魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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◇守りたい sideディートハンス①

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 赤みを帯びた満月がくっきりと空に浮かぶ。
 異様に大きく存在を主張するそれは、人智では手に負えない何かが動く予兆のように思えた。それが吉兆となるか、凶兆となるかは誰にもわからない。
 ただ、いつもと違う色を帯びる満月の夜、新たな魔物が生み出されると言われていた。

 机上に腰をもたせかけ、ディートハンスは腕を組み静かに月を眺めていた。
 風は吹いていないはずなのに作り物めいた歪んだ独特の匂いがするようで、明けていた窓を閉める。

 整備し管理された王都は田舎に比べるとえたような匂いがする場所は少なくなった。その分、渦めく欲望の匂いが際立つようでさやかとは言えないこんな夜には無性に鼻についた。
 こんこんと扉をノックする音に入るように応えると、待っていた人物が姿を現す。

「お呼びでしょうか」
「ああ。今日ミザリアを診たと聞いた。詳しく話してくれ」

 ユージーンに座るように指示し、ディートハンスは彼の前に移動し足を組んだ。
 本格的にミザリアの魔力や体調を調べる席に可能ならば参加したかったが、外せない会議がありできなかった。
 報告は人伝に受けていたが、ユージーン本人から直接聞きたかったのだ。

 ユージーンは予想していたのか、金茶の瞳をやや細めるだけでははっと笑った。

「ご執心ですね」

 茶化すような言葉にひと睨みすると、ユージーンは肩を竦め表情を改める。

「わかりました。彼女は最初の見立て通り魔力はうっすらとしかありませんでした」
「枯渇状態ということだったがそれは?」
「そこは不思議なくらい問題はないようです。それを踏まえた上で専門の者たちにも診てもらいましたが痩せすぎている以外はいたって健康のようです」
「そうか……」

 ディートハンスはほっと大きく息をついた。
 魔力に関することは、ユージーンの発言を誰よりも信頼している。
 魔法の威力が最強なのがディートハンスなら、魔法の扱いについて誰よりも優れているのがフェリクス。そして、最も魔力の在り方や状態を把握できるのがユージーンである。

 ミザリアはここに来てから大分肉はついたがまだまだ細い。
 伯爵家での境遇や毒を盛られそうになっていたことも含め、どのような影響で害されているかわからずあらゆる可能性を考えないわけにはいかない。

 もしかしたら彼女は――、それに――、と思考はとりとめないけれど、ディートハンスはミザリアに笑っていてほしかった。
 確信は持てなくて、だからこそ、どちらにしろとこの寮の大事な仲間だと認めている以上、彼女には心身ともに憂いなく過ごしてほしい。

「俺も聞きたいことがあります。確かに俺はあなたたちの相性には興味がなく中途半端などっちつかずの気遣いが蔓延するのはよしてくれと言いましたが、あれだけ頑なで慎重だったのに触れるまでに至るとは。どういった心境の変化ですか?」

 さてどうしたものかと思案する。
 本人が宣言しているように、ユージーンは人の付き合いやそこにある感情にさほど興味はない。ならば話しても問題ないかとありのまま告げた。

「……………………触ってほしいと彼女にお願いされた」

 やや思考している間に、勝手にグラスに入れたジュースを飲んでいたユージーンはそこで盛大に噴き出した。

「ぶほっ」

 ディートハンスは、部下の口から出されたしぶきにすかさず氷の魔法をかけ凍らせる。アーノルドといい、口に物を含んでいたら噴き出すのが流行りなのか。
 ぱらぱらと落ちるそれを払い落とし、言葉を続ける。

「役に立ちたいのだそうだ」
「ああー、普通に続けるんですね。なるほど。良かったじゃないですか」

 ごほごほと咳をしながらのユージーンの言葉に、ディートハンスは頷いた。

 ユージーンに難儀だと言われるほど、魔力に関してディートハンスはどうしても相手に影響を及ぼすほうになるため慎重になってしまう。
 魔力反発を起こして倒れる可能性もあるとわかっていて事情を知ってもなお、力になるために、ディートハンスの憂いを少しでも除けるならとミザリアから一歩踏み出してくれた。

 嬉しかったのだ。
 彼女が自分を見る眼差しから、頑張りたい、役に立ちたいと純粋な思いだけが伝わってきた。

 虐げられながら懸命に生きてきたミザリアは、役に立つことにこだわっている節があった。
 どれだけ周囲が嗜めても任された仕事以上のことをする。
 常に廊下はぴかぴかであるし、相手との距離の取り方もうまく不快にならない範囲で観察し、食事の皿を引き食後のコーヒーを出すタイミングも絶妙だ。

 それらは彼女の本質でもあるだろうけれど、やけに完璧であろう、役に立とうとする行動は、今まで周囲を窺いながら過ごしてきただろうミザリアの過酷な環境をどうしても考えさせられた。
 その姿を見て、無性に守ってやりたくなった。人に任せたりせず己の手で。そのためには自分も一歩踏み出す必要があった。

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