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第一部 第一章 ここから始まる物語
知らなかったですとも①
しおりを挟む見事に後ろにひっくり返ってから数日。
あれこれ大事な部分を思い出した私の目は座っていた。
非常に大事な情報ではあるが、まったく役に立たない。どうしろというのか。
ぶっすうと頬を膨らませて、紅茶を睨みつける。
せっかく少しでも和むようにと今年二十歳になるメイドのペイズリーが入れてくれたのにまったく気分は晴れない。
「エリザベスお嬢様、大丈夫ですか?」
ペイズリーがおずおずと様子うかがいするが、私は目が座ったままにこっと笑った。
「ええ。大丈夫です」
「その顔、大丈夫には見えませんが」
「私が大丈夫だと言えば、大丈夫なんです」
転生を繰り返してそこそこ精神年齢は重ねているはずなのに、どうしても感情に左右されて表情に出てしまう。
こっちの意図に反してぷくぅっと頬を膨らませてしまうので、私は不貞腐れるように唇を尖らせた。
「そうですか。その、大変申し上げにくいのですが、ルイ様がお見舞いに来られております」
「ぬわんですってぇぇ」
私の態度に微苦笑を浮かべたペイズリーが静かにそう告げた途端、私はかっと目を見開いた。今なら目から何か発光物を出せるのではないかというほど目力が出ていると思う。
俊敏に立ち上がり、感情的になりすぎてわなわなと手が震えたけれど、ペイズリーの苦笑とわずかに呆れた視線にはっとしてしずしずと座り直す。
「お会いになりますか?」
「ええ。もちろん。せっかく来ていただいたんだもの」
そう聞かれた私は清く正しき淑女のようにほわっと笑みを浮かべながら礼儀正しくあろうとしたが、心の中では、「来たかこんにゃろー。やってやろうじゃないか」と闘志メラメラだ。
少し冷めた紅茶をぐいっと一息に飲み、敵が現れるのを待つ。
──何、詰んでくれてるのよ。おかげでもう一度人生設計練り直しじゃない!
ごごごごぉと黒い炎を背負い、相手が来るのを待つ。
いつ来るか来るかと待っていた相手に、言いたいことは山ほどあった。
それほど待つことなくして現れた相手は私と視線が合うと、つかつかつかと急ぐように歩いてきたかと思えば、あと一歩近づけば目と鼻の先くらい近くまでやってくるとぴたりと止まった。
そのまま、「ああ、エリー」と愛おしげに名前を呼び、いつものように優雅に伸ばされた手が姉の愛の監視により手入れされた私の白い手を取った。
その際、緑青色の明るく鈍い緑の髪がふわっと風に乗るように舞い、優しい匂いが周囲に立ち込める。
「もう大丈夫なの?」
柔らかな色合いのエメラルドの瞳が心配そうに見下ろし、私の顔色、身体をチェックすべく視線を走らせた。
「……これが大丈夫に見えますか?」
「……見えないね」
ぐぐぐっと眉根を寄せて視線を合わせない私に、しょんぼりと返ってくる声音。
ううぅ、負けたら駄目よエリザベス。私は怒っているのよと言い聞かせないと、つい態度を軟化しそうになる。
年々男らしく精悍さが増してきたが、まだ可愛らしい雰囲気が勝る優しい顔立ちが目の前にあった。
「ですよね。さて、このたびの申し開きはありますか?」
じとっと握られた手を一点集中とばかりに見つめながらそう告げると、友人だと思っていたルイ・ランカスター王子は、はてと首を捻った。
その姿も優美でついつい見惚れるほどであるが、今日は絆されるわけにはいかない。
私の怒りもわかっていないとは、罪深い。
ごごごごぉと更に燃え出した私の背後の炎の幻想に、ルイは困ったと整った眉を寄せて私の横に腰を下ろした。
今まで培ってきた距離感のまま当然とばかりに座られた私は、一瞬怒りの炎を引っ込めてぱかりと口を開けたまま止まる。
「申し開きと言われても。そもそもなぜ逃げ回るようなことになったのかな? まさかあそこまで鬼ごっこが成立するものかとびっくりしたけど」
「それは……」
逃げ回ったことに関して問われると、反射的にそうしてしまっただけで、後はもう意地だったので返す言葉がない。
「エリーがあんなに走るのが速いのを僕は知らなかったよ。スカートで走りにくいはずなのに、最後のほうは綺麗な足をみんなに見せて走り回って、ちょっと気分が悪くなったなぁ。何でそんなことしたのかな?」
こちらが質問していたはずなのに、質問返しされてしまった。「そもそも、なぜあの場にサミュエルが?」と、まだ質問は続く。
穏やかな森のような優しい色合いの双眸だったはずなのに、質問を重ねるごとにその奥に揺らめく熱が見え、私はこくりと息を呑んだ。
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