に返る。

確かに能力は発動させたいが死にたくはない。能力も身体能力も無い俺にこの状況に対応できない... 


「に、逃げます... 」


**********

目から涙を流し、目を瞑ったまま二本の投げナイフを構えたちんちくりんな少女と、右腕と肩から血を流し、左手に剣を構えたローブの男は向かい合っていた。

両者ともお互いの出方を伺っており、ただ静かな時が流れるだけだった。

そんな中、先に動いたのはローブの男だ。

呼吸を止め、少女を中心に、円を描くよう音を立てずに少女の右側を取る。

その動きに少女はびくともせず、全く反応しない。少女は前を向いたままだ。

そんな少女の様子に、ローブの男は少し安心をする。そのまま、音を立てずに、ゆっくりと剣を少女の方に進める。

残りわずかで少女の脇腹に突き刺さるだろうといったところ、今まで静止していた少女は急に動き出す。


「ぐうっ!」


少女は瞬時にローブの男の革靴にナイフを投げ、靴を貫通させそれを地面に固定させる。そしてローブの男から距離を取るように跳躍しながら、残ったもう一本をローブの男の手元に投げつけるが、これは剣で弾かれてしまう。


「ち、小さく呼吸をしてしまったかな?それともなにか別の... 」


ローブの男は仮面の中、苦痛の表情を浮かべながら革靴からナイフを引き抜き、地面に捨てる。

ローブの男は少しも呼吸を漏らさず、更に靴と地面が擦れる音も出さなかったはずだ。傷を負った足の痛みからか、それとも少女が自身の場所を当てた方法が分からないからか、ローブの男の仮面の奥の額に、うっすらと汗が浮かぶ。

少女自ら距離を取ったはずなのに、少女は今全く関係のない場所を見ているはずなのに、ローブの男の目には、なぜか先ほどよりも彼女が大きく映る。


「どうしましたか?もしかして、動揺しているのですか?」


少しがたじろぐ男だったが、再び少女に少し近づき、背後に回る。呼吸は止めている、足音も立てていない、なにより少女からの反応が無い。今度こそ... 

またもや剣を少女の脇腹めがけて進めるが、少女がいきなり前に一歩踏み出したかと思うと、後ろに回し蹴りを放つ。

ガキン...!


その蹴りは剣の中心を捉え、不意を突かれたローブの男は剣を手放してしまう。追い打ちにと少女がナイフを投げるが、これはしっかりと開いた手で捉えられる。


「分からないな。どうやって僕の位置をつかんでいるんだ?」


ローブの男はゆっくり少女から距離を取り、わざと足音を立てながら、少女を中心に円を描くように剣に近づく。

剣までの道中、ローブの男は身をかがめ、足元の土を左手で少しすくう。


「剣の位置は分かっているんですよ」

「そうなんだろうね」


ローブの男は立ち止まり、少女を観察する。自身の位置を少女に明らかにしているが、少女は剣の方を向き、静止している。もう剣は握らせないといった姿勢だ。


「何を企んでいるのかは分かりませんが、ぶっ潰してやりますよ」


目を瞑ったまま、笑顔で煽ってくる少女。

立ち止まっていたローブの男が動く。

呼吸を止め、剣の方に向かって音を立てずに歩き出し... 手に持っていた土を少女の顔めがけて投げる。

ドッ!パラパラ...


「っ... 土、ですか。汚いですよ」


土は少し湿っていて、少女の顔から少しずつ落ち始める。その様子を確認すると、ローブの男は剣から離れるように逆回りに進む。少女の背後を取った。

瞬間、少女は落ちている剣に向かって... 男とは真反対の方向に向かってナイフを投げる。

そのナイフを投げる予備動作は、ローブの男が仕掛けるには十分の隙だった。ナイフが素直に地面に刺さった事を少女が理解すると、慌てて自身の背後に向かってナイフを投げるが一手遅い。

ローブの男は少女が伸ばした手を掴み、自身に思い切り引き寄せる。その勢いのまま、空いている負傷した腕で少女の腹に拳を放つ。


「かはっ... 」


少女の体が少し地面から浮く。


「なにを頼りにしているのかは分からない。だが少なくとも、それが音であることは分かったよ。それも、極めてかすかな音だ。小さな土の塊が地面に落ちる音に負けるほどに、ね!」


少女が空いている手でナイフを刺そうとするが、ローブの男はいち早く掴んだ手を引っ張り、自身の方に少女の体を寄せ、体勢を崩させる。


「くっ」


そのまま足を少女に引っかけ、自身の体と共に転ばせる。そして地面に、少女が上を取るよう、仰向けに寝転がる。

寝転がる瞬間、ローブの男は自身の右腕を、少女の脇の下から通し、手のひらで首を掴んで絞める。そしてローブの男は自身の左腕で、少女の両腕を上げたままにさせ、動きを制限する。少女の両腕は上げさせられたまま、手の部分はローブの男の肩の部分にダランと垂れた状態だ。


「さあ、今度は逃げられないよ。ナイフも持っていないし、僕の勝ちだね」

「ぐっ... !はっ、はっ、がっ!はあっ... 」


少女は顔を真っ赤にし、口を大きく開ける。足を、首を、上がった腕を、ジタバタと動かしたり、腰を捻ったりするが、ローブの男の力が強い。少女は逃げられない。


「君は強すぎるんだ。こうやって絞め落とさないといけないね」

「くうぅぅぅ... !」


段々ともがく速度が落ち... 少女は観念したように、苦しそうな顔のまま動きを止めてしまう。


「ん... ぐ、こ、え... ます... 」

「どうしたんだい?何か言いたそうだね」


その少女の声は、とてもか細いものだった。


「どう、しても、人は... 脈拍を、止め... られません... ぐうぅう!」


ローブの男はより一層首を強く絞める。


「そうだね、それが出来るのはアンのような死霊くらいだ」

「少し、遠くからでは... うっすらとしか、聞こえませんが... こうすると、はっきりと... 聞こえますね... もう少し心拍数が上がれば、もっとはっきりと聞こえるのですが... 」


ローブの男は動じない。次の言葉を待ってはいるが、首を絞める手は決して緩めない。


「それぞれの、血管の位置... それさえ分かれば、大体の神経の位置... 筋肉の位置も、分かります... 」


ローブの男はまだ動かない。一つ一つの言葉を反芻し、理解しようとするが、ローブの男には分からない。

この状況で彼女が何を自分に伝えようとしているのか、この状況から彼女が逆転する方法があるのか。

両手にナイフは握られていない。自身は彼女の両脇の下に腕を通し、彼女の両腕を上げて動きを制限しているため、太もものホルダーからそれが抜けないからだ。

女である彼女は、自身よりも力が弱い。大剣持ちの少女や、男の妹は別とし、自身には、彼女をしっかり押さえつけられるだけの力がある。


「まだ... 分からないのですか?心拍数が... ゆっくりとしか、上がっていませんよ?」


仮面の奥の額は汗でいっぱいだ。自身は確実に彼女に勝っているはずなのに、彼女はそれを認めていない。


「教えて、あげます... 」


その時点でローブの男は腕を緩め、彼女を解放するべきだった。


「あなたの... 首ですよ」


ローブの男の心拍数が急激に上昇した。

素早く動こうと力を入れるが間に合わない。

少しでもローブの男の体が動く前に、少女の上げられた腕は素早く下ろされ... 男の後ろ首をトンと優しく叩く。

瞬間、男の全身から力が抜け、少女は反動で前に倒れる。


「はっ、んぐ... けほっ、けほっ... くっ... 」


ようやく解放された少女はたっぷりと十数秒程咳き込み、呼吸を整える。


「っはあ、はあ... 二度も... 二度も、思い切り首を絞めましたね... レディーに対する仕打ちではありません」


落ち着いてくると、少女ははっと何かに気付く。

そして目を瞑ったまま男の方に顔を向け、ため息をついた。


「やはり、視覚無しでは的確な位置には当てられませんか」


ローブの男はだらしなく立ち上がり、少女を見下ろしていた。

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