魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

文字の大きさ
30 / 127

コミュ力①

しおりを挟む
 
 雨が降りそうだと雲に覆われた外を見ながら洗濯物を持って歩いていると、いつの間に背後にいたのかすぐそばで声をかけられる。

「持とう」

 朝から美声を響かせるディートハンス総長の手が背後から伸びてきて、綺麗にして届けられた制服が入った袋を私から取り上げた。

「あっ」
「何だ?」

 今日も任務失敗だと、複雑な気持ちで高い位置にある頭を見上げる。
 本日も麗しく神々しいご尊顔が、がっちりむちむちというわけではないけどしっかりした肩幅や筋肉美の長身の上に相変わらずの無表情でそこにあった。

 総長が持つと大きなかごも普通のサイズに見えてしまうのは、身体的な違いもあるけれど片手でひょいっと持つその姿のせいだろう。やはり圧倒的に力が違う。
 それでもいつまでも甘えてばかりはと、私は言葉を続けた。

「その、自分でも持てますよ?」

 控えめながらに訴えている間に、ディートハンス様は一定の距離をあけて歩き出す。
 当初あった五メートルの距離は、今は手一本分くらい。近づいても今みたいにさっと離れてしまうが、確実に距離は縮まった。

「以前、それで転びかけていた」
「あ、あれは足元が見えなかったのと思ったよりも重かったので」

 伯爵家にいた時はかなり動いていたので体力はあるほうだと思っていたけれど、掃除以外の力仕事はしていなかったので、腕の力があまりなかった。
 伯爵領で行っていた魔石採掘も、周囲には驚かれていたけれどなぜか私は軽くスコップで掘り起こすだけで見つけ出してしまうので力を込めたことはない。
 ここの人たちは騎士で力もありひょいっと思いものを持ち上げるから、自分もとなぜか錯覚してしまったのもあるだろう。

「こういうのは得意な者がやればいい」

 あの日から、ディートハンス様は必ず寮にいるときは声をかけてくれるようになった。
 そして、口数が少ないながらさりげなく手伝ってくれる。

 孤高と名高い総長様は周囲の様子をよく見ており、彼本人はさほど周囲にどう思われていようが気にしていないように見受けられた。
 今もそれだけ言うと、前を向いて歩いている。私が答えても答えなくてもどっちでもよさそうだ。

 まっすぐ伸びた大きな背中を眺めながら、私は小さく苦笑した。
 総長にとってはこれもただそこにいたから手伝っただけ。仕事に大小は関係ない。それ以上でも以下でもなく、見返りを求めるための行動ではない。

 ――不器用というか。

 ただただまっすぐで優しい。そして、強いなと思う。

 洗濯物を持つくらい総長からすればさほど労力のかからないことかもしれないけど、それが戦場でも先ほどの言葉の通り『得意な者がやる』であっさりと制圧を成し遂げてしまうのだろう。
 誰よりも高みにいる孤高の存在でありながら、騎士たちにとても慕われている理由が日常の些細なことでも感じ取れ、もれなく私もディートハンス様を尊敬するひとりとなった。

「ありがとうございます。では、セルヒオ様の部屋までよろしくお願いします」

 ここから一番近い赤茶色の髪のセルヒオ様の部屋を指定する。
 ディートハンス様自身はできるからするでも、私としては偉大な総長様のお手を煩わせてしまうことに気は引ける。

 けれど、言い合うことのほうが煩わせてしまいそうでディートハンス様にはあまり強く言えない。
 あと、他の騎士たちはあまり頑なに仕事だからと私が断ると悲しそうな顔をするし、一層何か手伝おうとしてくる。

 それとともに、私が来てから快適になった、居心地がよくなったと毎回褒めなければならないのかというほどやたらと褒められる。
 頼むもなにもこちらがお世話になっている身なのだと告げるのだけど、そう言うたびに微笑ましげな眼差しで見つめられるのだ。あと、以前にも増して食べ物を渡される。
 食べきれないかが心配だと漏らすと、日持ちをするものを渡されるようになったので、もらうのは変わらないままだった。

しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那
恋愛
 聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。  というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。  そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。  残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?  レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。  相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。  しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?  これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。 ◇◇◇◇ お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます! モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪ ※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。 ※完結まで執筆済み ※表紙はAIイラストです ※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

【完結】余命半年の元聖女ですが、最期くらい騎士団長に恋をしてもいいですか?

金森しのぶ
恋愛
神の声を聞く奇跡を失い、命の灯が消えかけた元・聖女エルフィア。 余命半年の宣告を受け、静かに神殿を去った彼女が望んだのは、誰にも知られず、人のために最後の時間を使うこと――。 しかし運命は、彼女を再び戦場へと導く。 かつて命を賭して彼女を守った騎士団長、レオン・アルヴァースとの再会。 偽名で身を隠しながら、彼のそばで治療師見習いとして働く日々。 笑顔と優しさ、そして少しずつ重なる想い。 だけど彼女には、もう未来がない。 「これは、人生で最初で最後の恋でした。――でもそれは、永遠になりました。」 静かな余生を願った元聖女と、彼女を愛した騎士団長が紡ぐ、切なくて、温かくて、泣ける恋物語。 余命×再会×片恋から始まる、ほっこりじんわり異世界ラブストーリー。

契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています 

さくら
恋愛
――契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています。 侯爵家から追放され、居場所をなくした令嬢エリナに突きつけられたのは「契約結婚」という逃げ場だった。 お相手は国境を守る無骨な英雄、公爵レオンハルト。 形式だけの結婚のはずが、彼は不器用なほど誠実で、どこまでもエリナを大切にしてくれる。 やがて二人は戦場へ赴き、国を揺るがす陰謀と政争に巻き込まれていく。 剣と血の中で、そして言葉の刃が飛び交う王宮で―― 互いに背を預け合い、守り、支え、愛を育んでいく二人。 「俺はお前を愛している」 「私もです、閣下。死が二人を分かつその時まで」 契約から始まった関係は、やがて国を救う真実の愛へ。 ――公爵に甘やかされすぎて、幸せすぎる新婚生活の物語。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

処理中です...