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黒いもや①
しおりを挟む総長のお世話係になって数日。
ディートハンス様は活動すると疲れがたまるのか、動いては寝てというのを繰り返していた。とても悪くなるでもなく、かといって良くもならない状態が続く。
食事を一緒にするようになり会話も増え、疲れて眠る前は必ず頭を撫でられる。
前回言われてから次の日の朝に求められた際に思わず固まったら、ディートハンス様もぴたりと固まりちょっと困ったように首を傾げ了承したものだと思ったと言われた。
あの『また頼む』とは継続の意味を示していたらしい。
確かに私は『はい』と言った。
――うーん。
ディートハンス様は慎重かと思えばたまにすとん、というか、すこんと物事を飛ばして進めるというか、普段はあまり感情を表に出さないこともあって予測がつかない。
「ミザリア?」
じ、と見つめられ、気遣いながらもまるで不安そうにきゅっと口を引き結んだ。
そんな顔をさせてはならないと慌てて頭を差し出すと、またぴたりと固まりそろっと差し出された手は私の頭に触れると今までで最短で触れわしゃわしゃと撫でられた。
なんか、嬉しそうなのが伝わってくる。
安眠グッズにでもなった気分であるけれど、それで気分が安らぐなら何度だって差し出そうと私はされるがまま大人しくしていた。
そんなやり取りもあったが概ね穏やかな日が続いていたけれど、夜になり私はディートハンス様の様子に眉を寄せた。
やはり体調が優れないディートハンス様のほんのわずかにひそめられた眉が、無表情というよりも必死に表情を押し殺しているように見えた。
――やっぱりかなり無理してる!?
ディートハンス様の表情は変わらず泰然としているので、私がそう思うだけかもしれない。
だけど、朝よりもゆっくりと口に運ぶ動作に優雅さはあるけれどキレはない。
ふわりとスープの湯気が力なく揺れるのをじっと見つめながら、その向こう側にいるディートハンス様を観察した。
朝、昼、晩と食べる量やペースが違うだけ、一日中部屋にいるから夜はあまりお腹が空いていないということもありえる。
日によって食欲も違うわけだけど、もし本当に体調が悪かったら?
自分で気づかず無理をしてしまう人なので、周囲が気を配りすぎることは決して悪くないだろう。違ったら違ったでいい。
私はそのことをフェリクス様たちに伝えると、彼らはすぐに動いてくれた。
やはり熱があったらしく、えっさほらさとまたホレス医師が両手足をぶらぶらさせながら担がれて、今度は担がれる一端を担ってしまって申し訳なく思いながら、熱冷ましの処方をして帰っていった。
今までにない事態にアーノルド団長やフェリクス様たちの表情も厳しいものになる。
「体調がなかなか良くならないのはおかしくないか?」
「ああ。名だたる医師が診てもわからないのはおかしい。ユージーンは何か気づかないか?」
「魔力が荒ぶっているのはわかるけど、ディートハン総長の魔力は膨大すぎて俺には全体を見通すことはできない」
「ニコラスとフィランダーは?」
「私たちにできることは何も。つまり治癒の範囲ではない可能性も」
ニコラス様が答え、フィランダー様も静かに頷いた。
「ここ最近で変わったことといえば、遠征か」
「だけど、すぐに何かあったわけではない」
「ああ。だが、調べる必要がある。体調もそうだが、このままでは周囲が異変に気づいて邪な者が仕掛けてくる可能性もあるのも心配だ」
ディートハンス様自身のこともあるけれど、魔物のこと、横やりを入れるような存在がいることなどそればかりに集中していられない。
――ゆっくり静養もできないなんて……。
私はぎゅっと拳をつくり、彼らの会話に口を挟んだ。
「あの、今晩、ディートハンス様のそばについていてはダメでしょうか?」
「それはかまわないけど。ミザリアはつらくない?」
「お世話係ですし、私にはやはりディートハンス様の魔力の影響はないようなので。タオルを替えるとかしかできないですが」
「そう……。ならお願いしていいかな? 何かあればこれで連絡して」
フェリクス様は頬に手を添えて私を見つめながら考えていたが、一つ頷くと連絡用の通信魔道具を私の手に置いた。
「ありがとうございます」
「こちらこそありがとう。ミザリアがついてくれていると思うと心強いよ。ただ、無理はしないでね。眠くなったら寝るように」
「はい。わかりました」
許可を得てほっと息をつき、私は力強く頷いた。
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