59 / 127
黒いもや②
しおりを挟む私はさっそく準備をしてディートハンス様の部屋へと向かった。
容体の報告をフェリクス様たちしに部屋を出た時よりも、美しい顔の眉間にしわが寄ってしんどそうである。
そのまま額に浮かぶ汗を拭うと同時に、少しでも解れたらいいなとそろそろと手を伸ばし、その眉間をちょんと押してみる。
「んっ」
小さな呻き声を上げ、その美しい相貌が歪められた。それらを見つめ、知らず知らず溜め息がこぼれ落ちる。
ディートハンス様は小さく身じろいだが、起きる気配はない。
「しんどうそう……、え、もや?」
じっとその姿を眺めていると、違和感に気づく。ディートハンス様の周囲が薄く黒くもやみたいなものがゆらりと揺れたように見えた。
ぞくりと肌が粟立つ。
気のせい?
再度凝視してみるけれど今は何も見えない。
先ほどの腹の底から圧迫するような違和感を気のせいにするにはまだお腹あたりがぞくぞくして、確かめるように手を伸ばすとディートハンス様の手が伸びてきてがしりと腕を掴まれる。
「わっ!?」
「……くるし、……」
「大丈夫ですか?」
声をかけるが、眉間に思いっきりしわを寄せて苦しげに呻くだけだ。
はっ、はっ、と荒く吐かれる息が熱っぽく、汗をかいて熱いはずなのに顔色は真っ青で尋常ではない様子にさぁっと血の気が引く。
「どうしよう……。人を」
呼ばなければとテーブルの上に置いていた通信魔道具に掴まれていないほうの手を伸ばそうとしたところで、呻くような声とともにそのまま腕を引っ張られた。
「……っ!」
「行くな」
弱っていても騎士。圧倒的な力の差をもってそのままベッドの上に引きずり込まれる。
「えっ、ちょっ」
一瞬のことであった。
慌てて距離を置き体勢を立て直そうとするけれど、さらにぎゅっと腰に腕を回された。ぐっと回された手は力強く、みしみしと骨が鳴る。
「い、いたっ」
「……うぅっ」
痛みで声が出るも、ディートハンス様は夢の中にいるようで呻きながらも縋るように私をかき抱く。
この状態はとにかく良くないと抵抗すると、さらに力を込められた。
「ディートハンス様! 離してください。人を呼んできますので」
距離を縮められたといっても、手が触れるくらいだったのに急に全身が密着する状態はさすがにダメだろう。
魔力の件もあり、ディートハンス様から引き寄せられたとはいえさすがにこれはまずい。ディートハンス様が気にするという意味で。
とんとんと離してくれと胸を叩くと、うっすらと瞼が開いたかと思えばすっと伏せられ一向に力を緩められない。
「うっ、ちょっと……、すみません。一度起きてこの手を」
するともう一度目を開けた。その瞳に私の焦った顔が映る。
認識してもらえただろうかとわずかな期待を乗せてもう一度声をかけようとすると、ふるりと首を振って荒い息のまま縋るように私にすり寄った。
――えっ、ちょっと! さっき私だってわかったよね?
なのに抱き寄せられたまま、むしろさらに密着するように抱き込まれ私はバタバタと拘束されながら身体を動かした。
だけど、ぴくともせずその上熱っぽく掠れた声が私の行動を咎めるように耳元で響く。
「ダメだ。離せばどこかに行ってしまう」
「どこかって……。ただ、人を呼びに」
起きてほしいと声をかけるが、意識が朦朧としているディートハンス様には届かない。
何度か声をかけその度にどうにかしようともがいたが、もがけばもがくほど力が強まる。私は抵抗するのを諦め、そっと力を抜いた。
それに気づいたのか、少しだけ力が弱まる。
「ディートハンス様?」
「いてくれ。こうしていると、苦しさが和らぐんだ」
その言葉にディートハンス様の顔を見つめる。
眉間にしわが寄ったまま苦悶な表情は変わらないけれど、そう言われればさっきまで息をするのも苦しそうだったのが少し落ち着いて見えた。
何より、本人がそう言うのなら、私はここで抵抗しないほうがいいだろう。
それに総長のお世話係をするにあたって、この部屋ではたとえ慣れないことだとしてもディートハンス様の思うように動くことが正しいのだと思ったばかりだ。
――万が一、この状態を見られたとしても説明すればわかってくれるはず……。
理不尽に怒るような人ではない。
それよりもずっと呻く苦しそうな声、縋るような腕が徐々に抵抗したい気持ちを弱らせる。
「わかりました。ディートハンス様が落ち着くまでそばにいます」
いまだに逃れないように拘束されているしで動けばまた逃げると思われそうだったので、なるべく幼子に話しかけるようゆっくりと言い聞かせるように声をかけた。
「そうか……」
すると、安心したのかゆっくりと瞬きをし、またゆっくりと瞼を閉じていった。
しばらくその様子を眺め、完全に寝入っていたのを見計らって徐々に体勢を整える。離れようとしては抱きしめられの繰り返しで、体温が離れることを厭っているようなのでベッドから出られないが、ようやく上半身を起こすことができた。
251
あなたにおすすめの小説
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
【完結】余命半年の元聖女ですが、最期くらい騎士団長に恋をしてもいいですか?
金森しのぶ
恋愛
神の声を聞く奇跡を失い、命の灯が消えかけた元・聖女エルフィア。
余命半年の宣告を受け、静かに神殿を去った彼女が望んだのは、誰にも知られず、人のために最後の時間を使うこと――。
しかし運命は、彼女を再び戦場へと導く。
かつて命を賭して彼女を守った騎士団長、レオン・アルヴァースとの再会。
偽名で身を隠しながら、彼のそばで治療師見習いとして働く日々。
笑顔と優しさ、そして少しずつ重なる想い。
だけど彼女には、もう未来がない。
「これは、人生で最初で最後の恋でした。――でもそれは、永遠になりました。」
静かな余生を願った元聖女と、彼女を愛した騎士団長が紡ぐ、切なくて、温かくて、泣ける恋物語。
余命×再会×片恋から始まる、ほっこりじんわり異世界ラブストーリー。
契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています
さくら
恋愛
――契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています。
侯爵家から追放され、居場所をなくした令嬢エリナに突きつけられたのは「契約結婚」という逃げ場だった。
お相手は国境を守る無骨な英雄、公爵レオンハルト。
形式だけの結婚のはずが、彼は不器用なほど誠実で、どこまでもエリナを大切にしてくれる。
やがて二人は戦場へ赴き、国を揺るがす陰謀と政争に巻き込まれていく。
剣と血の中で、そして言葉の刃が飛び交う王宮で――
互いに背を預け合い、守り、支え、愛を育んでいく二人。
「俺はお前を愛している」
「私もです、閣下。死が二人を分かつその時まで」
契約から始まった関係は、やがて国を救う真実の愛へ。
――公爵に甘やかされすぎて、幸せすぎる新婚生活の物語。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる