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厄介な総長①
しおりを挟むディートハンス様から直接世話をすることの許しを得て、正式なお世話係となった私は部屋にあるテーブルに食事を並べた。
その後、退去するか待っているか迷っていたらいてもいいと言われ、ならばと横に立っていたら座るように言われ、手持ち無沙汰になった私はディートハンス様が食べるのをじっと見る。
伸びた背筋、長い指がスプーンを持ちスープをすくう。指の角度、口元に運ぶ姿まで優雅でどれだけでも見ていられると思えた。
じっと見ていると、私の視線に気づいたディートハンス様がスプーンを置いた。
「ミザリアはもう食べたのか?」
「いえ。後ほどいただく予定です」
時間によって忙しい時もあるけれど、伯爵家で過ごしていた時よりもたっぷり時間があって食事を抜くということはなくなった。
しかも、自分のために温め直してもいいし、いつも美味しい状態でいただけるのがどれだけ幸福なことか。
ありがたさを噛みしめながらそう告げると、つっと総長の眉間が悩ましげに寄った。
その間もじぃぃぃと観察され、耐えきれず首を傾げると軽く頷くように顎を引いたディートハンス様は何でもないことのようにとんでもないことを言った。
「次からミザリアの分も持ってくるように」
「…………? さすがにそれは」
一瞬、何を言われのたかわからず頭にはてなマークを飛ばし、続いて意味を理解して思わずぴょんとその場を立った。
それからまだ相手は食事中であることを思い出し、しずしず座るが言われた内容にびっくりしすぎて動悸が激しい。
お世話する立場なのに一緒に食事をとるなんて考えられない。食事に関しては料理を出すところから引いて片付けるところまでが仕事だ。
騎士たちの食後に一緒にお茶をすることはあるけれど、一通りのことが終わっていたり場所が食堂であるからだ。
私はディートハンス様を含め騎士たちの寮での生活のサポートをするために雇われたのだ。
そして、今は総長のお世話係という任務もある。
言葉でできませんというのもこれもまた要望を撥ね付けるようで申し訳なく、仕事中だからと察してほしくて首を振った。
ディートハンス様は目元にかかった艶やかな黒髪をさらりと揺らして、考えるように視線を下げると人差し指をこつりとテーブルの上に押し当てる。
二、三度繰り返すと視線を上げ、ゆっくりと瞬きをしてまるで私をなだめるかのように声を柔らかにして言い添える。
「私が一緒に食べてほしい」
「ですが」
じぃっと見つめられる。
人をじっと見つめる癖があると思われるディートハンス様は、一体何を考えているのか底の読めなさは相変わらずなのだけど、今は言葉とともにそうしてほしいと思っていることを強く訴えてくる。
接する時間が増えるほど、近くで見れば見るほど、さらにそのウルフアイに捕われて引き込まれて逆らおうと思えなくなる。
「ミザリアは私の手助けをしてくれるのだろう?」
「はい」
正論に頷くと、わずかに口の端を上げたディートハンス様が響くような低音でささやいた。
「だったら、その私がそう願うのならそうすべきだと思わないか?」
「……はい」
しかも、小さく首を傾げてまっすぐに問われればそこで否ということはできなかった。
観察眼は鋭いのに曇りのない眼差しを向けられて、お願いされれば頷いてしまう。
――くっ。ディートハンス様ってなんかっ、なんかっ、心臓に悪い!
恐縮する思いはもちろんある。だって、この国の最強騎士で英雄様なのだ。本来こんなに簡単に近づける人ではない。
だけど、話しているとそわそわと胸の奥をくすぐられるような温もりも感じて、単純にもっとそばにいたい話したいって気持ちもわき上がる。
私の戸惑いを含む複雑な感情を余所に、ディートハンス様は美声で落としにかかってくる。
「この部屋では特に何も気にせず過ごしたい。私に仕事のことを言うのなら、ミザリアももう少し肩の力を抜いてこの部屋では過ごしてほしい」
「わかりました」
確かに一理あるかも? と考えた時点で私は負けた。
自分の仕事するにあたっての正しい姿勢、ここにいることの意義、何を優先させるかを考え、この寮が誰のためであるかを思い出し、総長の意思を尊重することが一番だと判断した。
幸いここは二人きりでここは総長であるディートハンス様の領域。しきたりだとか立場だとかそれに伴う接し方だとか、そういうのはディートハンス様が決めること。
このことをフェリクス様に話したとしても、ディートハンス様の思うようにと言われるだけなのが想像つくだけに、なんだか考えるだけ無駄なような気もしてきて私も腹をくくった。
この部屋では、たとえ慣れないことだとしても総長の思うように動く。それがここでの正しい働き方だ。……きっと。
こくこくと頷くと、総長が目を細め食事を再開した。
あまり表情を変えない人だけれど、目を細めたりとちょっとした動きがあるとドキッとする。
それから食事を終えると、ディートハンス様がわずかに頬を綻ばせた。
「うまかった」
「それは良かったです。下処理をしてくださる料理人の方がとても上手なのでどれも美味しいです」
「それでも最後の仕上げはミザリアだ。君の料理は優しい味がして俺は好きだ」
真面目な顔で告げられて、私は視線を合わせていられずそっと逸らした。
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