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抱きしめられたまま①
しおりを挟む「んっ」
翌朝、不思議な心地よさと重さにとろとろと目を覚ました。
――身体の調子がよくて軽く感じるのになぜかずっしり重い。まだ寝ていたい。……ん? ずっしり重い?
夢見半分でぼんやりする思考が徐々に覚醒し、私はぱちりと目を開いた。
「起きたか?」
頭上から掠れた低音とともに、眼前には部屋着がはだけ見事な胸板が見える。――だけではなく額が触れてしまっている。
――えっ、と?
ぱちぱちと瞬きを繰り返しそろっと顔を上げると、気だるげなディートハンス様がアンバーの瞳でじっと私を見つめていた。
汗でしっとりした濡れた黒髪を右手でかき上げ、私と視線が合うと嬉しそうに頬を緩ませる。
そこでずっしりと重かったのはディートハンス様の腕であったことを知り、ついでに左手は私の腰に下から回されていることに気づく。
えっとこの状態はと、再度ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「心配をかけたようだな」
その言葉で看病しに来たことを思い出し、慌てて身体をずらそうとしたけれどぐっと掴まれたまま動けずそのまま声をかけた。
現状の把握もしたいけれど、昨夜はとても苦しそうだったし黒いもやのことも気になる。
「ディートハンス様!? 体調はどうでしょうか?」
「不思議と気分はいいよ」
目を細めたディートハンス様の顔をまじまじと観察するが、血色もよく熱も引いて本当によくなっていると思われた。
今は姿が見えない精霊たちが私の願いを聞き入れてくれたのだろう。
――よかった……。
ほっと安堵の息をつくと、ディートハンス様が右手をまた私の腰に回してきた。
「どうしてミザリアがここに?」
えっ? とパニックになる前に問われ、ディートハンス様はここまでの経緯を知らないのだと慌てて口を開いた。
「お世話係として看病したいとフェリクス様たちに許可をいただきました。勝手をして申し訳ありません」
「……いや。心配してくれたのだろう? 嬉しいよ」
ふっとまた微笑し、じ、と見つめられる。
精霊が見えたことも衝撃だったけれど、ディートハンス様の微笑がやばすぎて、かちこちと身体が固まった。
妙な色気に頬が熱くなる。
――ね、寝ぼけてる?
部屋にいることよりも、ベッドにいることを気にしてほしい。
距離を詰めるまで、頭を触るまでも含めとっても慎重だった総長を思い出すと、さらにこれは異常な状態だ。
ディートハンス様から腰に手を回されているのだ。しかも、わりとがっちりと。
寝ぼけていないとしたらなんなのか。
昨夜のことも覚えているのかいないのか、この態度ではわからない。
黒いもややそれに関する体調のこと、聖魔法のことや忘却のこと、ディートハンス様のことや己に起きた現象についていろいろ確認したいことがたくさんあるのに、さっきからうまく思考が続かない。
起きた上で腰に腕を回され抱きしめられている状態はそれほど衝撃的だった。
うーんと何から考えればいいのか話せばいいのか唸っていると、ふっと笑ったディートハンス様の息が頭上にかかるとともに優しい声が落ちる。
「ミザリア。もっとこっちに寄って」
「はい……。えっ?」
これ以上、どうやって近づけと?
目の前の美貌を眺めながら首を傾げると、そっと耳に唇が寄りささやかれる。
「ずっとついてくれていたんだな」
「えっと、そうです」
触れる息にくすぐったくて身をすくめながら頷くと、腰に回っていた右手が優しく私の頭へと移動し大事なものを守るようにそっと置かれた。
頭の形を確認するように撫でられ、するりと髪をピンクベージュの私の髪をすかし毛先まで指を通していく。
「やっぱり君だったんだ」
「……? 何がでしょうか?」
「ああ……記憶か。でも、……、まだ……」
ディートハンス様は考えるように長い睫毛を伏せ、もぞもぞと動くと私の顔の前に自らの顔を近づけた。
間近で愛おしげに細められその双眸にどきっとしていると、さらに細められ瞳の奥には熾火に似た熱が見え隠れする。
じっと見つめられることはあってもこれほど熱っぽい視線は初めてで、私の心臓は忙しなく音を立てどこどこと耳まで響いてきた。
話せば吐息がかかる距離、下手したら鼻と鼻が触れてしまいそうな距離にどうにかなってしまいそうだ。
あれだけ距離があったのに、触れるようになってからも最初はどこか探るような気配をにじませていたのに、急にそれが何もなかったかのように距離を詰められてついていけない。
何より、その瞳が、微笑が、心の音を一向に沈めてくれない。
何から考えていいのか、言えばいいのか、ディートハンス様の距離や熱っぽい視線に浮かされるように私の目頭も熱っぽく潤みかけたとき、くすっとディートハンス様が笑みを浮かべた。
「いや。またいずれ話そう。それとミザリア、魔力が戻ってきているのではないか? 私が良くなったのはミザリアのおかげだ。君が私を癒やしてくれた」
あまりの眩く貴重な笑みに目が離せず、またぴしりと固まってその顔を凝視しする。
――うわぁぁぁぁっ。
声にならない声を脳内の中で上げ反応のできないでいる私に、ん、とディートハンス様は首を傾げた。
その際にディートハンス様の髪が頬をくすぐり、そこでようやく私は意識を取り戻した。
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