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第一部 第五章 終わりの始まり
秘密の庭園と求婚①
しおりを挟む優美な動きでとんとんと飛び石を渡るジャックの姿を見ながら、私はふふっと笑みを浮かべた。
何より双子王子と距離が近づいたような気がしてとっても嬉しかった。がっつりとその可愛らしさにハートを掴まれ、ずっと気持ちが弾んでいる。
まったく逃げる様子もなく、私の両肩にはキュウとリンリンが乗っている。
懐かれたようで嬉しくて彼らの好きにさせていた。
──まるで、おとぎ話に出てくる妖精のようだわ。
危ないから僕が先に行くね、とジャックが手本を見せるように川を渡る姿は、水面に反射する光に集まり遊ぶ妖精みたいだ。
中身も外見も天使で可愛すぎる。
先ほども両手を自分より小さな手にエスコートするように引っ張られ、可愛い王子に女性として扱われるのはくすぐったい。
私は可愛いものに囲まれて至福の時だと、今日ここに来てから最高潮に気分が高揚していた。
「ジャック様。流れが速いところがあるようなので気をつけてください」
「僕は慣れてるから大丈夫」
「ジャック、よそ見はするなよ!」
「わかってるって~」
私とエドガーが心配して声をかけた時だった。
調子よく渡っていたジャックであったが、六つ目の石、川の中央辺りのところでツルンと足を滑らせる。
「うわっ」
「ジャック!?」
横でエドガーが慌てたように彼の名を呼ぶ。
そこは流れが速く、心配だと声をかけたのが悪かったのか、運悪くそこでジャックは川にバシャンと大きな音を立てて落ちた。
「ジャック様!」
私は慌てて飛びこもうとして、キュウとリンリンのことを思い出し地面に置くと、スカートをぐっと引き上げそれらをお尻の下辺りでくくった。
エドガーがぎょっと目を見開き驚いている間に、ジャックの後を追うように飛び込む。
「エリザベス!」
「すぐに行きますから」
本当は脱いでしまいたかったけど、そんな簡単に脱げるようなドレスではない。少しでも抵抗力をなくすための緊急事態。
格好など気にしている余裕はなく、川は浅いと思っていたら急に深いところがあり油断はできない。
そして今いるところはようやく私が顔を出せるくらいの水の深さで、ジャックが立つならば口まで埋もれてしまう。
「ジャック! エリザベス!」
驚き焦ったような声でエドガーに名を呼ばれ、振り返ると慌てて彼も飛び込もうとしているところだったので大きな声で制す。
「エドガー様はそこで待っていてください」
「でも」
「ところどころ深いので危ないです。それに、すぐに従者たちが来ます。それまでにジャック様がこれ以上流されないようになんとかしますので」
エドガーの後方で慌てたように駆けつける彼らが見える。
そこまで距離は離れていないためここに到達するまでそんなに時間はかからないが、その少しの間に何かあったら困る。
叫びながら流れてきた木を掴み、それをジャックのほうへと向けた。
「ジャック様。手を伸ばしてください」
「うっ、くぅっ。……流れに押されて掴めない」
言葉通り互いに腕を精一杯伸ばしているが、川の流れに押されなかなか届かなかった。
もたもたしていたらいつ深みはまるかわからない。私は周囲を見回し、何も見つけられず気持ちを固める。
「わかりました。ジャック様、踏ん張ってくださいね。何とかしてみます」
「……何を?」
ジャックが戸惑いの疑問に答えることなく、私はすでに思考の中にいた。
何もないなら自分でなんとかするしかない。こういう状況で果たしてうまく作用するのかわからないけれど、こういう時に使わずして何のための魔法か。
「んー、流れを止めるのは難しいかしら。でも、この一帯だけなら穏やかにならできる気がする。そうね。そうしましょう」
「エリザベス?」
心配そうに見るジャックに安心させるようににこっと笑うと、私は大きく息を吸い込んだ。
水の流れを意識する。そして、同時に声を張り上げた。
「よいせぇぇ~、よいせぇぇぇ~、よいせぇぇぇ~」
「…………」
身体ごと持っていかれる勢いのあった水流が、二人の周囲だけわずかにゆっくりになった。
それでも子供の体重では軽々と押される水力があり、ジャックはなかなか棒を掴むことができない。
「もうちょっと。ほいせぇぇぇぇぇ」
その盛大な掛け声を最後に、静かな池を思い描くように川の水を撫でる。
そうすると魔法の効果が出てきたのか、私を中心に不自然にその一帯だけ川の流れが止まった。
──よし、今だっ!
「ほら、ジャック様今のうちに」
「えっ?」
「早く掴んでください」
「う、うん」
ジャックが木を掴み、それをもとに私のそばまでやってきた。
「ジャック様、今集中していますので棒から私自身に捕まってもらえますか? いつまで保つかもわからないので」
「わ、わかった」
膨大な水に影響を与えるのは、かなりの集中力と魔力がいる。ジャックが私の腕を掴むと同時に、徐々に川の流れが元に戻る。
そのころには従者たちが到着し、その中でブルネットの短髪男性が「大丈夫ですか?」と二人を軽々と引き上げてくれる。
時間にして数分のことだ。だけど、王族に何かあってはという思いがとても長い時間のように感じた。
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