魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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総長との距離③

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「ハンカチをありがとうございます。あと、泣いてしまってすみません。大事な事情を信頼して話してもらった上にこんなにも皆様に気遣っていただけて驚いたというか」
「これは普通のことだろう……」

 戸惑った気配を感じて、私は慌てて涙を拭いた。
 自分の感情のありかを探りながら話したけれど、彼らが大事な事情を話していいと思うほど受け入れてくれていたことが、その上で期待を寄せられていることが、押しつけるのではなく気遣われていることが、その何もかもが波紋となって胸中が落ち着かない。
 慣れないことに処理できない気持ちが高ぶってしまったが、泣いている場合ではない。

「その、私は、受け入れていただける限りここで働かせていただきたいです。ディートハンス様が大丈夫でしたら、魔力のほうも確認していただけたらと思います」

 あんなにも気遣われて怖いとは思えない。
 それで相容れなくて倒れたとしても、後悔はしない。

 その時に総長が傷つかないかだけが心配だけれど、物理的にも孤高である総長の味方、助けになる人が増えて、そこに私も端っこでもいいから加えてもらえるなら、その可能性があるのなら試してもらいたい。
 彼の、彼らの、役に立ちたいと強く思う。

「……そうか。なら改めてよろしく。ミザリア」
「はい。ありがとうございます」

 ずっと周囲が固唾を呑んで私たちのやり取りを見守るなか、私は深々と頭を下げた。
 ディートハンス様と私の間で合意がなされると、おお~と周囲が盛り上がる。

 その声量に驚いてびくりと身体を跳ねさせフェリクス様を見ると、ものすごく穏やかな表情で私と総長を見ていた。
 私の視線に気づくとぱちりとウインクし、口の端を上げた。違和感もなくこなす姿に私は小さく笑う。
 助けてもらいディートハンス総長の味方であるフェリクス様が、嬉しそうなのが嬉しい。総長の、彼の、彼らの様子に、今回の提案、ディートハンス様との距離を拒まなくてよかったと思えた。

 その間も、ディートハンス様は考えるようにじっと私を見下ろしていた。
 不思議な色合いの瞳は確かにどきりとする怖さもあるけれど、一定の距離から近づいてこないところに気遣いは感じて恐れ多くも好ましさを感じる。

 ちらりと見ると、笑顔を浮かべようとしているのかわずかに口角が上がったような気がした。
 気がするくらいわずかな動きであったけれど、それだけで胸がきゅっとしてぽかぽかと温かくなる。

 距離を置くことを常としているようなので、じっと人を見るのが癖なのかもしれない。
 あまり表情を変えないが他の騎士たちも気にした様子もなく話しかけているので、それがデフォルトなのだろう。

 それにしてもここまで露骨に見られると気になってしまう。
 ずっと外されない視線に逸らすこともできず首を傾げると、きゅっと眉間にしわを寄せ視線が外されてしまった。
 見られれば気になるけれど、外されても気になるとディートハンス様を見ていると、くっと楽しげに笑ったフェリクス様に話しかけられる。

「本当に体調に異変は感じない?」
「はい。聞かれるたびに不安になるほど何も感じません。いつも通りです」

 やはり魔力検査で検知されないほど魔力がうっすらとしかないからか。ユージーン様が言うように、魔力の器だけは大きいからか。
 これだけの人たちに囲まれる凄みというのは感じるけれどそれだけだ。

 大丈夫だと示すようにぽんと胸を叩くと、アーノルド団長が低い声で尋ねた。

「ディース様も変わりないんですよね?」
「問題ない」

 話しかけられ、また私を見ていたディートハンス様の視線が私から外れる。

「感激です。総長が女性とこんなにも近くにいて普通に話せているのをこの目にできるとは思いませんでした。見られても老いてからかと思っていたので。それに総長と魔力を気にせず話せる女性は稀有な存在だ」

 セルヒオ様がやけにきらきらとした眼差しで私を見てくる。
 周囲がうんうんと頷いているので、大袈裟に言っているのではなく本当に魔力量が多すぎて大変な思いをしてきているようだ。

「ライラや母とは話しているが?」

 ふむ、と顎を引いて思案した総長が答える。
 その背中をばんと叩くアーノルド団長。音からして痛そうで思わず私は顔をしかめてしまったけれど、ディートハンス様の表情は変わらない。

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