魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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黒いもや③

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「はぁ……。人肌が恋しいのかな」

 荒れる魔力のせいでこういうときはさらにひとりぼっちだったのかもしれない。
 そう思うと、離れようという気分にはならなかった。
 落ち着くまでそばにいると言ったのは自分で、それを聞いて安心して眠りについたことを思うとさらに……。

 そっと額に張り付いたディートハンス様の髪に触れ、ゆっくりとながす。
 指が触れたと同時にぴくっと眉が反応したような気がしたが、それを何度か繰り返すと気持ちよさそうに眉間のしわまで取れていく。

 ――なんか、かわいい。

 こんなことをこんな時に思うのは不適切かもしれないが、自分がいること、したことで安心したような姿を見るとこそばゆくて、守ってあげたいと自分よりも強い相手なのに保護欲のようなものまでわきあがる。
 だけど、根本的な解決にはなっていない。結局こうして見守るだけなのが悔しい。

「はぁ。言ってはみたものの、やっぱり何もできないな……」

 水の入った器に半月が映り込み、ここからだとゆらゆらと移ろいで見える。
 見えているのに、せっかくそばにいることができるのに、何もできないことがもどかしくて悔しい。役立たずのままである。

「力があったら……。私も、力がほしい」

 ここの人たちはそれぞれ心配しながらも自分たちの役割をこなし、総長の、騎士団のために動いている。私に力があったら、そう思わずにはいられない。
 何より、ディートハンス様が苦しそうなのが見ていて苦しい。
 それらをずっとひとりで耐えていたのかと、そしてこれからもこうして耐えていくのかと思うと心が締め付けられた。

 私も役に立てたら、そう、強く、強く思った。
 その時、脳内でぶわっと光が弾けるようなパンといった音が響いた。それに続き内側から溢れるものを感じる。

「あっ」

 頭がぐわんと揺れ腹の中心が渦巻き、ぐっと堪えるようにうずくまった。
 倒れ込みそうになるほどの衝撃が徐々に収まりゆっくりと頭を上げると、目の前にふわふわと飛んでいた光が徐々に小さな羽をつけた人の形をなしていく。
 精霊の姿に私は目を見開き、続いて揺らぐことのない双眸でまっすぐに見据えた。

 ――なんで、忘れていたんだろう。

 精霊のこと。私はそれらが見えていたこと。
 そして、いつしか淡い光でしか見えなくなってしまったこと。

 なぜ、彼らの存在を忘れていたのか。
 ふわふわと光を見ていながらもなぜ結びつけられなかったのか不思議だけれど、今、私は彼らの存在を思い出した。

「そっか。私のからっぽの器、魔力ではなくてもともとは聖魔法が使えるからなのね。忘れていてごめんね」

 ディートハンス様を起こさないように小さな声で話しかけると、いいよ、と教えるように顔の周辺を精霊が飛ぶ。
 淡い光で見えていたこともあって、すっとその事実が入ってきた。

 なら、どうして今思い出したのだろうか?
 聖魔法のこともなぜ忘れていたのだろうか?
 あれだけたくさん資料があったのに気づかなかったのか?

 そしてどうして力が戻ったのだろうか。
 疑問は尽きないけれど、全部の力が戻ったという気はしない。まだ、完全じゃないとなぜかわかった。

 私が混乱しながら懐かしさも含め精霊たちを見つめていると、彼らはディートハンス様の腕から胸へと飛び回り、さらに放つ光が増していった。

「もしかして、ディートハンス様の病の原因を取り除いてくれようとしている?」

 なぜこのタイミングだったのかはよくわからないけれど力が戻った。
 精霊のことも思い出せた。

 この世界の魔法には魔力と聖力の二通りがある。魔力は己の中にある力で魔法を発動させるけれど、聖力は精霊の力を借りて魔法が使える。
 私は自分の中にある魔力と力を貸してくれる精霊たちの魔力を融合させて、ディートハンス様の不調の原因を取り除くように祈った。

「ありがとう。お願い。ディートハンス様を助けて」

 少し和らいだとはいえ、いまだに苦しそうなディートハンス様をつぶさに観察する。

「さっきの黒いもや……」

 気のせいだと思っていた黒いもやが精霊の光を嫌がるように消えていく。
 その分、ディートハンス様が抱く腕の力も徐々に弱まり最後に腕から胸に残っていたもやが、しゅるりと胸から抜けた。
 そこまでは一瞬のことだったのか長い時間だったのかわからないまま、それらを目にし完全に消えるのを確認し私は意識を手放した。


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