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コミュ力②
しおりを挟む正直、可愛がられている自覚はあった。妹枠? なのか、三十五歳だというアーノルド団長からすれば下手をすれば娘のように思っているのではと思うほど私を見る目はいつも温かい。
素直に甘えるのもここで働くためには必要なことなのではと少し諦め、少し慣れてきた。
寮での働き方や騎士たちに慣れてはきたけれど、正直、伯爵家とはあまりに違いすぎて、その優しさにそわそわしてしまう。
今もむずむずする口をきゅっと一度引き結び、どんな顔をしていいのかわからず頭を下げる。
「ありがとうございます」
「まだあるだろう?」
「いえ、ここまでで」
セルヒオ様の部屋に置いても渡してもらえないので、私は両手を出してちょうだいアピールをしてみたけれど、軽く首を振られて却下される。
「遠慮するな」
まさかの申し出に両手を広げたままディートハンス様を見ると、アンバーの瞳でじっと見つめ返される。
何も言わずに見つめ合うこと十秒ほど、私は根負けした。
表情はほとんど変わらないしそこまで感情を出しているわけではないのに、理知的な光を含んだ切れ長の瞳は底が読めない深みがあった。
その双眸で見つめられると押し負けてしまう。私が考えたことも見透かされ、それを凌駕されそうなほど力強い。
ここ最近では魔力のことよりも、このじっと見つめられる双眸のほうが気になって仕方ない。そわそわがさらに大きくなった。
「ええっと、でも、……あっ、お仕事のほうが大丈夫でしたら」
断ろうとすると、わずかに眉尻が下がったので慌ててお願いするとディートハンス様は小さく口の端を上げた。
よくよく観察していないとわからない反応だけど、じっと見つめ合っての会話なのでわかる。
「何もなければ昼に一度顔を出すだけだ」
ぽつと先回りするように告げられれば、それ以上は言えない。
「それでしたら……」
騎士団総長様にこのような仕事を手伝わせて大丈夫なのだろうかと不安はあるけれど、本人からの申し出で了承するとちょこっと口の端が上がっているような嬉しそうなのが断る勇気をくじかせる。
幸い、この寮に顔を出すのは限られた人ばかりなので、ディートハンス様のしたいようにしてもらうのが一番なような気がする。
威厳だとか、総長らしさだとか、今この瞬間は関係ない、はず……。
醸し出す空気がやはり特殊だし、あり得ないほどの美形と孤高の気高さと強さを持つ相手を前に、いつも悩みながらも私は最後には流されていた。
相変わらずある一定の距離をあけながら横に並び、無言が続く。
――こういったときって何を話せばいいのだろう……。
屋敷を出てからコミュ力のなさを痛感する日々だ。
優しく接してもらえればもらうほど、その気持ちに応えたくて何か話さなければと思うのだけど何を話したらいいのかわからない。
伯爵家ではベンジャミンや伯爵夫人相手ならどうやって機嫌を損ねないか考え注意深く言葉を発していたし、使用人含め誰が夫人と繋がっているかわからなかったので最低限の会話のみを心がけていた。
何も気にせず話すって、何もないと難しい。
以前、天気がいいですねと話を変えてみたら、「ああ」の一言で終わったのでそれもできない。
総長自身も話すほうではないのでそれからずっと無言で、手伝ってもらってお礼を伝えるだけで終わってしまい申し訳なくなったのだ。
無理に話さなくてもいいのだろうけれど、やはり無言のままというのはまずい気がする。
そんなことを考えながら、結局ろくな会話がないまま最後まで付き合ってもらい礼を言うだけで終わる。
「……今日もまともに話せなかった」
用が終わるとさっさと立ち去るディートハンス様の背中を見送り、せっかく手伝ってもらったのに気の利いた会話もできなかったと私は肩を落として落ち込んだ。
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