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義弟②
しおりを挟む近づくと身長はそう変わらないのに痩せ細っていて自分より小さく見え、彼の境遇が如実に表れた姿に悲しくなった。
それでも苦痛を強いるのは本意ではないので五秒数えてそっと離し、手が届かない位置まで後ろに下がる。
イーサンが私との間に空いた距離にほっと息をついたので、無理をさせたかなと申し訳ない気持ちになった。
それでも、温もりが恋しかったのか先ほどまで目を見ようともしなかったのに、髪の隙間から色素の薄い青とグレーっぽい瞳がじっと私を見つめてくるので私は話しかけた。
「ごめんね。急に近づいてびっくりしたでしょ」
「…………」
謝罪すると、イーサンは唇をきゅっと噛み小さく首を振る。
だけど、頑なに何かに耐えるように握られた手は正直で、これ以上近づくなと消極的な威嚇に見えた。それでいて、じっと私を覗ってくる。
決して、イーサンからは距離を詰めない。むしろ、近い距離は苦手なようだ。
だけど、確実にこいつは虐めない? 大丈夫? と怯えながらも観察してくる姿に、私は胸を打たれた。
「でも、怖かったよね」
「……っ」
見守ろうといって初っ端やらかしてしまったことを反省する。
彼が実際どのような目に遭ってきたかは話でしか知らないし、心の傷は見えない。
親戚中をたらい回しにされた経験から恐怖心はあるが、まだ人を信じたい気持ちは残っているようだ。
両親には愛されて育ったのだろう。境遇を知り父が引き取りたいというくらいなのだから、人として良い人であるはずだ。
祖母が亡くなった時、私はとても寂しくて悲しかったのを覚えている。別れ自体が寂しいもので、それが近しい者であるほど胸がすぅすぅする。
しかも、イーサンの場合は庇護者であり自分を愛してくれていた両親。その喪失は計り知れない。
それに追い打ちをかけるようにイーサンはつらい思いをしてきて、信じたくないけど信じたいと希望をなくしていないその瞳が愛おしくなった。
あくまで私の憶測だけど、放っておけない雰囲気が彼にはあった。
「これからは気をつけるね。だから、イーサンのペースで仲良くしてくれた嬉しいな」
「…………はい」
まあ、そう言われたらイーサンの立場では肯定するしかできないだろうなとは思うのだけれど、返事をしてくれたことが嬉しくて私はにっこりと笑う。
――いい子、というのがわかるからかな?
無性に構いたくなってしまうものをイーサンは持っている。
手を差し伸べて頑なな拒絶を受けたらわかっていてもつらかっただろうし、攻撃的な相手は苦手である。
今も怯えながら、警戒しながら、どうなのかなと覗ってくる様子が、私の姉としての気持ちをぐんと増長させた。
――これはしっかり愛情を与えなければ。
あと、しっかり食べさせて鍛えたほうがいいだろう。
この屋敷にイーサンを虐める者はいないが、いずれ学園に行き外の世界で活動しなければならない。その時に、体格が良ければ他人に舐められることも減り虐められることもないだろう。
その後、髪を切り身だしなみも整えたイーサンはとっても可愛かった。子ども特有のふっくら感がないのは惜しいけれど、思った以上に顔が整っている。
形のよいアーモンドアイは目尻がわずかに下がっていて優しげで、くせっ毛の髪は彼が動くたびにふわふわとし、初対面の印象からだいぶ変わった。
「イーサン。とっても素敵になったわ」
「…………」
黄ばんでいたシャツから白いシャツにグレーのパンツと清潔感も出て、随分見違えた。
ただ、それは見た目だけの話だ。私の声は届いているようだけど、その手はぎゅっと握ったまま風呂の介助をした使用人の横に突っ立っているだけ。
逃げもしないけれど、歩み寄ろうともしない。逃げるといってもイーサンの居場所はほかにない。
ただ、何も酷いことをされませんようにとそこにいることしかイーサンにはできない。
「いろいろ環境も変わって疲れたわよね。しっかりご飯食べてゆっくり寝るのよ。もし、何かあれば私の部屋はあなたの部屋の斜め前だから」
それだけ告げ、私は自室に引き上げた。
両親も健在で苦労という苦労もなく育った私にはイーサンの気持ちの全てがわかるわけではない。だけど、家族になったのだから少しでも慰めになるような存在になれたらと思った。
私は義理とはいえ弟の存在に喜び、怯えさせないように見守り、ゆっくり仲良くなっていこうと思いながら、毎日少しずつ声をかけて構う日々を送った。
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