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1-something quite unexpected-
31私の知らない高塚くん⑥
しおりを挟む断片的に聞こる声。
「……なに?」
『…………』
「ああー、わかった。これから用事あるから少ししたら行く」
だるそうに話す声。声は似ているけれど、さっきの荒っぽいのもこんなトーンは聞いたことはないから、やっぱり違う人なのか。
『…………………………』
「そんなの知らないし。あんたに言われたくないんだけど」
『…………』
「興味ない」
相手が何か言っていて、溜め息をついた後、男は返した。ぶっきらぼうだが、さっきまでの苛立ちは若干薄れているようだ。
何度か応答を繰り返し、どうしてそんな会話になったのかわからないが男が言い切った。
『…………………………』
「好きな女なんていない」
ドキッとした。
ここ最近、そういうことに過敏になっているので、他人のその言葉にも敏感に反応する。もう、ヤダ。
後ろにいる男性は、あくまでさっきの会話からの推察だが、いろんな大人の女性と関係があるような人だ。好きとか関係なくそういう行為ができるのだろう。
それが悪いとは言わない。お互い納得しているなら、他人がとやかくいうことではない。
『…………』
「俺のことは放っておいて」
『…………』
「だとしても、関係ない」
『………』
「はぁ? 想像すんなよ。いないっっつったよな?」
『………』
「何がだよ」
『…………………』
「……ああ」
相手にからかわれてるのか、苛立たしそうに応答している。やっぱり声が似ている。だから、声が聞こえるたびに高塚くんのことが浮かぶ。
柱の向こう側の男のように、好きでもなくヤレる人もいるのだから、好きでもないのに構うことなんて簡単なことなのだろう。
さっきの女性とも、気分が乗ればっていう感じだったのかな。少なくとも、押せばたまに乗ってくれると思うような行動を普段からしているのだろう。
まるで恋愛ゲームのように。そういうことを楽しむ人もいるって聞いたことあるし。
人によっては、スポーツと変わらないという人もいると聞いたことがあるし。
私を探していたって高塚くんは言ったけど、それは好意ではなくて、なんとなくからかってやろうっていう可能性だってあるわけで。それにしては手間暇かけてるなとは思うけど、そう思う方が納得だ。
いまだに、どこで出会ったかも莉乃は思い出せないから、高塚くんがたまたま見かけてただ適当に気が乗ったから絡みに来たという可能性もあるだろうし。
そこまで考えて、気持ちが重くなった。なんだか、すごく疲れる。
早く迎えが来ないかなっとスマホを確認した時に、ちょうど、ピロン、と着いたよとのメールが来たので、莉乃はそこを離れた。
その際にどうしても気になって、後ろの人に気づかれないようにそっと相手を見る。
「………っ!!」
声を聞いた時からずっと予感はあった。でも、そうじゃないといいなって思ってた。
スマホを耳に当てて話しているのは高塚くん。
センって呼ばれて、当然休日なのでいつもの制服ではない私服で。パンツ姿にシャツとシンプルないでたちだけど、明らかに上等だとわかるもので。
髪を上げてセットしていて、いつもより大人っぽい姿。
莉乃の知らない高塚くん。
今も駅の方を見ながら話しているので、こっちに気づいていない。気づかれないように、莉乃は視線を外し足早にその場を離れた。
「りぃちゃん。こっち」
歩道に出ると、自分を呼ぶ声。
「拓真くん!!」
懐かしさが勝る彼の姿にひどくほっとする。
高塚くんに振り回される前の自分に戻ったようで、少しでもこの場を離れたくて慌てて駆け寄る。
「本当に迎えにきてくれたんだ。車買ったの?」
「そう。就職と同時にね。俺のお姫様迎えに行くのに電車とか歩きとか格好つかないしね」
「もうっ!! 相変わらず口が上手い」
「ひどいな。本気なのに。迎えにきて正解。こんなに可愛くなってるし」
そういって、ぽんぽんと莉乃の頭を撫でると、そっと前髪を整えるように触ってくる。
四年前は莉乃は中学生だ。そのころでも十分大人だと思っていたけれど、今も拓真くんは莉乃にとって大人だ。
兄と同じ年なのに、会わない時間があった分、一気に距離が開いたような気もする。
「髪、短くしたんだね。似合ってる」
「ありがとう。拓真くんは格好よくなったね。ぐうたら兄に見習ってほしいくらい」
「あいつは家では甘えてるんだろ? りぃちゃん家は居心地いいからな。ほら、乗ってください。お姫様」
助手席を開け、左手を差し伸べられる。軽くウインクしながらのそれは、ちょっとした戯言だ。
「ありがとう」
右手を乗せると、笑いながらゆっくりと車の中へ促される。
久しぶりだから距離を感じさせないようにとの気遣いに、乗りが良くて優しい兄の親友に女性扱いされて、くすぐったくておかしくて莉乃は笑う。
一気に時間が巻き戻ったようだ。
なんだか本当にほっとして自然と笑みが溢れたのを見た拓真くんが、よしよしとばかりにぽんぽんと莉乃の頭を優しく叩いた。
「りぃちゃん、ほんとあいつの妹とか信じられないくらい可愛いな。ちなみにこの車に助手席人が乗るの初めてだから心から堪能するように」
「うわっ。そんな貴重な。でももう座ったしお言葉に甘えて堪能させていただきます」
「では、行こうか」
扉をバタンと閉めると、運転席に回った拓真くんが慣れたハンドルさばきで車を走らせた。
エンジン音とともに視界が動く。
駅から離れられることに、高塚くんから今離れられることに、ほっとする。今は何も考えたくなかった。
莉乃の後ろ姿を、二人のやりとりを、莉乃が乗り去っていくその車を、高塚くんが凍ったような目でじっと見ていたことを莉乃は知らなかった。
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