38 / 127
◇守りたい sideディートハンス①
しおりを挟む赤みを帯びた満月がくっきりと空に浮かぶ。
異様に大きく存在を主張するそれは、人智では手に負えない何かが動く予兆のように思えた。それが吉兆となるか、凶兆となるかは誰にもわからない。
ただ、いつもと違う色を帯びる満月の夜、新たな魔物が生み出されると言われていた。
机上に腰をもたせかけ、ディートハンスは腕を組み静かに月を眺めていた。
風は吹いていないはずなのに作り物めいた歪んだ独特の匂いがするようで、明けていた窓を閉める。
整備し管理された王都は田舎に比べると饐えたような匂いがする場所は少なくなった。その分、渦めく欲望の匂いが際立つようで清かとは言えないこんな夜には無性に鼻についた。
こんこんと扉をノックする音に入るように応えると、待っていた人物が姿を現す。
「お呼びでしょうか」
「ああ。今日ミザリアを診たと聞いた。詳しく話してくれ」
ユージーンに座るように指示し、ディートハンスは彼の前に移動し足を組んだ。
本格的にミザリアの魔力や体調を調べる席に可能ならば参加したかったが、外せない会議がありできなかった。
報告は人伝に受けていたが、ユージーン本人から直接聞きたかったのだ。
ユージーンは予想していたのか、金茶の瞳をやや細めるだけでははっと笑った。
「ご執心ですね」
茶化すような言葉にひと睨みすると、ユージーンは肩を竦め表情を改める。
「わかりました。彼女は最初の見立て通り魔力はうっすらとしかありませんでした」
「枯渇状態ということだったがそれは?」
「そこは不思議なくらい問題はないようです。それを踏まえた上で専門の者たちにも診てもらいましたが痩せすぎている以外はいたって健康のようです」
「そうか……」
ディートハンスはほっと大きく息をついた。
魔力に関することは、ユージーンの発言を誰よりも信頼している。
魔法の威力が最強なのがディートハンスなら、魔法の扱いについて誰よりも優れているのがフェリクス。そして、最も魔力の在り方や状態を把握できるのがユージーンである。
ミザリアはここに来てから大分肉はついたがまだまだ細い。
伯爵家での境遇や毒を盛られそうになっていたことも含め、どのような影響で害されているかわからずあらゆる可能性を考えないわけにはいかない。
もしかしたら彼女は――、それに――、と思考はとりとめないけれど、ディートハンスはミザリアに笑っていてほしかった。
確信は持てなくて、だからこそ、どちらにしろとこの寮の大事な仲間だと認めている以上、彼女には心身ともに憂いなく過ごしてほしい。
「俺も聞きたいことがあります。確かに俺はあなたたちの相性には興味がなく中途半端などっちつかずの気遣いが蔓延するのはよしてくれと言いましたが、あれだけ頑なで慎重だったのに触れるまでに至るとは。どういった心境の変化ですか?」
さてどうしたものかと思案する。
本人が宣言しているように、ユージーンは人の付き合いやそこにある感情にさほど興味はない。ならば話しても問題ないかとありのまま告げた。
「……………………触ってほしいと彼女にお願いされた」
やや思考している間に、勝手にグラスに入れたジュースを飲んでいたユージーンはそこで盛大に噴き出した。
「ぶほっ」
ディートハンスは、部下の口から出されたしぶきにすかさず氷の魔法をかけ凍らせる。アーノルドといい、口に物を含んでいたら噴き出すのが流行りなのか。
ぱらぱらと落ちるそれを払い落とし、言葉を続ける。
「役に立ちたいのだそうだ」
「ああー、普通に続けるんですね。なるほど。良かったじゃないですか」
ごほごほと咳をしながらのユージーンの言葉に、ディートハンスは頷いた。
ユージーンに難儀だと言われるほど、魔力に関してディートハンスはどうしても相手に影響を及ぼすほうになるため慎重になってしまう。
魔力反発を起こして倒れる可能性もあるとわかっていて事情を知ってもなお、力になるために、ディートハンスの憂いを少しでも除けるならとミザリアから一歩踏み出してくれた。
嬉しかったのだ。
彼女が自分を見る眼差しから、頑張りたい、役に立ちたいと純粋な思いだけが伝わってきた。
虐げられながら懸命に生きてきたミザリアは、役に立つことにこだわっている節があった。
どれだけ周囲が嗜めても任された仕事以上のことをする。
常に廊下はぴかぴかであるし、相手との距離の取り方もうまく不快にならない範囲で観察し、食事の皿を引き食後のコーヒーを出すタイミングも絶妙だ。
それらは彼女の本質でもあるだろうけれど、やけに完璧であろう、役に立とうとする行動は、今まで周囲を窺いながら過ごしてきただろうミザリアの過酷な環境をどうしても考えさせられた。
その姿を見て、無性に守ってやりたくなった。人に任せたりせず己の手で。そのためには自分も一歩踏み出す必要があった。
301
あなたにおすすめの小説
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる