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1-something quite unexpected-

14高塚くんとの距離①

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 高塚くんと出会ってから月が変わり6月となった。先日梅雨入りが宣言され、湿度が上がり日中は蒸し暑くなってきてしっとりと汗ばむ。
 わずかに湿って張り付いた前髪を持ち上げ、伸びてちょっとうっとうしくなってきたかなっと、手櫛でちょいちょいと整える。

「りの、帰ろう」

 声のした方を向くと、ドアに軽くもたれかかるように立ちこっちに手を振っている高塚くんがいた。
 その背後には、きゃぁっと頬を染めてちろちろと様子をうかがっている女性徒たち。下級生なんかは話しかける勇気はないけど、一目見たいとばかりに離れたところから高塚くんを見ている。

「…………」

 日に日にファンを増やしアイドル状態化した高塚くんの姿を見て、莉乃はそっと息を吐き出した。

 そして相変わらず莉乃のもとに日参を続ける安定の高塚くんの姿に、今日もまだこの状況に飽きていないんだと思ったと同時に、やっぱり当然のように迎えにくるんだと複雑な気持ちになる。
 今朝も変わらずメールがあったし、なんとなく放課後はそのつもりでいることが日常化してきた。

 いったいいつまでこの状況が続くのだろうか?
 高塚くんが迎えに来ることにほっとした気持ちと、もう終わってほしいと複雑な気持ちを持て余す。自分でもどちらに比重があるのかわからない。

 人気者である彼が、いつまで自分を構うとは思えない。
 特に高塚くんに対して、楽しい会話を心がけているだとか、喜ばせるようなことを努力しているとかでもないから、いつ飽きられてもしょうがないって思っている。
 それとと同時に、普段の莉乃といる時の彼の行動や莉乃を見る眼差しや言動を思うと、こうして勝手に警戒して線引きしているのが申し訳ない気持ちもあって、いろいろ疲れるのだ。

 それに周囲の目も、莉乃は無視ができないでいた。
 今朝だって、廊下通ってる時に「なんであの先輩が」って、後輩がひそひそ言ってるのを聞いてしまった。
 似たような視線や言葉はほぼ毎日聞こえてくる。
 全てが自分のことを言っているのではないかもしれないが、そういうのも状態化してしまって過敏になってしまっている自覚はあった。

 実際、「遊ばれている」とか、「今だけ」とか、以前の高塚くんの交友関係は公然の秘密なようで、女子高生の私が相手をされているのは『期間限定』というのが概ねの意見のようだ。
 その度に、ちくっとした痛みを抱えながらも、その言葉に納得する自分。

 あの日から、高塚くんは必ず帰る時に誘いに来る。1日目、2日目、3日目と最初は驚き騒いでいたクラスメイトだったけど、一週間も経つと、なんとなくそういうものって慣れてきたらしい。

 転入早々、ファンを獲得した高塚くんの周囲は、一目でも見たいと女生徒が囲んでいる。高塚くん自身は男子と行動しているのだが、高塚くんと話したい人が後を絶たないみたいでいつ見ても大所帯だ。

 そんな高塚くんは必ず莉乃のクラスに帰りは寄るので、高塚くんのクラスメート以外はこちらのクラスの廊下で待機していることが多い。安定のモテであり、見られる分には高塚くんは気にならないらしい。
 モデルの仕事してたからかな。見られることに慣れていて、歩き方だとか仕草だとかどれ一つとっても見せることに慣れていると思う。

 でも、莉乃は慣れない。こんなに注目されたことはない。
 実際は注目されているのは高塚くんなのだけど、自然と彼の横にいるとこっちにも視線がいくわけで。
 はぁーっ、と莉乃はまた溜め息を落とした。

「りーの」
「…………」

 高塚くんが莉乃の名を呼ぶたびに、こちらを見る視線が増える。勘弁してほしい。こういう目立ち方は嫌なのに……。

 高塚くん、わかっててドアのところから呼んでる節がある。
 みんなの前で、莉乃の意思でそっちに行くのを待ってるんじゃないだろうかって思う時がある。

 だって、最近では高塚くんの姿が見えると彼がまだ呼んでいないのに、「おーい、お迎えきたよー」と気付いていない莉乃にわざわざ教えてくれたりとか、「そのプリント、先生のところ? 私やっとくよ」とかクラスメイトが協力的だったりする。

 それに対して、高塚くんすっごい爽やかな笑顔で、「ありがとう」って言うんだよ。私が言うならまだしも、高塚くんがだよ?
 人に協力してもらってて、周囲も高塚くんが自分を待ってるってわかってる状況を作られて、莉乃には高塚くんのところに行くという以外の選択肢が見えない。

 一部の女子はすっごく睨んでくるけれど、直接は文句は言ってこない。
 ちょっとした陰口だったり、当たり障りない口撃はあるけれど個人というよりは、立場への嫉妬だとわかっているので我慢できる。

 それに、クラスメイトは概ねさっきみたいに優しいし、大抵の人は一日一目見れたら少しでも話せたらラッキーくらいの感覚だから、みんながみんな莉乃に対してギスギスしているわけではない。
 むしろ、人気者に絡まれるのは大変だねって同情めいたことを言われることもあるくらいだ。

 あっという間に有名人になった高塚くんが、公然と構う莉乃に対して周囲が比較的温かいのには理由がある。
 高塚くんと同じクラスの志穂曰く、高塚くんのファンクラブが彼の行動の邪魔をせず見守ることがファンだという方向性をまとめたとか。
 
 一般の人に対して、ファンクラブって何? って思ったけど、そうしないと統制取れないしいろいろ大変なんだって。よくわからないけど。
 高塚くんがファンクラブ結成にあたり、その辺を徹底しないと許可しないと言っただとか。
 そのため、公の場で過剰な反応する人はいないのだそう。

 それを聞いた時、大変だなってつくづく思った。

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