魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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◆伯爵家の没落 泥濘①

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「助けてください。ひぃぃ、ギャアァァァァー、ぁぁぁ……」

 ばりばり、ぼりぼりと人間を頭から食う魔物に、チェスター・ブレイクリーはその場で吐瀉物を吐いた。

「うえぇぇ、おぇ」

 ミザリアを探す過程で似た特徴の者が集まり処分に困っていたところで、公爵に持ちかけられ引き渡した者たちが無残にも原型を留めずに転がっている。
 おびただしい血の海と化した牢屋の中には、あちこちに人とそうでないモノの骨が散らばっていた。

「君が持ってきた餌だ。最近、食欲が旺盛でね。助かったよ」

 チェスターが吐いたのも汚いモノを見るというよりは軟弱なヤツめと咎めるように眉をひそめただけで、ランドマーク公爵の声はいたって冷静だった。

「おえっ」

 もう何も出ないのに、また吐き気が込み上げてチェスターは壁に手をついた。

 ――怪物だ。

 ここにいる公爵こそ怪物である。
 悲鳴と魔物が骨を砕き肉に食らいつく音が耳につき、圧倒的な捕食する側の存在を前に萎縮する身体。
 あの檻の中に入れられたら一瞬で捕食されるだろう。それを想像するだけで身体の震えが止まらない。

 だけど、同じ人間だからこそその狂気が魔物よりも恐ろしく感じた。
 知れば知るほど何を考えているのかわからず、禁忌とされる魔物の実験をしてまで王の座を手に入れようと、自分がそうあるべきだという異常な自信もすべてが異質に映る。

 この匂いと公爵の歪み狂いきった執着が全身にまとわりつき、自分の未来への不安から吐き気が治まらない。
 チェスターはぜいぜいと息を荒くさせながら、いつまでも失態を見せている場合ではないとなんとか立ち上がった。

「さっきの餌も、役立たずだと捨てた娘をやっきになって探す上で得たやつらしいな。娘を連れ戻して何を考えている?」
「それは、……追い出してみたもののどうしているのか気になったもので」

 人を人とは思わない。それなりに悪事を働いてきたチェスターでさえ躊躇う一線を躊躇なく越えていく相手に手の内を見せることの恐怖。
 しどろもどろになりながら答えると、嘘をつくと檻に入れるぞと公爵はカチャカチャと檻の鍵を目の前に掲げた。

「ブレイクリー伯爵。よく考えて発言するんだ。その娘に何がある?」
「ひっ、わかりました。も、もしかしたらですが、娘が魔石を見つける能力があるかもしれないと」
「ほお」

 なんの汗なのかわからない汗が、尋常でないほど額から落ちる。
 それを拭う余裕もないまま、チェスターは必死で言い募った。

「伯爵家を出て行ってから採掘量が落ちたので、その因果関係を確かめるために娘を探しています。もし娘が関係していれば採掘量も戻るかもしれませんし、また今まで通りの量を下ろすこともできるかと」
「確証もないのにこれだけの餌を?」

 だが、それも視線一つで一蹴する。
 狡猾で鋭い双眸がぎらりとチェスターを捉えた。

「…………」
「真偽は関係なく伯爵がどう思っているかだけを話せ。判断はこちらがする」

 すべての裁量は公爵次第。恐ろしい言葉だった。
 だが、チェスターには抵抗するすべがない。ちらりと檻の中を見て、また吐き気が込み上げそうになり必死で呑み込む。

「はっ。娘の母親には見受けられなかったですが特殊な能力を持つ一族だと聞きました。なので、一度魔力がないと捨てましたが、その能力を受け継いでいるのならもしかしたら役に立てるかもしれないと」
「実際見てもいないのにどうやって知った? その能力とは何だ?」

 もし娘が本物なら誰にも知られず自分だけのために力を使わせようと思っていたが、死と隣り合わせの今はそれどころではない。
 まずこの状況から生き残らなければと、家族の誰にも言わなかったチェスターの真実を告げる。

「代々精霊と仲良くできる一族だとか」
「つまり聖魔法が使える可能性が?」

 目を見開き、公爵はにたぁっと企むような笑みを浮かべた。
 完全に興味を示した。それだけ聖魔法が使えるということは可能性に満ちている。

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