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失ったものと温もり①
しおりを挟む空しさと憤りの跡を覆い隠すようにしんしんと降り積もっていた雪がやみようやく雪解けし始めた頃、黒狼寮はちょっとした騒ぎになっていた。
騎士たちが帰ってきた夕刻、突如訪問客、女性がやってきたからだ。
しかも、彼女はディートハンス様を見るなり彼に抱きついた。
きらきらと輝く金の髪がとても美しい女性に抱きつかれ、女性と徹底的に距離をおくと言われていたディートハンス様が彼女を受け止める。
女性の後ろには数人護衛騎士がいて身なりからも彼女の身分の高さを示しており、彼女が放つ空気とディートハンス様が許容していることを含め、ディートハンス様の横にいた私は圧倒されその光景を前に佇んだ。
「急に来るのはやめないか」
「だって、なかなか会いに来てくれないんですもの」
そこでちらりと値踏みするような視線を女性は私に送ってくる。
どのように反応していいのか困っていると、挑発するように笑みを刻みディートハンス様の首に腕を巻き付けようとしたのをそこでディートハンス様が止めた。
ゆっくりと彼女を引き剥がし、ディートハンス様が私の腰に腕を回す。
「オリビア、やめなさい。思うことがあって試したいのかもしれないが、それでミザリアが傷ついたりすると私がつらい」
「まあ! それを言われて私が傷つかないとでも?」
悲しげに目尻を下げる美女に、ディートハンス様はふっと息をつく。
「私を思ってくれているのは嬉しいが、どちらも大切だからこそ事前に説明をしたはずだ。だから、試すようなことはしないでくれ」
「それほど彼女が大事なのですね」
「ああ。私がこうして力に振り回されず過ごせているのは彼女のおかげでもあるし、何より彼女を愛している。好きな女性の幸せを願い自分の手で幸せにしたいと思うのは当たり前だろう?」
どこでも誰がいてもドストレートな告白に自分の顔が赤くなるのがわかった。
腰に回された腕に力を込められ、頭上から熱い視線を感じるが今の状態で目を合わせる勇気はなく、逃れることができないのならば少しでもとディートハンス様の腕にそっと顔を押しつけて見られないようにする。
「ミザリアは注目をされることに慣れていない。あまり刺激しないでくれ」
「んまあ!」
現在、注目される原因を作っている人はそう言うと、ものすごく自然に頭上に唇を落としてくる。
相手にしてくれないディートハンス様にオリビア様は面白くないと頬を膨らませていたが、ディートハンス様の告白と行動にぽぽっと頬を染めた。
「こういう姿も可愛いが、不安がらせるのは嫌だ」
私の頭を優しく撫でディートハンス様が言葉を重ねる。
端から見れば私自ら寄り添う形になってしまったことも含め、醸し出す雰囲気はただの恋人のイチャイチャだ。ディートハンス様の優しい声が甘すぎて、頬がとても熱い。
ついでに周囲の視線がぶすぶすと刺さり、恥ずかしくて私は視線を下げた。
「こちらが恥ずかしくなるほどの告白ね。でも、それもディースお兄様らしいわ」
オリビア様のその言葉に、やはりそうかと顔を上げる。
騎士団寮に女性が押しかけ、あまつさえディートハンス様を見るなり抱きつき、それをディートハンス様が受け止めた時には一瞬もやっとしたけれど、すぐに王族が金の髪であることを思い出した。
そして、先日のディートハンス様の告白。
彼女はディートハンス様の四つ下のオリビア殿下。
なんと、ディートハンス様は病弱で伏せっておられると噂されていた第二王子殿下であった。
ディートハンス様の本名は、ディートハンス・ラ・フォルジュ。フォルジュは王族の名だ。
騎士団内でもトップシークレットの情報。
第一騎士団のアーノルド団長自らが常に守るようにともに行動していたことや、ディートハンス様のために整えられた寮など、総長としての貢献や立場からしてもそうだがディートハンス様が王族でもあったからの環境。
「私は少しでもミザリアが傷つくようなことをしたくない。もう二度と見失わないように全力で愛し守りたい。だから大事な妹であっても、彼女を不安にさせるようなことはやめてくれ」
「もう。わかったわ。騎士団の仕事はしかたがないけれど、私が会えない時お兄様はその女性とばかりいるのだと思うと、しかも私と同じ歳だしちょっとヤキモチを焼いただけなの。困らせたかったわけではないわ」
「そうか。寂しい思いをさせてすまない」
そこでディートハンス様ははんなりと微笑を浮かべた。
私に向けるものとは違い、家族への情愛を含んだ優しい笑みは家族だからこそ向けられる特別なものだ。
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