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大型わんこ②
しおりを挟む悔しそうにぐっと唇を噛みしめているイーサンは私の視線に気づくと、途端に眉尻を下げふにゃりと相好を崩す。
「ミラは僕と一緒にいるのはイヤ?」
「まさか」
「なら、なんで……」
さっきアダムに問われてすぐに否定しなかったことを言っているのだろう。
イーサンと一緒にいることを微塵も嫌だなんて思ったことはない。むしろ、そう思えないということが問題というか……。
私はどう答えていいのか困って視線を下げた。
あの寝落ちした日から、イーサンは誰が見てもわかるくらい私に懐きだした。
私の姿を見つけると、「ミラ」と弾んだ声を上げて一目散に駆け寄ってくる。
警戒心や怯えがひどいだけでイーサンはとても大人しく礼儀正しい子であったので、日に日に明るくなり嬉しそうなその愛くるしい姿に、私は頬がゆるゆるになりながらイーサンを構い倒した。
私が構っても逃げないどころか、向こうから懐に飛び込んでくるのでさらに目に入れても痛くないくらいに義弟を可愛がった。
それからイーサンは宣言通りしっかり食べ身体を動かすようになり、勉強も頑張るようになった。
『ミラを守るために頑張るの』と宣言しながら努力し、伯爵家の者はイーサンの成長を微笑ましく思いながら見守った。
もともと素養があったのか、ぐんぐんと身長が伸び父は友人に似てきたと少し寂しさも含みながら嬉しそうに笑っていた。
二人の約束である『ご褒美』は、いつもいつも可愛らしいものだった。最初のうちは、私が尋ねてそれならと控えめに言ってくるだけだった。
イーサンのご褒美はいつだって変わらなかった。
『ミラと少しでも一緒にいたい』
『そばにいてくれるだけで安心する』
『できたら手を繋ぎたい』
『僕はミラが手を繋いでくれるだけで十分だから。ミラがいると夜もぐっすり眠れるのだけどダメ?』
そう、形の綺麗な瞳でうるうると見つめられ私に断る選択肢はない。
私たちはそれからほとんどの時間を一緒に過ごすようになった。
夜も不安になるイーサンと一緒に寝ることも多くなり、初めは人肌に安心するのか控えめに肌を触れさせるだけだったのが、そのうち大胆に抱きしめられるようになって、寝付きが悪いときだけでなく一緒に寝るように誘われるようになった。
お年頃というのが来てその期間はそう長くなかったけれど、私たちはそうやってこの歳まで喧嘩という喧嘩もせず仲良く過ごしてきた。
それでも、学園に入学し学年が違うと離れる時間も増え、やることもそれぞれあるので物理的に離れる時間は増えていく。
「いつまでもずっと一緒になんて無理よ」
「どうして?」
「どうしてって……」
そこで私は言葉を詰まらせた。
お互い年頃なのでそれぞれに相手ができた場合は過ごす優先順位は変わってくる。現に私はもうすぐ学園を卒業しこの先のことを真剣に考えて動いていかなければならない。
イーサンもイーサンで未来がある。いつまでも現状のままとはいかないだろう。
だけど、幼い頃に家族との別れを経験しその後のことも考えると、別れを予感させるような言葉をイーサンには言いにくい。
眉尻を下げる私に、私の横に回ってきたイーサンはぐいっと膝裏から私を持ち上げ、近くにあるベンチに移動し彼の膝の上に向き合うように私を乗せた。
「イーサンっ!?」
「僕はミラから離れるつもりはないよ」
急になにかと思えば実力行使。物理的に離れないらしい。それから私の肩に顔を埋めぐりぐりと額を擦り付けてくる。ふわふわと茶と金の髪が私の首や頬をくすぐる。
ぐっと腰に回された腕は苦しくないように配慮されながらも、交差する自分の腕を掴んだイーサンの大きな腕は筋が立つくらいに力が込められている。
「ふふっ」
その必死さに私は思わず笑う。こんなに求められて、必要とされて、どうして自分から離れられるだろうか。
こうなったら行き遅れてもいいから、イーサンが幸せになるまで彼のそばにいるのもいいかも、なんてバカなことを考える。
小姑のごとく彼のひっつき虫になるつもりはないのでそれは妄想の域を出ないけれど、イーサンが求めてくれるように私だってイーサンを求め一緒にいる時間に安らぎを覚えている。
「ミラ。僕は本気だよ」
笑った私にむっとしたのか、腕の力を込められる。
私はぽんぽんとその腕を宥めるように叩きながら、ゆっくりと目を閉じた。
心の奥底にあるものを見ない振りしてしまい込んで、そうあれればと本音をそっと乗せてなんでもないことのように告げる。
「そうね。ずっと一緒にいれたらいいのにね」
「いれたらじゃなくて、いるんだよ」
十七歳にもなって姉離れできていないとか大丈夫かは心配だけれど、好きな女性ができたらまた変わってくるのだろう。
今だけ。そう思うと、義弟のこの執着も今だけだと楽しむべきかもしれないという気持ちが強くなる。
何より、ときおり不安定になるのか甘える様子を見せる彼を悲しませることはしたくないので私は頷く。
「そうね。ずっと一緒にいようね」
「うん」
そう告げるとぎゅむぅっと抱きしめられ、さらに首元をすりすりとすり寄せてくる。
その際に襟元に鼻が突っ込み吐息とともにちくっと痛みを感じた気がしたけれど、イーサンが満足するまで広い背中を優しく撫でた。
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