38 / 63
とくべつ3
しおりを挟む「食事も美味しかったし楽しかったです」
「ほかにも連れて行きたいところがたくさんあるから、また一緒に行こう」
近くでラシェルを見ると、笑みを浮かべる金茶の瞳の奥には愛情が浮かんでいる。赤とオレンジの夕日を写しこみ、とても綺麗だった。
好きが増していると自覚してからは、些細な会話からの約束がとても大きなもののようで、自分に向けられた言葉、双眸、仕草さえも愛おしい。
特別扱いをしてもらっているとわかるだけで鼓動が高鳴り、それだけで満たされた気分になった。
――それで十分よね。
ラシェルの心を傷つけてしまうのなら、余計なことは言いたくない。
そのためには、自分の小さな不安は後回しでもいい。
「はい。一週間こっちにいるので、また連絡ください」
店を出てすぐに繋がれた手からじわりと体温を伝えてくる。その温もりを名残惜しく思いながらも、ルーシーはくすぐったい思いでそう伝えた。
ちゃんと二人でしたいことがあると聞かされて、それだけで不安だとかが解けてなくなっていく。
だけど、晴れやかに笑うルーシーに対して、ラシェルの顔は見るからに曇っていく。
あからさまに眉間にしわを寄せじとりと睨まれ、ルーシーは何に不況を買ったのかわからず、居心地の悪さにかすかに身じろいだ。
「えっ。ちょっと待って。このまま帰っちゃうの?」
ラシェルのいつもより低い声は苛立ちを際立たせており、ルーシーは慌てて言い訳のような言葉を吐いた。
「だって、今日会おうとだけしか聞いてなかったし、食事してお話したら終わりかと」
「俺はルーと過ごすつもりで、この一週間のためになるべく仕事を減らしてきたよ。最初に会う時間を指定しただけで、お互いに用事がないときは会えるものだと思っていたのだけど」
むっと拗ねたように言われ、ルーシーは戸惑ったようにラシェルを見た。
不服を隠さない睨みとともに怒られている最中なのに、当然のように一緒にいるものと思ってくれていたことに、ルーシーは思わずにやけてしまう。
「そうなんですか?」
「もう! そんな顔をされたら怒るに怒れないじゃないか」
「ごめんなさい。そういった話はなかったから、てっきりちょっと会えるくらいなのかと思って。嬉しい……」
正直に心情を吐露すると、ラシェルが困ったように前髪をかき上げた。
それから大業に溜め息をつくと、繋いでいた手を離しルーシーを閉じ込めるように腕を伸ばしてきた。
気づいた時には、ルーシーはラシェルの胸のなかにすっぽりと抱きしめられていた。
なんだなんだと周囲の視線が集まるが人の多い場所で騒ぐこともできず、ルーシーはそのまま身を任せる。
なにより、久しぶりの全身で感じる体温と甘すぎない匂い、そして早鐘を打つ心音を聞いてしまってはそこから動く気になれなかった。
「ルー。この一週間、できるだけ夜も一緒に過ごしたい」
緊張で掠れた熱っぽい声が、頭上から落ちてくる。
五感のすべてがラシェルへと向かっていく。
独特の緊張感が漂い、ルーシーはラシェルの心音に急かされるように跳ね始めた心臓を落ちつかせようと、小さく深呼吸を繰り返した。
恋人と言っても、自分たちはまだ健全な関係である。
手が早かったラシェルが手を出してこない理由は、彼の過去からいろいろ考えられるし、心の問題は複雑で仲は良いが自分たちの関係は不透明だ。
卒業後、ルーシーも王都で働く選択肢もないことはなかったが実家に帰ったのもそれもあったからだ。
王都に残ることで、ラシェルに負担に思われるのも嫌だと思ったのもひとつの理由である。
だけど、その彼が夜も一緒にと口にした。
その意味を考えて、ルーシーは小さく頷くと肩口に顔を埋めた。
心臓が早鐘を打ち続け、顔が火照っていくのがわかり、夕焼けでごまかせていることを願った。
112
あなたにおすすめの小説
【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど
monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。
でも、なんだか周りの人間がおかしい。
どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。
これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。
髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は…
悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。
そしてこの髪の奥のお顔は…。。。
さぁ、お嬢様。
私のゴットハンドで世界を変えますよ?
**********************
『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。
続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。
前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!
転生侍女シリーズ第二弾です。
短編全4話で、投稿予約済みです。
よろしくお願いします。
転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした
犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。
思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。
何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…
モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】
いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。
陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々
だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い
何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる