60 / 127
黒いもや③
しおりを挟む「はぁ……。人肌が恋しいのかな」
荒れる魔力のせいでこういうときはさらにひとりぼっちだったのかもしれない。
そう思うと、離れようという気分にはならなかった。
落ち着くまでそばにいると言ったのは自分で、それを聞いて安心して眠りについたことを思うとさらに……。
そっと額に張り付いたディートハンス様の髪に触れ、ゆっくりとながす。
指が触れたと同時にぴくっと眉が反応したような気がしたが、それを何度か繰り返すと気持ちよさそうに眉間のしわまで取れていく。
――なんか、かわいい。
こんなことをこんな時に思うのは不適切かもしれないが、自分がいること、したことで安心したような姿を見るとこそばゆくて、守ってあげたいと自分よりも強い相手なのに保護欲のようなものまでわきあがる。
だけど、根本的な解決にはなっていない。結局こうして見守るだけなのが悔しい。
「はぁ。言ってはみたものの、やっぱり何もできないな……」
水の入った器に半月が映り込み、ここからだとゆらゆらと移ろいで見える。
見えているのに、せっかくそばにいることができるのに、何もできないことがもどかしくて悔しい。役立たずのままである。
「力があったら……。私も、力がほしい」
ここの人たちはそれぞれ心配しながらも自分たちの役割をこなし、総長の、騎士団のために動いている。私に力があったら、そう思わずにはいられない。
何より、ディートハンス様が苦しそうなのが見ていて苦しい。
それらをずっとひとりで耐えていたのかと、そしてこれからもこうして耐えていくのかと思うと心が締め付けられた。
私も役に立てたら、そう、強く、強く思った。
その時、脳内でぶわっと光が弾けるようなパンといった音が響いた。それに続き内側から溢れるものを感じる。
「あっ」
頭がぐわんと揺れ腹の中心が渦巻き、ぐっと堪えるように蹲った。
倒れ込みそうになるほどの衝撃が徐々に収まりゆっくりと頭を上げると、目の前にふわふわと飛んでいた光が徐々に小さな羽をつけた人の形をなしていく。
精霊の姿に私は目を見開き、続いて揺らぐことのない双眸でまっすぐに見据えた。
――なんで、忘れていたんだろう。
精霊のこと。私はそれらが見えていたこと。
そして、いつしか淡い光でしか見えなくなってしまったこと。
なぜ、彼らの存在を忘れていたのか。
ふわふわと光を見ていながらもなぜ結びつけられなかったのか不思議だけれど、今、私は彼らの存在を思い出した。
「そっか。私のからっぽの器、魔力ではなくてもともとは聖魔法が使えるからなのね。忘れていてごめんね」
ディートハンス様を起こさないように小さな声で話しかけると、いいよ、と教えるように顔の周辺を精霊が飛ぶ。
淡い光で見えていたこともあって、すっとその事実が入ってきた。
なら、どうして今思い出したのだろうか?
聖魔法のこともなぜ忘れていたのだろうか?
あれだけたくさん資料があったのに気づかなかったのか?
そしてどうして力が戻ったのだろうか。
疑問は尽きないけれど、全部の力が戻ったという気はしない。まだ、完全じゃないとなぜかわかった。
私が混乱しながら懐かしさも含め精霊たちを見つめていると、彼らはディートハンス様の腕から胸へと飛び回り、さらに放つ光が増していった。
「もしかして、ディートハンス様の病の原因を取り除いてくれようとしている?」
なぜこのタイミングだったのかはよくわからないけれど力が戻った。
精霊のことも思い出せた。
この世界の魔法には魔力と聖力の二通りがある。魔力は己の中にある力で魔法を発動させるけれど、聖力は精霊の力を借りて魔法が使える。
私は自分の中にある魔力と力を貸してくれる精霊たちの魔力を融合させて、ディートハンス様の不調の原因を取り除くように祈った。
「ありがとう。お願い。ディートハンス様を助けて」
少し和らいだとはいえ、いまだに苦しそうなディートハンス様をつぶさに観察する。
「さっきの黒いもや……」
気のせいだと思っていた黒いもやが精霊の光を嫌がるように消えていく。
その分、ディートハンス様が抱く腕の力も徐々に弱まり最後に腕から胸に残っていたもやが、しゅるりと胸から抜けた。
そこまでは一瞬のことだったのか長い時間だったのかわからないまま、それらを目にし完全に消えるのを確認し私は意識を手放した。
271
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる