3 / 23
義弟③
しおりを挟む◇
イーサンが来て一か月経とうかといったある夜、その日はもともと寝付きが悪くようやく眠れたと思えばふと目が覚めて、少し散歩でもしようかと部屋を出た時だった。
「……ううっ、……うっ……」
イーサンの部屋の前を通ると扉越しに唸るような声が聞こえ、私はそっと扉を開けた。
「入るわよ。イーサン?」
小声で話しかけるが、返事はない。
自室は彼の安らげる唯一の場所だ。そこに無断で侵入するのは躊躇われしばらく反応を待つ。
「ううっ……、……っ……」
呻いた後、ぶつぶつと何かを言っているようで、どうやら夢にうなされているようだった。
暗闇に慣れてきた目でベッドに眠るイーサンの姿をうっすら捉えながら、私はしばらくその場に立ち尽くした。
あまりの苦しげな声に、私はイーサンの部屋に入って様子を確認するか、彼の領域を侵さないほうをとるか迷う。
「置いていかないで……。母さんっ、父さんっ……」
何度か声にならない声を発していたイーサンだったが、絞りだすような声で両親の名を呼ぶのがはっきりと聞こえ、私は慌てて彼のもとに駆け寄った。
ベッドに近づいて顔を覗き込むと、寝ているにもかかわらず痕が残るのではと思うほど眉をぎゅっと寄せその頬は濡れている。私はその姿にショックを受けた。
つらいだろうな、寂しいだろうなと憂慮し、そういったことを想像はできても、本人が何も言わないのもあって実際のところどう感じているかはわからなかった。
だけど、実際は夢に見るほどうなされて、両親を亡くした悲しみにイーサンは涙を流している。
虐められたことや、酷い扱いをされたことはつらかっただろうけれど、何よりもつらいのは両親ともう会えないことなのだ。
当然と言えば当然のことなのだけど、それでもなんだか今までぼんやりと不憫だと思っていたものが明確になり、無性に泣きたくなった。
大事な人が亡くなるつらさ。もうどれだけ切望しても会えないつらさは、考えるだけで胸が苦しくなる。
あくまで私の気持ちを軸にした想像しかできないし、イーサンのつらさや苦しい気持ちをわかってあげられない。
何より、そんな彼の大事な両親の代わりなんてすぐに務まるはずもない。そんな思いが考えを唐突に支配し打ちのめされそうになる。
自分の無力に、ちっぽけさに、じんわりと涙が出る。
それでも、と思う。
やっぱり私はイーサンの手を、笑っている姿を見たいと思った。彼の寂しい気持ちを少しでも埋めてあげたいって思った。
「イーサン。これからは私が、私たちがいるよ」
私はそっとその涙を指の背で拭い、ここに来てから肌つやが良くなった頬を起こさないように優しく撫でる。
イーサンの涙が止まるまでずっと指ですくい取り、落ち着くのを見届けると私はくせっ毛の彼の髪をひと撫でしてからそっと部屋を出た。
その日から、夜中に目が覚めたときはどうしても気になってイーサンの部屋を覗くようになった。
何かを求めるように手が上がった際に、イーサンの手を握ったことで落ち着いたのを機に、そういうときは彼の手を握ることにしていた。
手を握ると、最初の頃は離すまいと痛いほどぎゅっと掴られたけれど、今では痛くはないが簡単には振りほどけない強さで握られる。
そして、しばらくすると安心するのか穏やかな寝息とともに力が緩むのだ。
まだ完全に気持ちを許してもらえていないのに、イーサンが知らない間に彼が普段見せない姿を見てしまっていることの罪悪感もあったけど、役に立てていることは嬉しかった。
それと平行するように、昼間は話しかけてもまだじっと観察してくるのみでろくに反応はないけれど、前より距離を詰めることに怯えなくなった。
そんな日々がしばらく続いた。
じりじりとだけどそれがイーサンの中に居てもいい存在になったような気がして、ある時から話しかけると一言、二言でも返事をしてくれるようになって、私はそんな彼が可愛くてますます愛おしい存在に思うようになった。
昼も夜も少しずつ。
イーサンの心が安らぐようにと距離は微妙に空いたままだったけれど、義弟と過ごす時間が増えていった。
ちょっとずつ近寄ってくる感じがくすぐったくてもっと可愛がりたくて、でも駄目だとぐっと我慢する。
116
あなたにおすすめの小説
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!
お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。
……。
…………。
「レオくぅーん!いま会いに行きます!」
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる